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2023年9月の記事

2023年9月30日 (土)

経済産業省(トランスジェンダー)事件

 本日の神戸労働法研究会では,例の経済産業省事件の最高裁判決(最3小判2023711日(令和3年(行匕)285号)について,大学院生が報告してくれました。この事件は,行政法(国家公務員法)の事件ではありますが,広い意味では労働法の事件ということで,1審も控訴審も,労働法の研究者が評釈を書いていますね。
 MtF(男性to女性)型のトランスジェンダーの職員Xは,性別適合手術は受けず,戸籍上も男性のままであるなか,20097月にカミングアウトして,同年10月に女性トイレの使用などの要望を出しました。その後,20107月に職場で説明会が開かれ,Xはその後は女性として勤務していたのですが,トイレについては,他の同僚女性職員の羞恥心や嫌悪感などに配慮して,女性トイレの使用制限がされていました(本件処遇)。これについて,Xは201312月に国家公務員法上の措置請求をしたところ,人事院は20155月に措置をしないという処分をしたため,その取り消しを求めて訴えが提起されました(そのほかにも,国賠法による請求などがありましたが,最高裁がとりあげたのは,この争点だけでした)。1審はX勝訴,2審は国勝訴と結論が分かれましたが,最高裁は全員一致で2審判決を破棄し,1審判決を支持しました。補足意見も4つあり(同調意見も含めると5つ。つまり全員),個人の意見を書かずにはいられないような事件だったのでしょう。補足意見からは,最高裁が,きわめてX救済のために前向きな姿勢で議論していたことがうかがえます。法廷意見は,次のようなものでした。 
 「本件処遇は,経済産業省において,本件庁舎内のトイレの使用に関し,Xを含む職員の服務環境の適正を確保する見地からの調整を図ろうとしたものであるということができる。そして,Xは,性同一性障害である旨の医師の診断を受けているところ,本件処遇の下において,自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか,本件執務階から離れた階の女性トイレ等を使用せざるを得ないのであり,日常的に相応の不利益を受けているということができる。一方,Xは,健康上の理由から性別適合手術を受けていないものの,女性ホルモンの投与や≪略≫を受けるなどしているほか,性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている。現に,Xが本件説明会の後,女性の服装等で勤務し,本件執務階から2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない。また,本件説明会においては,Xが本件執務階の女性トイレを使用することについて,担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたにとどまり,明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない。さらに,本件説明会から本件判定に至るまでの約410か月の間に,Xによる本件庁舎内の女性トイレの使用につき,特段の配慮をすべき他の職員が存在するか否かについての調査が改めて行われ,本件処遇の見直しが検討されたこともうかがわれない。
 以上によれば,遅くとも本件判定時においては,Xが本件庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて,トラブルが生ずることは想定し難く,特段の配慮をすべき他の職員の存在が確認されてもいなかったのであり,Xに対し,本件処遇による上記のような不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかったというべきである。そうすると,本件判定部分に係る人事院の判断は,本件における具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し,Xの不利益を不当に軽視するものであって,関係者の公平並びにXを含む職員の能率の発揮及び増進の見地から判断しなかったものとして,著しく妥当性を欠いたものといわざるを得ない。」
 国家公務員法87条は,「一般国民及び関係者に公平なように,且つ,職員の能率を発揮し,及び増進する見地において,事案を判定しなければならない」と定めており,本件は,この点について著しく妥当性を欠くものとされました。
 最高裁は,Xの不利益と比べ,他の職員への配慮の過度の重視というバランスの悪さを問題としています。もっとも,2審までで言及されていた「性自認に基づいた性別で社会生活を送ることは,法律上保護された利益である」という部分は採用しませんでした(宇賀克也裁判官の補足意見では言及されている)。Xの不利益が,たとえば憲法上保障されている権利を侵害しているとなると,他の利益との衡量をかなり難しくするのですが,この点には法廷意見は言及しませんでした(人権論でぐいぐい押すということはしなかったということです)。しかし,Xの日常の不利益をきわめて重くとらえる判断をしていることは,明らかと思われます。一方で,他の女性職員の違和感などは抽象的なものにとどまり,Xの不利益を甘受させるだけの具体的な事情がなかったのであり,それゆえ最高裁は,これを重視しませんでした。とくに,他の女性職員の違和感に関して,事実として認定されているのは,職場の説明会で,Xのトイレ使用について,数名の女性職員がその態度から違和感を抱いているように見えたという点だけでした。研究会では,(官僚の世界の風通しの悪さから)女性職員が明確に異を唱えることは難しかったのではないかという指摘もありました。たしかに,もし明確に多数の女性職員が異を唱えていたらどうなっていたかということは気になるところでした。ただ,この点についても,宇賀裁判官は,「Xが戸籍上は男性であることを認識している同僚の女性職員がXと同じ女性トイレを使用することに対して抱く可能性があり得る違和感・羞恥心等は,トランスジェンダーに対する理解が必ずしも十分でないことによるところが少なくないと思われるので,研修により,相当程度払拭できると考えられる。Xからカミングアウトがあり,平成2110月に女性トイレの使用を認める要望があった以上,本件説明会の後,当面の措置としてXの女性トイレの使用に一定の制限を設けたことはやむを得なかったとしても,経済産業省は,早期に研修を実施し,トランスジェンダーに対する理解の増進を図りつつ,かかる制限を見直すことも可能であったと思われるにもかかわらず,かかる取組をしないまま,Xに性別適合手術を受けるよう督促することを反復するのみで,約5年が経過している。この点については,多様性を尊重する共生社会の実現に向けて職場環境を改善する取組が十分になされてきたとはいえないように思われる」と述べておられます。2審までで問題とされていた上司のハラスメント発言も含め,経済産業省側の対応が断罪されているように思えます。
 これをトランスジェンダーの肩をもちすぎであると批判すべきでしょうか。私は,個人がいかにして納得して働けるようにするかは,企業経営にとって最も重要な経営理念であると考えています。拙著『人事労働法』は,そういう観点からの労働法体系の構築をめざしたものであり,本件のような公務員においても,その精神はあてはまると思います。 また,これは障害者雇用促進法の合理的配慮にも通じるものであり,個人の有する能力の有効な発揮について,個人の特性に応じた配慮をすることは,障害者だけでなく,労働者全般に対して企業に求められる義務だと思っています(ただし,それが過重な負担となるときはこの限りではありません)。
 なお,トイレ問題にかぎっていえば,理想は,性別トイレをなくし,誰でも使えるジェンダーフリートイレをメインで設置することだと思っています。もちろんプライバシーが守られ,安全性も万全となっていることが大前提です。男性の使用後のトイレに入りたくないというような女性の意見もあるようですが,それはどこまで重視すべきでしょうか。ジェンダーフリートイレにより,トランスジェンダーのトイレ問題はかなり解決するのではないかと思っています。ただし,職場ではありませんが,新宿ではこうしたトイレの設置の試みが失敗に終わったようであり,この点では国民の意識改革が必要かもしれません(「ジェンダーレストイレ」わずか4カ月で廃止 新宿・歌舞伎町タワー 「安心して使えない」抗議殺到の末に)。もちろん,すべての企業がジェンダーフリートイレを設置できるわけではありません。費用などの過度の負担となる場合は,そこまでやらなくてもよいのですが,そういう場合には,女性職員の理解を得るように,しっかり情報提供や研修をしていくことが求められるでしょう。不便や違和感は,基本的には,生来のものではないので,教育の力で解消することは可能なのです。
 本件は,MtFのトランスジェンダーであれば,当然に,女性トイレを使用できるということを言った判決ではありません。事実関係として,Xがカミングアウトし,職場での説明会の後は女性として勤務し続け,何もトラブルがなかったということ,5年もの間,この女性は,トイレのためには2階上か下のところに行かなければならなかったこと,それにもかかわらず,国側は,そういう状況をつくったことについての,具体的な正当化理由を示していなかったこと,そういう事情があることが考慮されたからこそ,国は敗訴したのです。
 実は,国と霞が関の職員の関係で,個人の要求にそった措置がなされなかったからといって,最高裁で国が負けることはないだろうと思っていたのですが,おどろくなかれ,最高裁は,トランスジェンダーの不利益を十分すぎるくらいに考慮しました。補足意見で次々と繰り出されたメッセージも印象的で,最高裁は変わったという印象を強く与えています。
 性的な多様性も含め,多様性一般の議論は,賛否が対立します。こうした問題にどう立ち向かうべきかという大きな議論も必要ですが,個別の訴訟事件では,最高裁の法廷意見がいたずらに大きな議論をせずに,当該事案に即した判断をして,適切な解決を導くという抑制的な態度をとったことは評価できるのではないかと思います。本件はあくまで事例判決であるということを忘れてはなりません。しかし補足意見にこめられたメッセージもくみとらなければなりません。これらをふまえて,今後は,民主的フォーラムで,みんなで熟議することが必要なのです。
 いずれにせよ,賛否はともかく,読み応えのある判決といえるでしょう。

2023年9月29日 (金)

