従業員の監視
ビッグモーター問題は,損害保険会社と中古車修理業への不信を高めることになりました。損保ジャパンは,かなり悪質であったようで,社長の辞任となりました。やむを得ないでしょう。不正を認識しながら,取引を継続したのですから。同友会の代表までされた親会社の櫻田会長は,雇用政策などの考え方には賛成できるところも多かっただけに残念ですが,辞任すべきでしょう。損害保険会社というのは,何かあったときに,きちんと査定をして保険金を支払ってくれるのか,ということが消費者としては気になるわけで,そこは保険会社が,きちんと公正な仕事をしてくれるという信頼の下で成り立っている商売なのです。そして,そういう信頼があるから,尊敬される仕事でもあるのです。しかし,ビッグモーターがやっていた不正を知りながら,客を紹介してくれるからという理由で不正を黙認し,契約者に損害を与えていたということであり,保険業界の信頼性を損なった罪はきわめて重いと思います。今朝の日本経済新聞の社説でも,書かれていたとおりです。
ところで,この事件の余波は思わぬところに及んでいるように思います。同業の別の会社は,客が預けた中古車の整備や修理の状況をオンラインで閲覧可能とするように,職場にカメラを設置するということのようです。これにより,事業者が故意に傷をつけて保険金を請求するといった不正がないことを,客がチェックできるようにして,安心してもらおうということでしょう。こうした透明性は良いことのようにも思えますが,カメラの設置は,従業員の就労状況のモニタリングという意味もあり,従業員に対する指揮命令の強化になるのではないかと思います。もしそうなら,労働法的な発想では,このような方法をとる業務上の必要性がきびしくチェックされることになるでしょう。顧客サービス(顧客からの信頼の確保)というだけでは,不十分かもしれません。いずれにせよ,当該従業員の納得同意を得たうえで実施するのが望ましいですし,録画データの取扱いについては,個人情報保護法の制限がかかってくるので,慎重な取扱いが必要です(得た情報の目的外利用には本人の事前の同意が必要ですし,「個人データ」に該当するものであれば,第三者提供も制限されます。個人情報保護法18条,27条)。コンプライアンスを意識した対応が,新たなコンプライアンス問題を生まないようにしてもらいたいです。
本来は,上司がきちんと責任をもって監督して,客にはわが社を信頼をしてほしいと言えるようにするのが,正しい経営だと思います。その信頼を損なったのは,別企業とはいえ,経営者側であったのであり,従業員がそのとばっちりを食っていると言えなくもありません。実は,同様なことは,保育園での園児虐待問題が起きたときに,保育園内に監視カメラをつけて,保護者に常時保育状況を閲覧できるようにすべきではないかということを私も言ったことがあるので,今回もそれと同じようなことなのかもしれません。ただ,幼くて,何も話せない子どもたちを相手にしている職場での監視については,業務上の必要性は相当高度であり,そこは中古車修理の現場とは次元が違うようにも思いますが,いかがでしょうか。
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