前川孝雄『部下を活かすマネジメント“新作法”』

 FeelWorksの代表取締役である前川孝雄さんから,『部下を活かすマネジメント“新作法”』(労務行政)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。今回の本は,私が日頃感じていたことを見事に書いてくださっています。本のコンセプトは,本の表紙にも書かれている「上司の悩み スッキリ解決!」ということなのですが,要するに大切なのは,これまでの社会常識が変わってきているということです。
 これからの上司というのは年長で勤続年数が長く,仕事ができるということでは務まりません。いまの上司は,どうしてもかつての自分の上司をモデルとしがちでしょうが,かつての上司のやっていたことは,企業内が「治外法権」とされていた時代のことです。現在では,SNSによる労働法規違反の告発にはじまり,公益通報者保護法により内部告発を是とする風潮が広がるなか,上司が下手なことをすれば,すぐにネットで情報が拡散します。個人情報保護法の背景にあるプライバシー保護は,その重要性を飛躍的に高め,「プライバシー」は部下がいつでも上司に対抗できる「殺し文句」になっています。企業経営においても,ESG投資やSDGなどが浸透して人権を始めとする社会的価値がビジネスと同等の重要性をもつようになり,仕事さえできれば,多少のことは「おめこぼし」という時代ではなくなっています。もちろん,部下との人的な接触は,肉体的なものだけではなく,言葉によるものでも,ハラスメントとされる危険が高まっています。上司には,こうした種々の新たなルールに対応していくことが求められているのです。しかし,これが単に受け身の「対応」で終わってはいけないのでしょう。新たなルールは,良い人材を集めるためであったり,人材にいっそう活躍してもらったりするための手段にもなります。だからこそ,そこにはチャンスがあるということです。上司は上から何かをやる存在ではなく,部下とともに何かをやる存在でなければならないのです。その意味で,上司や部下という上下関係は,もはやないものと考えたほうがよいのかもしれません。
 以上のような雇用の現場の変化をふまえたとき,本書には,いろいろと役に立つ実践的なことが書かれています。また第2部では,経営者へのインタビューが掲載されています。サイボウズの青野慶久社長も登場します(以前に,文藝春秋の企画で,対談させてもらったことがあります。『会社員が消える』出版記念対談)。サイボウズは,私には理想的な会社に思えるのですが,それは青野社長が新しい社会常識をもって,きわめて真っ当な経営をされているからであり,そのことは本書でのインタビューからもわかると思います。
 上司世代だけでなく,これからの会社はどうあるべきかを考えたい人にも参考になる本です。

 

2023年9月28日 (木)

王座戦第3局

 王座戦5番勝負の第3局は,挑戦者の藤井聡太竜王・名人(七冠)が,永瀬拓矢王座をやぶり,ついに八冠に王手をかけました。この対局は先手の藤井竜王・名人が劣勢で,終盤では評価値が80を超えて永瀬王座大優勢でした。藤井玉は,左右から挟撃され,永瀬王座が5筋を香車をバックに金でゴリゴリと押し込んでおり,藤井竜王・名人もがっくり肩を落として敗戦を覚悟している感じでした。それでも飛車で香車をとり,金を一歩バックさせて,一手だけ余裕が生まれたような感じがしました。しかし飛車を渡したこともあり,1手でもゆるむと,そこですぐに必至がかけられそうな状況です。そこで藤井竜王・名人は5一にいる玉に向けて,2一飛と持ち駒の飛車を打ち込んで王手をかけました。形作りのような感じでした。素人目には,3二に金がいるので,3一と底歩を打てばよいのではと思えました。そのあとも先手は4三銀からの攻めは続けられますが,後手が余しているようでした。しかし永瀬王座は残り時間をすべて使って,4一飛と指したことで,「事件」は起こりました。評価値は大逆転となりました。藤井竜王・名人は6五角と指して,3二と5六にいる金の両取りをかけ,永瀬王座の攻撃の要であった5六の金を取り除くことができ,必勝の形となりました。たった1手のミスによる大逆転でした。藤井竜王・名人は,ずっと肩を落としたまま指していたので,本人にとっても勝った気はしていなかったのかもしれません。負け将棋をたんに相手のミスで勝っただけでは,最強の王者としては満足できなかったのでしょう。
 いよいよ1011日が,前人未到の八冠の達成がなるかどうかという日になります。日本中が注目する対局となるでしょう。第3局は藤井竜王・名人は勝ったとはいえ,内容は負け将棋であり,最近はこういうパターンが増えつつあるように思います。それでも勝つのはたいしたものですが,やはり圧倒的な強さで押し切るという感じでないところは気になります。タイトル戦続きの影響かもしれません。その意味で,永瀬王座にも挽回のチャンスはあると思います。さらに藤井竜王・名人は,現在の最強の挑戦者かもしれない伊藤匠七段との竜王戦七番勝負が,106日から始まります(二日制)。藤井竜王・名人の疲労が気になるところであり,体調に気をつけて頑張ってほしいです。

2023年9月27日 (水)

外国人との付き合い方

 外国人に対する特別料金の設定が話題になっています。JRグループが,外国人が利用する「ジャパン・レール・パス」の値上げをするそうです。日本が豊かであったころの大盤振る舞いの維持が難しくなってきたということでしょう。日本は安い国であるという評価はすでに定着しています。もはや外国人に特別な優遇措置を講じる必要はないということでしょう。中国人から,日本は安い国と言われると複雑な気持ちであり,私たちの世代からすると隔世の感があります。日本経済新聞の925日で編集委員の石鍋仁美氏は,「長く日本の観光の手本はフランスだった。国民がバカンスを楽しみ外国人はその土台に乗る。今後は外国人に頼って成長する新興・途上国のマーケティングに学ぶ場面が増えそうだ」と書いていました。こういう現実を受けとめなければならないのでしょうが,若い世代は別に何も違和感がないかもしれません。
 かなり昔ですが,Veneziaのレストランで,外国人用のメニューとイタリア人用のメニューに直面したことがあり,それは書かれている言語が英語かイタリア語かというのではなく,料金も異なるものでした。あまり良い気分はしませんでしたが,そういうものかという気もしていました。私たちは日本という豊かな国から来ているのだから,これくらいはいいよね,という「上から目線」の発想でした。理屈のうえでも,私人間の契約においては,それぞれ好きな契約条件を定めて合意できるのであり,いやならその店で食事をしなければよいのです。もっとも英語メニューのほうが高いという情報は,普通は入手できないので(私はたまたま英語のメニューのあと,イタリア語のメニューをもらったのでわかってしまったのですが),知らないうちに同じ料理でもイタリア人より高い値段をつけられていたというのは,騙された感もありますが,何か特別な規制がないかぎり,契約というものは,そういうものだと私は思っています。しかし,そういうことをやっている国や店は尊敬されなくなり評判を落とすのであり,実際,イタリアでもそういう経験は,個人的には1回だけでした。しかし途上国に行けば,そういうことは稀ではないような気もします。
 もちろん,日本企業はそういうことをしないでしょう。いま日本企業がやろうとしていることは,「松竹梅」方式で,選択してもらい,「松」は思い切り高額で高品質のサービスにして,富裕層にしっかりお金をつかってもらおうということです(その主たるターゲットは,中国人の富裕層でしょう)。私たちは「梅」でがまんすることになりますが,それぞれの懐事情で払えばよいということです。
 ただ為替レートは変動することを考えると,企業には,地に足の付いた企業戦略とはどういうものかも考えてもらいたいです。企業というのは,基本的には,私たちの暮らす共同体の一員として,共同体の資源をつかいながら事業を営んでいるのであり,その生み出された商品は,共同体のメンバーに還元されていくべきものではないかと思っています。豊かな外国人の客に頼ると,雇用が維持されるということはあるのかもしれませんが,消費者目線では,外国人に尻尾をふって,貧乏な日本の消費者に冷たかった企業のことは,決して忘れないでしょう。
 資産運用特区もそうですが,アメリカ人に誉めてもらいたいがために,気前のよいことをやり,もし税金まで優遇するようなことをすれば,外国人に尻尾を振りすぎた首相として,後世,軽蔑されることになるでしょう。アメリカ人にもっと来てもらうと,国民の資産も増えるからよいのだということなのでしょうか(この点で,Singapore はモデルとしてよいのでしょうか)。むしろ,日本の企業への投資を,いかにして日本人がしやすくするかということを,もっと考えてほしいです。Warren Buffett氏のような人の言葉に日本企業の株価が大きく左右され,個人投資家の貴重な資産も揺れ動くというようなことでは困るのです。

2023年9月26日 (火)

大阪万博

 昨日の日本経済新聞の「迫真」で,「綱渡りの大阪万博1 誰の手柄か責任か」という記事が出ていました。私の周りでは万博はまったく盛り上がっていませんが,どうなるのでしょうね。
 政治家というのは,いかにして打ち出された政策を「手柄」とし,失敗を他人に押し付けるかということを考えているように思えます。政治家に頑張ってもらおうと思っても,「手柄」となりそうでなければ,なかなか動いてもらえません。政治家が,弱者に優しいようにみえるのは,弱者に対する政策というのが,わかりやすい「手柄」となるからでしょう。それでも,良いことをやってくれたら問題はないといえそうですが,特定の人たちのための立法を,通常のルートを通らずに,あるいは政治的な圧力でそのルートを歪めて実現するということもあり,それはやってはならないことです。不正の温床にもなります。
 先の記事では,大阪が地盤の自民元衆院議員の言葉として,「国民の印象は『万博=維新』だ。成功は維新を利するだけで党勢にはマイナスになるのではないか」というものを紹介しています。万博の成功は,維新の手柄となるので,自民は乗り気ではないということでしょう。「『誰の手柄、責任という話をしている場合ではない』との声が府庁や経済産業省などからも上がるほど事態は切迫している」のですが,政治家は大局的な視点では,なかなか動いてくれないのでしょう(選挙に通るためにはやむを得ないのかもしれませんが)。万博を成功させるためには,維新色を弱め,いかにして自民にも花をもたせてやるかということが重要となるのでしょうが,こういう小さなことにこだわらなければならないのは,情けないことです。
 大阪万博は,これからのDX社会の姿を示す場として格好のものであり,実現したら面白いなと思っていましたが,費用の問題などが出てくるなかでは,いまは無理にやらなくてもよいのではないかという気がしています。もっと「スマート」な万博というものもあってよいし,そのほうがDXにふさわしい気がしています。オリンピックのときもそうですが,なにがなんでもやるということで突進すると,あとからぞろぞろと問題が出てきます。東京五輪は,後世からは失敗という烙印を押されると思いますが,大阪万博がそうならないことを祈っています。

2023年9月25日 (月)

Buon Compleanno

  今日からLSの授業が始まりました。夏休みは終わりですが,日中は真夏のような暑さです。前期からの続きですので,いきなりがっつりと人事異動に関する判例を扱いました。東亜ペイント事件の最高裁判決って,やっぱり時代遅れだよなという感じで授業をやりましたが,実際40年近く前の判決だったのですね。労働法の勉強を始めたころは,出たばかりの判決だったわけで,自分がそれだけ年をとってしまったということですし,そして社会はあのころから大きく変わったということでしょう。
 労基則51項の労働条件明示義務の対象に,来年4月から,就業の場所や従事する業務の変更の範囲も含まれることになります。こうした規則改正が,配転法理にどう影響を及ぼすのか明確ではありませんが,企業からの情報提供を強化することは,労働者の納得度を高めることにつながりうるので,肯定的に受けとめることができるでしょう。さらに有期労働契約についての明示事項も追加されており,これらも企業からの情報提供の重要性にかんがみれば,方向性としては妥当と思われます。
 話はまったく変わり,Happy Birthday の歌の作曲者などはいるのだろうかと思い,ChatGPTにたずねたところ,作詞者や作曲者は特定されていました。最初は,「Good morning to all」という歌詞だったそうです。ご存知でない人は,ぜひ確認してくださいね。
 イタリア語でも「Tanti auguri」で始まり,同じメロディーです。三宮のイタリアンレストラン「Elefante」(旧「R.Valentino」で有名)では,誕生日には,店員が集まって,盛大にこの歌を歌ってくれます(「R.Valentino」の時代から同じです)。その他の国でも,メロディは同じで,スペイン語では,「Cumpleaños feliz 」で始まり,ドイツ語では,「Zum Geburtstag viel Glück」で始まります。アジアの国でも,同じメロディーですかね。いずれにせよ,世界中の925日生まれの人たちに,「Buon Compleanno」。

2023年9月24日 (日)

貴景勝優勝

 大相撲は貴景勝が優勝しました。昨日,豊昇龍に敗れて,熱海富士と1差がつき,やや厳しいかと思いましたが,千秋楽の相手は,合口のいい大栄翔が相手であったのがラッキーで,朝乃山に敗れて同星となった熱海富士との優勝決定戦は,注文相撲(というのは,ややかわいそうですが)で勝ち,逆転優勝となりました。
 逆転ではありますが,もともと前頭15枚目の熱海富士は強い相手とあまりあたらずに星を伸ばしたので,最後,上位にあてられて星が伸びなかったのは仕方ありません。むしろ,北青鵬は,早々に4敗していたので,上位陣とまったくあたらないまま,気づけばあわや優勝ということで,あわてて豊昇龍とあたり,ここで豊昇龍が意地をみせたからよかったですが,優勝しててもおかしくない勢いでした。豊昇龍は勝ち越しがかかっていたので,頑張ったのですが,もし大栄翔 と当たっていたらどうなっていたでしょうかね。番付的には,下位の力士が大勝ちしていたので,貴景勝・霧島,豊昇龍・大栄翔戦が飛んだことになります。もし千秋楽の取り組みが,貴景勝と北青鵬,豊昇龍・大栄翔となっていたら,貴景勝が負けて,大栄翔が勝って,大栄翔が本割でも勝っている熱海富士に優勝決定戦でも勝って優勝し大関に昇進し,豊昇龍は新大関で負け越しで,いきなりカド番なんてことになっていたかもしれません。 
 これは,あくまで可能性ですが,千秋楽の取組には編成会議も悩んだことでしょう。でも,こういう事態になったのは,優勝ラインが11勝あたりに落ちてくるからです。来場所は,実力のある力士が上位にいるので,こういう下克上場所(結局は下克上は起こらなかったのですが)にはならないような気がします(星を伸ばしそうな力士はきちんと上位陣と対戦し,それなりの星になっているはずです)。ずばり来場所は,私は豪の山が優勝戦線にからんでくると思います。
 下克上場所といえば,最近では,20201月場所に幕尻の徳勝龍(今場所で引退)が14勝1敗で優勝したことが印象的です。このとき,千秋楽に貴景勝に勝って優勝を決めていました。貴景勝は,そういうこともあり,今日は負けられない思いがあったのかもしれません。個人的には,1984年の9月場所で幕尻に近い多賀竜の優勝が印象的です。その前の場所に全勝優勝して綱取りがかかっていた若嶋津(先代の貴ノ花が引退後は,同じような小兵でがんばっていた若嶋津を応援していました)は,13日までで2敗で,横綱まであと一歩というところまで来ていました。しかし,14日目に1敗だった多賀竜との直接対決が組まれ,それで敗れてしまったので,優勝も横綱もとんでしまいました。若嶋津は千秋楽も負けて,114敗で終わりました。当時,横綱は,北の湖,隆の里,千代の富士と3人もいました。12勝の優勝なら内容が問われるという感じだったと思います。そのため,平幕2人(多賀竜の前に当時まだ平幕だった小錦にも負けていました)に敗れて3敗したところで,綱取りは終わっていたのです。27歳であった若島津は,その後,綱取りのチャンスはめぐってきませんでした(ただし,1985年の3月場所は12勝で準優勝で,5月場所は一応綱取り場所でしたが,10勝で終わりました)。現在は,休場がちの一人横綱ですので,横綱昇進ラインはそれほど高くありません。27歳の貴景勝が,来場所,好成績で優勝して,大願成就をはたせるでしょうか。

2023年9月23日 (土)

Digital divide

 昨日の続きですが,耳鼻科の待合室にいると,70代半ばくらいの女性が,「予約はできるのでしょうか」と受付の人にたずねていました。私よりも先に来て待っていたようですが,後から来た人が先に呼ばれていくことに疑問をもったようです。受付の人は「できます」と答えて,オンラインで予約されている方がいて,順番どおりにお呼びしています,と丁寧に答えていました。その女性は「電話で予約できますか」とたずねたところ,「予約はオンラインだけです」との答えで,「私はそういうのができないので……」という言葉に,受付の人は申し訳なさそうでしたが,どうしようもありません。
 予約は電話でも受け付ければよさそうなものですが,そういうことをすると,ややこしくなるのでしょうね。そうなると,スマホをもたず,ネットで予約ができない人は不便になります。これもデジタル・デバイドの一つでしょうが,こういう方に合わせてアナログ的なものを残していこうという議論になっては困ります。ここは行政の出番だと思うのですが,なにか手はないでしょうか。
 一方,当のクリニックも,受付後に,紙と鉛筆を渡されて住所や年齢などを書かされました(鉛筆というのが,なんとも言えないのですが,小学生になったような気分でした)。前にも別のクリニックに関して同じような不満を書いたことがあるのですが,オンラインで入力したものを,また鉛筆で手書きしろというのは,なんという無駄なことでしょうか。そして,この紙と鉛筆は,診療後に薬局に行ったときにもありました。初めての薬局に行ってしまったのが失敗でした。家の近所で以前に行ったことがあるところだったら,不要だったのでしょうが。
 クリニックの支払いは現金かもしれないと思い,そのためにわざわざ銀行で引き落として行ったのですが,やっぱり現金のみでした。現金は日常生活では使わないので,このためだけに引き落とさざるをえないのです。便利なところにATMがない時代がくると,現金払いというのは,とんでもなく迷惑なことになります。薬局は,クレジットカードが使えましたし,電子マネーもOKです。クリニックでは近所にあるその薬局を推奨してきたことからすると,両者は提携しているのでしょうから,支払い方法も提携してもらいたいものです。
 アナログとデジタルが混在していて,非効率だなと思う反面,アナログ以外無理という人たちもいて,難しいですね。行政の出番と言ってみたものの,デジタル庁は,マイナンバー問題からもわかるように,あまり頼りにならないようで,いったいこの国はどうなるのでしょうかね。このままでは,そう遠くない未来に,デジタル後進国に転落してしまうでしょう。そういえば,手帳をかかげて「聞く力」を自慢した首相が登場したことが,凶兆だったのかもしれません(森保ノート,栗山ノート……。もう十分です)。

2023年9月22日 (金)

クリニックの待ち時間

 久しぶりに耳鼻科に行きました。近所の耳鼻科が休みだったので,電車に乗って隣の駅の耳鼻科に行きました。耳の内側に痛みがあったからで,診察結果は,つめでひっかいたようなあとがあって,炎症を起こしているということでした。耳の触りすぎということですね。子どものやるようなことで恥ずかしいのですが,自分自身も自覚していて,耳を触りすぎる癖があり,でもなかなか直りません。 
 そこは初診でもオンライン予約ができて,何人待ちかはオンラインで確認できます(きちんと更新されています)。それはよいのですが,一人あたりの治療時間がわからないのと,予約していてもキャンセルがありうることから,結局,あと何人くらいのところで家を出ようかという判断ができないのです。自分の番号に,どんどん近づいたかと思うと,全然動かなくなったりもします。このオンラインシステムは,ないよりはましくらいで,待ち時間問題の根本的な解決にはならないような気がしました。
 今日の医師は,テキパキと患者をさばいていく感じです。それと老人と長話をしない医師のようです(これはとても大切です)。だから,あまり待ち時間の心配のないクリニックでした。こことは違って,老人のお話をしっかり聴いてくれる優しい医師のいるクリニックもありますが,これは困りものです。こういうところになると,オンラインシステムで,あと何人とわかっても,待ち時間の想定ができません。
 待ち時間を少なくするためには,どういう方法があるか。たとえば,患者一人ひとりが,事前にネット上で自分の症状を入力することにより(質問に答える形で入力),AIで何分かかるか予測できるようになると,自分の番号まであと何時間かわかり,待ち時間を減らすことができます。なんとなく医療業界はDXと縁遠い感じがするのですが,私がもう少し年をとって,日常的に医療のお世話になるときまで,DXが進んでいてほしいですね。それほど時間はないのですが。

2023年9月21日 (木)

内閣改造の「おぞましさ」?

 岸田政権の先般の内閣改造で,副大臣と政務官の全員(54人)が男性であったことについて,朝日新聞の高橋純子氏が,テレビ番組で「おぞましい」と述べたことが話題になっています。「おぞましい」という表現の適否はともかく,これを男性差別という(男性)議員がいるのは情けないです。そういうことではないだろうと言いたいですね。問題は,岸田首相が女性閣僚を5人入れたと自慢しているのに,副大臣・政務官クラスはゼロという極端なことをしていることにあります。世間の目を意識するなら,せめて23割は女性にしていてもよいように思いますが,それだけ女性の適任者がいなかったのでしょうか。もしそうだとすると,大臣に5人も「適任者」がいることとギャップがありすぎます。結局,目立つ閣僚ポストにだけ女性を入れておけば,それでアピールできるという,形だけの女性登用であり,これこそ女性軽視であると思えます。高橋氏が,そういうなかで,ネクタイ族だけの記念撮影をみて「おぞましい」と言ったのだとすると,理解できないわけではありません。
 日本経済新聞の920日の社説「女性登用の本気度が問われる」でも指摘されていましたが,「派閥順送りや年功序列型の人事を改め,なにより女性議員の数を着実に増やしていく努力がいる。」というのは,そのとおりです。ただ,最後に指摘されている,「女性登用の低迷打破に向け,候補者などの一定割合を女性に割り当てる『クオータ制』を含め,前向きな議論を始める時期だ」というところは,候補者の「クオータ制」はありえるとしても,やや危険のような気がします。今回の内閣改造も,56人は女性大臣がほしいという一種のクオータ制で,そういうことをすると,どうなるのかということは,実際の人事をみてわかったような気がします。もちろん候補者のクオータ制は,それだけで当選というのではないので,穏健なクオータ制ですが,いずれにせよ大事なのは,登用したいと思わせるような人を育てることです。副大臣や政務官という将来の大臣候補に適切な女性人材がいないということは,この点で大きな問題を抱えていることを示しています。日本の政治がジェンダーの観点から遅れていることは明らかですし,それが今後も続くことを予感させます。そういう状況に気づかずに,無邪気に,にこやかに記念写真におさまっている首相をみると,やはり「おぞましい」と感じる人がいても不思議ではないように思います。

 

2023年9月20日 (水)

仕事と幸福

 日本経済新聞の土曜版で連載されている,若松英輔さんの「言葉のちから」は,いつも含蓄があり,楽しみに読んでいます。916日はカール・ヒルティ(Carl Hilty)の「幸福論」が取り上げられていました。ヒルティの「まず何よりも肝心なのは,思いきってやり始めることである」「他の人たちは,特別な感興のわくのを待つが,しかし感興は,仕事に伴って,またその最中に,最もわきやすいものなのだ」という言葉を引用し,若松さんは,まずは着手することの重要性をいい,「着手さえすれば,仕事にまとわり付いていた困難という覆いが剥がれ落ちることを知っていたら,仕事に向き合う態度もまったく別なものになるだろう」と述べています。
 実は,拙著『勤勉は美徳か?―幸福に働き,生きるヒント』(2016年,光文社新書)でも,冒頭にヒルティの幸福論から,「仕事の“内側”に入れ」「仕事の奴隷になるな,時間の奴隷になるな」という言葉を引用しており,これを実現するには,どうしたらよいかということが,拙著のモチーフになっています。
 仕事に着手しなければ,着想も生まれないのであり,着手が大切だというのが,若松さんがヒルティから得た教訓のようです。気が進まなくても,仕事にまず取りかかるというのは,考えようによっては,「仕事の奴隷になる」のと同じのようですが,実はそうではなく,どうせやらなければならない仕事なら,そこから逃げていることこそが,仕事の奴隷となることなのだと思います。まずは着手し,仕事にまとわりつく困難がなくなっていき,仕事に前向きに取り組んでいけるようになることこそ,仕事の奴隷にならず,仕事の「内側」に入ることなのです。
 付け加えれば,そうして仕事と格闘していると疲れてよく眠れて,余計なネガティブなことも考えなくなるでしょう。がむしゃらに働くということは,決して「仕事の奴隷になる」のと同義ではないのです。とはいえ,ただ単にがむしゃらに「働かされる」だけで終わると,やはり「仕事の奴隷になる」おそれがあります。着想は,英語(conception)やイタリア語(concezioneconcepimento)では妊娠という意味もあります。ほんとうの仕事とは,新しい発想で何かを作り出すことなのであり(作り出されたものが,「概念」と訳されるconcept(英語), concetto(イタリア語)です),そうした仕事をしているかぎり,人は幸福に近づけるのかもしれません。

 

2023年9月19日 (火)

中国との付き合い方

 「汚染水」大臣が辞めてよかったのですが,期待していた盛山文科大臣の就任会見での不安定な答弁をみて,失望しました。自分のことを「新米大臣」というのは,謙遜から出た言葉かもしれませんが,これから文部科学行政を担っていく大臣の最初の言葉としては,頼りないです。即戦力が求められる教育行政について,新米で責任をもったことが当面はできないというのなら,大臣就任を断るべきでしょう。教員のなり手不足についても,名案がないというのは,がっかりです。これだけ教育問題が言われているなかで,常日頃から,一個人として何か思うところがなかったのでしょうか。今日も,経済産業省の方とリモートで意見交換をしたのですが,重要なのは教育であるという話になりました。盛山大臣に期待していただけに残念です。
 ところで話は変わり,中国側は,処理水問題を口実にして不当な対応をとっていて,日本の水産業に大きな影響を与えているようです。私は中国の対応に腹立たしさを感じるものの,他方で,日本政府が,中国に対して「科学的根拠」を無視した対応をとっていると強く批判していることには,やや疑問もあります。日本政府は,トリチウムの濃度が薄くなり健康に問題がないということについて,考えられる様々な角度から説明されています。私も経産省のアップしている動画をみました。政府は,科学的根拠の説明としては,これ以上やれることはないかもしれません。一方で,科学者の言うことだから信用しろと言われても,そう簡単に信じてはならないということも,いろいろな教訓から学んでいます。国際原子力機関(IAEA)事務局長のGrossi氏が出てきても,これでIAEAのお墨付きがあるからよいといえるのでしょうが,彼個人は科学者ではなく,行政官であり,なんとなく政治家っぽい匂いがするので,印象がよくないです。そもそも排出されているトリチウムが健康に無害であるといっても,ないほうがよいのですから,国土が近い中国や韓国が反対するのは理解できるところです。たとえ彼らが政治的にこの問題を利用しているとしても,利用するネタを与えてしまっているのは日本です。遠い国である欧米が日本に賛成しているのは,日本政府の科学的根拠に賛同しているというよりも,自分たちには影響がないことだと思っているからかもしれません。
 処理水の放出はどうしても日本にとって必要である以上,科学的根拠だけで攻めるのではなく,もう少し丁寧な対応もあったのではないかと思います。自分が逆の立場であったら,そう思うかもしれません(もちろん,実際の私は,日本政府の説明に一応納得して,日本の魚介類を食べて応援したいと思っています)。中国の肩をもつわけではありませんが,実は政府の外交交渉のまずさが,日本の水産業に大打撃を与えているかもしれないのです。私たちは,韓国や中国が内政の問題があれば,すぐに日本たたきに走って,国民の目線を国外に向けさせるということに不快感をおぼえていましたが,同じようなことを日本政府がやっているかもしれないということに注意すべきでしょう。
 それとは別に,日本のビジネスの中国依存も,そろそろ見直すべきではないかと思います。中国相手のビジネスだと安定的にこれを展開することは難しいでしょう。台湾有事があるかもしれません。中国人が欲しくなければ結構です,と言えるくらいの状況をつくらなければ,リスクは残るでしょう。観光業も中国からの旅行客に頼るのは,もう辞めませんか。無責任なことを言うなと言われそうですが,中国があまりにも巨大な市場なので,冷静な判断ができなくなっているかもしれません。いきなり旅行客が来なくなったり,製品の輸出できなくなったり,輸入できなくなったり,というようなことが起こる危険性があり,しかも日本政府にはそういう状況を避けるだけの十分な外交力がないとなると,中国に依存しないビジネスに向けて,少しずつ努力せざるを得ないでしょう。製造業などでは,そういう動きはすでにあるようですが,その他の製品も同じようにしなければならないでしょう。
 別に敵対する必要はないのです。依存しすぎるとお互いよくないというのは,人間社会にはよくあることです。適度の距離感をもって,警戒しながらも,うまく付き合っていくということを,政治もビジネスもやっていってもらえればと思います。

2023年9月18日 (月)

リアル回帰に警戒を

 915日の日本経済新聞の夕刊の「十字路」の欄で,東京都立大学大学院の松田千恵子教授が,「会計監査の現場離れ」というコラムを書かれていました。「リモートワークに異を唱えるつもりもない。むしろ,適宜活用して生産性を上げることは大事だ。会計など情報を扱う分野はリモートワークとの親和性も高い。ただ率直に言えば,実地棚卸しなどを含む会計監査については,当然ながら現場をしっかり見てほしいというのが本音だ。」というのは,よく理解できることではあります。ただ,そのあとに,ある監査法人の調査として,「今後は不正リスクが高まる」と感じている企業の割合が,2020年に59%だったものが,2022年には64%へと上昇したということが紹介されていて,これを現場主義の論拠とされているようですが,この5%の上昇は軽視できないものの,むしろこの程度であれば,違った方法で不正リスクに対処するという議論をすべきではないかというのが,DXとリモートの推進派の発想だと思います。
 労働者の数は今後どんどん減っていくというのは,少し前までは数字上のことのようでしたが,いまは実感が高まってきています。今回の休暇先でも,ホテルの裏方はほとんどアジア系の若者でした。外国人の活用がなければ,観光業界などはもたないようになってきているのでしょう。飲食店も同様であり,人手不足は深刻なようです。こちらは,このままでは飲食店の倒産か,価格の引上げになっていくでしょう。おそらく,今後は,接客能力の高い人間を配置して高級店に転換していくか,ロボットを導入していくか,そういうことをしないかぎり,この業界の未来は暗いでしょう。タクシーについても,前に書いたとおり,人手不足が深刻で,ライドシェア(ride share)の導入は不可避となりつつあります。
 リアルで人間の手を借りて仕事の水準を維持することは当面は必要でも,それに頼ってしまうと,人手不足に対応できません。これは観光業から会計監査の仕事まで,広くあてあまることではないでしょうか。そのためにも,コロナ禍でのリモート化は,緊急避難であったと位置づけるのではなく,来るべき社会の到来が早まったにすぎないという認識をもって,事態に臨まなければならないのです。
 ホテルで働いてくれる外国人が,いつまで日本に来てもらえるかわかりません。政府の雇用政策といえば,人間を対象としたものでした。AI問題も,AI代替による(人間の)雇用喪失が懸念されています。しかし,より深刻な問題は,人間の不足により,社会が回らなくなることです。いくら賃金を引き上げても,人が集まらない社会というのは,おそろしいです。早く機械でできるものは機械で,という意味のデジタルファーストに取り組まなければなりません。
 コロナ禍のころは,こういう議論をする機会がよくあったのですが,最近はあまりしなくなりました。デジアナバランス(digital-analog balance[造語])を追求するのではなく,アナログ時代のノスタルジー(nostalgia)から,うずうずしていた人の声が大きくなりつつあるような気もしています。ウィズ・コロナの定着により,人間のリアルでの仕事の再評価という誤った方向に動き出さないように注意が必要でしょう(なお,上記の松田氏の意見は,むしろリモートワークを評価したうえでの,デジアナバランスの追求をめざした意見とみるべきでしょう)。

2023年9月17日 (日)

遅い夏休み

 少し遅い夏休みをとりました。神戸から離れ,阪神優勝のときも,その試合を放映していないような地域に行ってしまったため,決定的なシーンはライブの映像として観ることができませんでした。
 私は「海」派ですので,休暇といえば海に行くことになります。海にいく以上は泳ぐのですが,年齢もあるので,無理はしないようにしています。若いころは酒を飲んで泳ぐというような無茶なことを普通にしていましたが,これは心筋梗塞の原因となったり,水難事故の原因となったりするので,いまでは酒を飲むと,泳がずに浸かるだけにとどめています。
 大学院時代は,菅野和夫先生が,東大の戸田寮に行かれるので,そこに合宿というか,先生の休暇に同行させていただくというか,そういうことがありました(先輩たちのころは,合宿中に菅野先生とハードに勉強されていた時代もあったようです)。私たちのころは,そういうのではなく,戸田寮で記憶に残っているのは,ひたすら泳いで日焼けをしてしまったことや,夜にトランプをしていたことです。
 神戸労働法研究会を立ち上げてからは,毎年ずっと夏季合宿をしていました。2016年くらいまでは毎年やっていたと思います。沖縄にも行きましたし,小豆島,白浜,岡山,宮崎,佐賀・唐津,知多半島,賢島,京丹後など,いろんなところに行って,昼間は勉強し,その合間に泳ぎ,夜は飲んでいました。私も自身の新たな研究テーマを,合宿で,二日酔いの状況で報告をしたというようなこともありました。懐かしい思い出です。夏以外にも,北海道大学や九州大学の研究会に参加させてもらうために遠征したこともありましたね。私も含めて,みんな元気でしたし,若い人たちは時間もありました。
 学部のゼミ生と合宿に行ったことも何回かありました。こちらは,ゼミ生が自主的に決めたものに,ゲスト参加というような感じですが,それも楽しい思い出です。
 もう昔のように,若い人たちと一緒に合宿というのは体力的に難しいですし,そもそもこういうことをやっていたのが昭和世代のスタイルの名残だったのかもしれません。

2023年9月16日 (土)

労災保険制度

 昨日の続きです。
 労災保険制度の趣旨というと,通常は,民法の不法行為から始まり,無過失責任論,それを根拠付けるための危険責任論や報償責任論などの説明をするのですが,そもそもなぜ医療保険ではいけないのかというところから考えていく必要があります。
 日本の健康保険をみると,医療の現物給付だけでなく,傷病手当金のような所得補償もしています。労災保険とかぶっているのです。もちろん給付内容は労災保険のほうがよいので,労働者は労災保険の請求を求めます。業務起因性などの業務上かどうかの判断では,労災保険か健康保険かの違いが出てきて,労働者性の問題がかかわってくると労災保険か国民健康保険かの違いが問題となります。労働者性のほうが問題は深刻であり,もし労働者性を否定されると,国民健康保険の適用になり,そこでは,たとえば傷病手当金は任意の制度にとどまり,実際には支給されていないのです(いまは新設が認められていない国民健康保険組合において,認められる例があるにとどまっている)。
 労災保険が労働者に有利な内容となっているとすれば,そもそもなぜそうなのかが問われなければなりません。労働者は保護されるべきだということで終わると,まさに昨今のフリーランスの問題に背を向けることになります。精神障害にかぎっても,心理的負荷というのは,別に労働者だけにあるのではありません。もし労災保険制度が,工場労働者の危険・有害労働だけに限定されているのならば,ブルーカラー的な仕事に従事しないフリーランスには,適用の可能性を否定してよいでしょう。しかし,今日の労災保険は,そういうのではなく,まさに精神障害に関する認定基準の拡大が示すように,どんどんホワイトカラー的な仕事でも,業務の危険性を認めて,労災によるカバーの範囲を及ぼすようにしているのです。こうなると,ホワイトカラー的な仕事に従事するフリーランスとの関係はどうなのかということが,問題とならざるをえないでしょう。だから特別加入があるのだという意見もあるのですが,これはこれで問題です。そもそもフリーランス新法の参議院の付帯決議にあるような,希望者に特別加入を広げるというのは,特別加入制度のもつ例外としての位置づけと整合性があるのかという問題があります。「みなし労働者」を無限定に広げるとなると,これは,労災保険は労働者のための制度という性格を失うことにつながります。もちろん特別加入の保険料は本人負担である(発注者側などが負担してくれれば別ですが)とか,いろいろ制限があり,使い勝手が悪いので,特別加入の拡大は労災保険の拡大だとはストレートに言えないという留保はつけられますが,それでもやはり制度の対象をフリーランス全員に広げうるということ自体が,すでにこの制度の普遍性(労働者だけのものではないこと)を示していて,そして,そのことは通常の医療保険との違いを曖昧にするのです。
 また労災保険の労災予防的な機能というのはありえても(メリット制で事業者の保険料にはねかえる),とくに精神障害の認定基準の晦渋さは半端ではないので,事業者にとって予防行動をとるインセンティブにならないでしょう(これは安全(健康)配慮義務の内容の不明確性とも関係します)。要するに,予防行動をしても仕方がないと思わせてしまうのです。私の提唱する「人事労働法」的には,これは非常に問題です。法の遵守は,そのことにメリットがなければ,うまく機能しないと思っています。精神障害の悪化に関する認定基準は,行政に対して,医学的な判断の尊重を求めていますが,これについては,裁判所のレビューもあり,行政,医学,司法と三段階のフィルターをとおして,ようやく最後の結論がでて,しかもそれは個別判断とされているので,普通に考えれば,そんなルールの遵守にまじめに取り組もうとする気はなくなるでしょう(どこまでのことをすればよいのかが,はっきりしないということです)。もちろん,企業には従業員が精神的にも健康な状態で働いてもらうことには大きなメリットがあるので,従業員の健康に配慮することへのインセンティブはあるのですが,それは義務の履行という法的な話とは別の人事管理の問題です(もっとも,「人事労働法」は,その人事管理の発想と労働法とを融合させようとする試みなのですが)。
 業務起因性や労働者性の判断が,労災の適用範囲に関係がないことになれば,上記のような問題は解決します。私は働き方に中立的なセーフティネットを構築すべきで,労災保険も改革の対象に入れるべきだと思っています。国民健康保険,健康保険,労災保険を統合し,業務起因性の有無や労働者の有無に関係なく統一的な制度を設け,そこでの給付で充足されない労働者に固有の損害があれば,そこは民事損害賠償でやればよいというのは,一つのアイデアだと思っています。厚生労働省は絶対に受け入れないと思いますが,なんでも考えてみようというのが研究者の仕事です。実現可能性などにあまりこだわらず,まずは本筋の制度はどういうものかを考えていくことも大切ではないかと思います。

2023年9月15日 (金)

新しい労災認定基準(精神障害)

 912日の朝日新聞Digitalでも取り上げられていましたが,労災保険の精神障害の場合の認定基準(「心理的負荷による精神障害の認定基準」)が今月から改正され,2011年の通達は廃止されました。2020年の改正では,評価対象となる「具体的な出来事」にパワーハラスメントが追加されましたが,今回は,「顧客や取引先,施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」(いわゆるカスタマーハラスメント)と「感染症等の病気や事故の危険性が高い業務に従事した」が追加されました。また,精神障害の悪化の業務起因性が認められる範囲が見直され,改正前は,悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」(心理的負荷が極度のものと極度の長時間労働[発症前1か月におおむね160時間を超えるような時間外労働をしたことなど])がなければ業務起因性を認めていなかったのですが,悪化前おおむね6か月以内に「特別な出来事」がない場合でも,「業務による強い心理的負荷」により悪化したときには,悪化した部分について業務起因性を認めるというものに変わりました。
 認定基準の原文をみると,次のようになっています。
 ①「精神障害を発病して治療が必要な状態にある者は,一般に,病的状態に起因した思考から自責的・自罰的になり,ささいな心理的負荷に過大に反応するため,悪化の原因は必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らないこと,また,自然経過によって悪化する過程においてたまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合もあることから,業務起因性が認められない精神障害の悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められても,直ちにそれが当該悪化の原因であると判断することはできない。」
 ②「ただし,別表1の特別な出来事があり,その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合には,当該特別な出来事による心理的負荷が悪化の原因であると推認し,悪化した部分について業務起因性を認める。」
 ③「また,特別な出来事がなくとも,悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合には,当該業務による強い心理的負荷,本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)と業務以外の心理的負荷,悪化の態様やこれに至る経緯(悪化後の症状やその程度,出来事と悪化との近接性,発病から悪化までの期間など)等を十分に検討し,業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには,悪化した部分について業務起因性を認める。」
 ④「 なお,既存の精神障害が悪化したといえるか否かについては,個別事案ごとに医学専門家による判断が必要である。」
 かなりわかりにくい文章で,①から④は私が勝手に番号を振ったのですが,要するに,①は,たとえば,うつ病の悪化前に業務による心理的負荷があったというだけでは,それだけでは悪化した部分について業務起因性は認められませんが,②おおむね6か月以内に「特別な出来事」があり,自然経過を超えて著しく悪化した部分は業務起因性を肯定し,さらに,③そうした「特別な出来事」がなくても,業務による強い心理的負荷が認められる場合には,やはり業務起因性を肯定するというものです。業務起因性があれば,労災保険の対象となります。
 しかし上記の認定基準は,よくみると,従来の部分は「おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合には,当該特別な出来事による心理的負荷が悪化の原因であると推認し,悪化した部分について業務起因性を認める」として,医学的認定と推認という言葉が使われているのに対し,改正で追加された③の部分は,「当該業務による強い心理的負荷,本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)と業務以外の心理的負荷,悪化の態様やこれに至る経緯(悪化後の症状やその程度,出来事と悪化との近接性,発病から悪化までの期間など)等を十分に検討し,業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには,悪化した部分について業務起因性を認める」としていて,個別事案における判断事項を列挙し,精神医学的な立場からの十分な検討により判断することが前提のように読めて,そう簡単には推認はしないという姿勢がみてとれます。さらに,④で念を押しているようにも思えます(前の基準よりも医学的判断の必要性を強調している内容になっているように思えます)。
 裁判官は,この認定基準を参照するでしょうが,認定基準は慎重な留保をつけながら③を追加したとみて,悪化部分についての業務起因性を容易に認めない趣旨と解釈するのではないでしょうか。朝日新聞の記事では,最後に,「精神疾患が悪化したと言えるかどうかの基準が明確に示されておらず,楽観できない」という過労死弁護団全国連絡会議の玉木一成幹事長の言葉を紹介していますが,まさにそのとおりでしょう。
 とはいえ,この認定基準の改正は,精神障害の分野での労災認定の範囲を広げる一連の流れのなかにあります。これをどう評価するかは,労災保険という制度の枠内で議論しているだけでは不十分だと考えています。そもそも労災保険制度とは何かというところから考えていかなければなりません。この点は,後日,改めて論じます。

2023年9月14日 (木)

阪神優勝

 もうアレと言わなくてよくなりました。ついに優勝です。生きている間にもう1回くらい,優勝をみたいと思っていたら,意外に早く実現しました。感動しました。サトテルは,スターでしたね。昨日の満塁ホームランは,阪神ファンを狂気させましたが,今日も連発です。ところで,今年ほど,監督の力量の違いを見せつけられたシーズンはなかったでしょう。ほんとうのコミュニケーション能力とは何かということも,よくわかりました。直接伝えなくても,コーチをつかうだけでなく,マスメディアもつかい,選手に監督の考えを浸透させていました。何を目指すかが明確で,あとはプロである個人が,自分の得意分野で,自分で考えて力を発揮していくとき,最大のパフォーマンスを引き出すことができるのでしょう。会社経営にも参考になるのではないかと思います。
 岡田彰布監督は,理の人ですが,情の人でもありますし,心理戦も得意でした。
 かつての部下であり,今季の最大のライバルであった広島の新井貴浩監督を,最初から見下すような発言をしていました(岡田監督にしてみれば,2008年のV逸の原因は,新井にあったという思いも残っているのかもしれません)。広島の選手には,うちの監督は,岡田監督に勝てないというコンプレックスを植え付けるのに役立っていたでしょう。横浜の三浦大輔監督は,もともと岡田監督のファンでした。もちろん勝負となると,そんなことは関係ないのでしょうが,やはり岡田監督が最初からどことなく上という感じになります。ヤクルトは,死球に対して,岡田監督は高津監督を批判しましたね。高津監督は,きちんと反論できず,ヤクルトはダーティというイメージが広がりました。2年連続優勝していたチームで,まずは警戒すべきチームでしたが,完全にたたきのめすことができたと思います。
 現役時代からのライバルである巨人の原監督は,もう戦術は無茶苦茶で,あれだけの選手をそろえていながら,つかいこなすことができていないというのは素人目にも明らかでした。岡田監督は,相手の戦術はお見通しという趣旨のコメントを,よく試合後にしていました。中日は,コメントをするのも悪いくらい,気の毒なシーズンでした。
 今季の阪神はロースコアでなんとか勝ちきった試合が多く,素人感覚では,一歩間違えれば大変だったかもしれないと思うのですが,岡田監督は,最初から,打撃のチームは当てにならないとわかっていたのでしょう。自身が打者出身であるだけに,打者の限界も知っていたのかもしれません。この第2期政権では,投手を大事に使い,最大のパフォーマンスを発揮できるように,休息を十分に与えることを意識していました(ただ,これはヤクルトで高津監督がやっていたことでもありました)。とくに岩崎は,十分に休ませると,見違えるようなピッチングをするので,連投はやむをえないときにはしていましたが,消耗をできるだけ避けるように気を遣っていたと思います。
 CSまでは時間があいてしまい,また短期決戦なので,そのときどきの最も調子のよい選手をどう見極めるかがポイントでしょうが,岡田監督ならやってくれるでしょう。2008年のV逸のことがよく言われますが,実は2005年のVのとき,日本シリーズでロッテに4連敗した屈辱を,岡田監督・平田ヘッドのコンビは忘れていないと思います。あのときは,日本シリーズまでに間隔があきすぎて,ゲーム感が戻らないまま,ずるずるとやられてしまいました(ロッテの今江敏晃選手が絶好調であったことも不運でした)。ペナントレースの優勝で十分とは岡田監督は思っていないでしょうね。

2023年9月13日 (水)

内閣改造について

 大臣になるには当選回数が重要ということで,どんなに知事などの経験があり実績があっても,国会議員になると,過去の経験は考慮されないようです。まさに年功型であり,岸田政権が労働市場改革をしたいのならば,まずは自分たちがその模範を示すべきでしょう。労働市場の流動化というのは,他企業での経験による蓄積を評価してもらわなければ進まないわけで,だから職務給が適していることになるのですが,国会議員の世界は,議員になる前の経験は考慮しないようです。三ヶ月章先生の法務大臣,有馬朗人東大元総長の文部大臣等,竹中平蔵氏の特命大臣等はありますが,学者の大臣登用はまれで,政治家枠となると,こつこつ積み上げていくという年功型なのです。政治家の世界にも流動性を入れるべきではないでしょうかね。有力な政治家との会食がいやでも,村社会の人間関係がいやでも,ボスザルのような長老政治家にゴマをすることができない人でも,能力があれば登用するというくらいのことをしなければ,岸田さんは言行不一致となるでしょう。
 と思っていましたが,改造内閣はやっぱり年功型で,70歳以上がぞろそろいる「高齢者内閣」です。女性の登用は結構ですが,年功型が前提なので,不徹底です。女性の登用は能力主義ということでなければならず,能力主義であれば年功は関係ないのです。ついでにいうと世襲型も相変わらずです。女性の新閣僚の自見英子氏も土屋品子氏も加藤鮎子氏も,お父さんは有名な政治家です。血統も年功型と相容れないです。もちろん,年功や血統は,能力と比例することが多いといった反論も考えられますが,どこまで説得力があるでしょうか。加藤氏は子育て中ということで,期待は大きいですが,どこまでやってくれるか,お手並み拝見です。
 ところで,岸田首相は人事が好きだそうです。人事となると,みんなが自分にすり寄ってくるわけで,権力を最も発揮できる場ですが,それをはねのけることこそ重要です。人事で恩を売ったりする取引は,国民に迷惑です。人事権は,ほんとうに良い政治をしようとするときには必須です。私たちが,何かプロジェクトを,責任をもってやれと言われたときには,たしかに,誰をメンバーにするかは選ばせてほしいという気になります。人事権がなければ責任をもった仕事はできません。そして,そうしたときのメンバーには,たしかに自分に近い人を集めることはありますが,それは良い仕事をするためということです。いずれにせよ,内閣となると,もっと次元が違う重要性があるのであり,たんに人事が好きというような無責任なことでは困ります。
 個別の人事をみると,ウクライナ(Ucraina)に行ったばかりの林外務大臣をなぜ変えたのか。こういうことをしていれば,日本外交は信用されなくなるのではないでしょうか。後任は上川陽子氏ですが,この方はどうしても死刑執行のイメージが強いです。国際的な場に出ていく外務大臣として,なぜこの人なのか,という疑問が残ります。女性であれば,対外的なアピールとしてよいということかもしれませんが……。
 そのほかの人事では,私の関心があるのは,厚生労働大臣と文部科学大臣です。前者は,武見敬三氏ですが,どうでしょうかね。有名人ですし,お父さんは,もっと有名な武見太郎です。医療には精通しているでしょうが,労働行政については未知数ではないでしょうか。厚生労働副大臣のときの実績は,どうだったのでしょうね。
 文部科学大臣は,神戸大学大学院法学研究科で博士号を取得している盛山正仁さんです。大学のことをはじめ教育面のことをよく存知だと思うので,その力を存分に発揮して欲しいですね。
 自民党内の人事ですが,選対委員長についた小渕優子氏は,例のドリル問題について,関係者に謝罪していましたが,経済産業省という重要ポストを途中をほっぽりだしたことについて国民に謝罪をしたのでしょうか。

2023年9月12日 (火)

王座戦第2局

 阪神の西勇輝が,巨人を完封しました。2時間弱の完勝でした。これで9月に入って9連勝ということで,いままで9月になると失速する阪神に慣れていたので,この変わりようは驚きです。野球は投手が大切ということがよくわかります。村上,大竹,伊藤の3人の先発陣が続けて10勝に到達し,そして今シーズンは不調であった西勇輝も今日で7勝まで来ました。広島が負けたので,マジック3です。これで「アレ」はもう大丈夫でしょう。あさって巨人相手に甲子園で胴上げとなると,阪神ファンにはたまりませんが,実現するでしょうか。
 王座戦第2局は,挑戦者で後手番の藤井聡太竜王・名人(七冠)が,永瀬拓矢王座に勝ちました。これで11敗です。途中の評価値は永瀬王座が優勢でしたが,1手の緩手で形勢が逆転し,藤井玉は入玉に成功して,あとは手数はかかりましたが,永瀬王座に逆転の目はありませんでした。214手まで粘ったのは執念ですね。
 順位戦は,B1組の進行が速く,5局終わったところで,羽生善治九段が4勝1敗でトップにいます。A級復帰に向けて好発進ですね。佐藤康光九段も連敗スタートでしたが,連勝で盛り返してきました。木村一基九段は,B1組に復帰しましたが4連敗で苦しいスタートとなりました。そのほかでは,C1組の伊藤匠七段が敗れて2敗となりました。順位1位ですが,苦しくなりました。竜王戦に挑戦を決めていますし,他棋戦でも勝ちまくっていて,NHK杯でも糸谷哲郎八段に快勝したばかりでしたが,順位戦で勝ち星を集められないのは,名人への道が遠くなることを意味するので,棋士としてはつらいところでしょう。竜王戦に向けて調子を上げてもらいたいです。

2023年9月11日 (月)

東京新聞に登場

 朝夕は,かなり涼しくなってきましたが,まだ昼間は暑いですね。先週の金曜,関東は台風が直撃したそうですが,その日は東京で開催されている会場での講演がありました。私はリモート参加でしたが,会場の方は大変だったと思います。講演はいまはそれほどやっていませんが,これまでの経験では,トラブルはほとんどなく(あるのはTeamsとWebEXの場合だけで,Zoomは事故なしです),会場からの質疑応答もスムーズで,通信環境さえ整えば問題はありません。聴衆の状況がわからないのは,最初は気になっていましたが,いまはまったく気にならなくなりました。自分の世界に入って集中する鍛錬が知らぬうちにできていたのでしょう。おそらく今後も講演は,原則として,リモート以外はしないでしょう。
 この点で気になっているのは,コロナがジワリと増えているということです(インフルエンザも増えつつあります)。ただ軽症の人が多いという噂です(この種のことについての私の情報源は,ご多分に漏れず散髪屋,ではなく美容院です)。とはいえ,呼吸器が弱い私は用心モードを少し高めなければなりませんが,予防用のマスクを忘れて外出して冷やっとすることもときどきあります。
 話は変わり,日曜日の東京新聞に,労働組合による賃上げに関する私のコメントが出ています。他にも,多くの人のコメントが出ていました。アメリカで労働組合の結成・活動により賃金が上昇するという報告書が出ているので,日本でも政府が何か同じようなことができないのだろうかというのが記者の方の問題意識です。これについて,すでに日本でも,たとえば最低賃金引き上げというのは,労働組合も関与しているし,その他の非正社員の賃上げなどについても,労働組合の代表者も入っている労政審という議論の場があるということを知っておく必要があるという説明しました。さらに春闘・春季労使交渉というメカニズムで大幅な賃上げが実現していた時代があったのであり,かつてとは違ってきているものの,いまでも春闘は存在しているということも話しました。そうみると,賃上げに大切なのは労働組合へのテコ入れではなく,むしろ産業政策によって,まずは中心となる大企業が収益を上げるようにして賃上げ機運を高め,それが中小などのいろんなところに広がっていくということかもしれない,というようなことを述べました。もちろん賃上げのメカニズムは,このほかにもいろいろあり,労働組合の役割の重要性に変わりはないのですが,記者の方がもっておられた,現状は組織率の低下などにより労働組合の機能が不十分で,だから政府が労働組合にてこ入れしたほうがよいのではないかということについては,私は消極的な意見を述べました。うまく伝わっていればよいのですが。

2023年9月10日 (日)

田中希実選手の驚異的な日本新

 昨日の早朝,Brusselsで行われていた陸上のDiamond LeagueDL)の女子5000メートルで,田中希実選手が3位に入りました。先日の世界陸上でも,予選で日本新記録を出しましたが,そのときの143798は,それまで廣中璃梨佳選手が東京五輪で出した145284を,15秒近く縮める記録で衝撃を与えていたのですが,それをさらに9秒近く上回り,142918を出しました。女子のこの競技は,15分を切る記録(sub fifteen)が世界で戦うための条件となっていますが,日本女子にとってはかなり厳しいハードルでした。そもそも陸上というのは,1秒を削るために必死の練習をするのですが,田中選手は,2週間も経たないうちに,24秒近く縮めました。Kenya(ケニア)合宿の成果なのでしょうが,これには本人が一番びっくりしているかもしれません。
 このレースは,あとからBBCの中継を観ましたが,小柄で唯一人のアジア選手が,アフリカ勢や若干名の白人に囲まれながら,でもきれいなフォームで走る姿は凛々しかったです。途中までは10位あたりを走っていたのですが,徐々に先頭集団が絞られるなか,そのなかにしっかり入って6位あたりで走っていて,最後の2周くらいのところで3人に絞られて,いっときは13秒くらい先頭から離されて,なんとか3位で走ってくれという感じだったのですが(結果はわかっていたのですが),驚いたのはラスト1周です。猛然とスパートをかけて,先頭の二人にあわや追いつき,追い抜かしそうな勢いでした。途中から実況中継のアナウンサーも「Tanaka」「Japanese」と連呼していました。ここで田中の猛追に気づいたのでしょうか,優勝したRengeruk(ケニア)がスパートして,最後は少し差をつけられましたが,彼女の優勝タイムは14分26秒46で田中との差は2322位のEthiopia(エチオピア)のEisaが142894で,田中との差はわずか024でした。世界陸上で,トップの背中がみえる位置で走りきったことで自信をつけたでしょうが,このDLでは,はっきり世界と勝負できる体力とスピードがあることを再び示してくれたと思います。Rengerukは,Budapestの決勝では勝っている相手です(彼女は10位で,田中は8位。Eisa6位)。東京五輪の優勝タイムは,143679ですので,気象条件などが違うのでなんともいえませんが,田中選手はまちがいなく世界で戦える選手です。人見絹枝選手以来のトラック種目での五輪メダリストになるのも夢ではありません。少し前までは,考えられないようなことだったのですが……。北口榛花選手の日本新での貫禄の優勝もあわせて,海の向こうから,日本の女子選手たちの活躍が伝わってきて,とても嬉しいです。
 DLの年間上位選手で争うファイナル(916日からアメリカ)には,北口選手,田中選手以外に,男子では110メートルの泉谷駿介選手,3000メートル障害の三浦龍司選手も出場します。みんなすごいです。頑張ってほしいですね。

2023年9月 9日 (土)

従業員の監視

 ビッグモーター問題は,損害保険会社と中古車修理業への不信を高めることになりました。損保ジャパンは,かなり悪質であったようで,社長の辞任となりました。やむを得ないでしょう。不正を認識しながら,取引を継続したのですから。同友会の代表までされた親会社の櫻田会長は,雇用政策などの考え方には賛成できるところも多かっただけに残念ですが,辞任すべきでしょう。損害保険会社というのは,何かあったときに,きちんと査定をして保険金を支払ってくれるのか,ということが消費者としては気になるわけで,そこは保険会社が,きちんと公正な仕事をしてくれるという信頼の下で成り立っている商売なのです。そして,そういう信頼があるから,尊敬される仕事でもあるのです。しかし,ビッグモーターがやっていた不正を知りながら,客を紹介してくれるからという理由で不正を黙認し,契約者に損害を与えていたということであり,保険業界の信頼性を損なった罪はきわめて重いと思います。今朝の日本経済新聞の社説でも,書かれていたとおりです。
 ところで,この事件の余波は思わぬところに及んでいるように思います。同業の別の会社は,客が預けた中古車の整備や修理の状況をオンラインで閲覧可能とするように,職場にカメラを設置するということのようです。これにより,事業者が故意に傷をつけて保険金を請求するといった不正がないことを,客がチェックできるようにして,安心してもらおうということでしょう。こうした透明性は良いことのようにも思えますが,カメラの設置は,従業員の就労状況のモニタリングという意味もあり,従業員に対する指揮命令の強化になるのではないかと思います。もしそうなら,労働法的な発想では,このような方法をとる業務上の必要性がきびしくチェックされることになるでしょう。顧客サービス(顧客からの信頼の確保)というだけでは,不十分かもしれません。いずれにせよ,当該従業員の納得同意を得たうえで実施するのが望ましいですし,録画データの取扱いについては,個人情報保護法の制限がかかってくるので,慎重な取扱いが必要です(得た情報の目的外利用には本人の事前の同意が必要ですし,「個人データ」に該当するものであれば,第三者提供も制限されます。個人情報保護法18条,27条)。コンプライアンスを意識した対応が,新たなコンプライアンス問題を生まないようにしてもらいたいです。
 本来は,上司がきちんと責任をもって監督して,客にはわが社を信頼をしてほしいと言えるようにするのが,正しい経営だと思います。その信頼を損なったのは,別企業とはいえ,経営者側であったのであり,従業員がそのとばっちりを食っていると言えなくもありません。実は,同様なことは,保育園での園児虐待問題が起きたときに,保育園内に監視カメラをつけて,保護者に常時保育状況を閲覧できるようにすべきではないかということを私も言ったことがあるので,今回もそれと同じようなことなのかもしれません。ただ,幼くて,何も話せない子どもたちを相手にしている職場での監視については,業務上の必要性は相当高度であり,そこは中古車修理の現場とは次元が違うようにも思いますが,いかがでしょうか。

2023年9月 8日 (金)

ジャニーズ問題に思う

 日本は,憲法273項で,児童を酷使することを禁止し,労働基準法は,未成年者の保護規定を置いている国で,日本人は,そういう法制度をもたない国でのchild labor の利用を批判し,未開の国として下にみるというようなことをやってきました。その日本において,少年へのおぞましい性犯罪が長年にわたり,しかも多数なされていたというのは衝撃的な事実です。もちろん被害者や信じて預けていた親御さんは気の毒ですし,私たちも同じ日本人として恥ずかしいやら,情けないやら,なんとも言えない気分です。
 もちろん犯罪者はどこの国にもいますが,ジャニーズというのは,日本のエンターテインメントを牛耳っていたわけで,この事務所やその所属タレントたちは,たんにエンターテインメントだけでなく,ニュースキャスターもするなど,社会的な影響力ももっていました。しかし,日本の多くの企業は,メディアを含め,ジャニー氏の性癖や犯罪行為を知っていても知らぬふりで,この会社に頼って,その所属タレントを使って利益を追求してきたわけです(利益追求というのは少し違うかもしれませんが,NHKも同じです)。私たちも,よからぬ噂は聞いていわけですが,いつしか感覚が麻痺してしまっていました。
 ジャニーズ事務所への切り込みは,公正取引委員会が,SMAPから脱退した3名の芸能人が「干された」案件で介入したことから始まっていたと思います。公正取引委員会で「人材と競争政策に関する検討会」が始まる前の20176月ごろに,私のところに役人が説明に来ましたが,そのとき彼は芸能事務所の慣行に関心をもっていました。ここにメスを入れるのかと思った記憶があります。結局,検討会のメンバーには,労働法分野では別の先生が入りましたが,その後の検討会の報告書(2018年2月)をみると,フリーランス全般に射程が広がった感じになり,今日のフリーランス新法の源流の一つになった印象もあります。ただ,役人の当初の問題意識は,必ずしもそこまで広い狙いをもっていたわけではなかったように思いました(私の誤解かもしれませんが)。いずれにせよ,公正取引委員会は,その後,ジャニーズという巨大な権力に対して,おそるおそるとはいえ,牙を剥いたともいえるので,その功績は小さくなかったと思います。
 ところで,私は,雇用労働者であろうとなかろうと,共通に規制されるべき保護があると考えていて,今回のフリーランス新法の労働法パート(第3章)は,そういう規定が基礎になったと思っていますが,このほかにも,労働基準法にある最低就労年齢の設定(56条)は,自営的就労者に対しても(同じ年齢でなくてもよいですが)設定すべきと考えています(拙稿「従属労働者と自営業者の均衡を求めて-労働保護法の再構成のための一つの試み」『中嶋士元也先生還暦記念論集 労働関係法の現代的展開』(信山社、2004年))。人格的利益の保護というのは,雇用労働者であろうがなかろうが認められるべきで,とりわけ犯罪的な小児性愛者(pedophile)が,まさに優越的地位を濫用して性加害をしていたことがあった以上,少なくとも最低就労年齢の設定と未成年者のハラスメントからの直接的な保護というのは,早急に法的対応が必要と思われます。今度は厚生労働省が牙を剥いてほしいところです。
 さらに日本企業も,ジャニーズのタレントをコマーシャルなどにつかって利益を得ていた以上,この問題について社会的責任を果たすべきです。ジャニーズのタレントだけでなく,同種の被害を受けた人への補償のための基金を作るくらいして,国際的な評判の回復をめざしてもらいたいです。

 

2023年9月 7日 (木)

政治家のお仕事

 秋本真利代議士が逮捕されました。洋上風力発電の業者からお金をもらって,業者に有利な質問をしていたそうです。前にも少し書きましたが,報道されているとおりなら,わかりやすい贈収賄事件であり,言語道断です。ほんとうに再生エネルギーのことを考えているのであれば,お金をもらわずにやらなければなりません。お金をもらった以上,再生エネ利権に乗っかった政治家ということで,政治の世界から追放されるのは当然でしょう。裁判の結果はどうなるかわかりませんが,今後は,地道に社会貢献活動をして生きていってほしいです。
 秋本代議士は河野太郎デジタル大臣の側近だそうです。菅義偉前首相とも近いそうです。岸田首相にとっては,今回の逮捕は,煙たい存在である菅や河野を弱体化させることができるという面もあるのかもしれませんが,しかし,自民党員が国会でやった質問が問題となって,それを受けて実際に公募ルールが大幅に見直されたということなので,野党は徹底的に追及する必要があり,岸田首相は責任をもって,(これくらいは官僚の書いた文章を読まずに)向き合わなければなりません。自民党内に,他にも同様の利権に群がっている政治家がいないかを総点検して,問題があればきちんとペナルティを与えるくらいのことをしてもらわなければなりません。統一教会問題も,なんとなくうやむやで,総点検しても,点検だけで終わりというのでは意味がありません(自民党の政調会長は,かなり黒なのに,なんで重職についているのかと多くの国民は疑問をもっているでしょう。この人は秋本事件でも,当時の経済産業大臣として,名前が出てきます)。
 農林水産大臣の「汚染水」発言もありました。この大臣の悪いうわさは他にも聞こえています。大臣は軽いほうがかつぎやすくてよいと役人は言うかもしれませんが,この大臣については,ちょっと限界を超えているでしょう。農林水産大臣は軽いポストと考えられているのでしょうかね。これからの日本において,とても重要なことを担うところだと思っているのですが。そういえば,安倍内閣のときですが,農林水産大臣であった吉川貴盛も,大臣室などでお金をもらったという贈収賄で有罪判決を受けています。情けないことです。
 ところで,龍谷大学が,農学部に新たに農学科を設置したということを聞きました。従来の資源生物科学科を再編したもので,「農・食・環境」の未来にコミットする原石を発掘したい,というスローガンを掲げています。「農・食・環境」は,まさに人類の未来にとって重要なテーマです。DXでいっそうの発展の可能性があります。大学でこういうことを専門的に研究する場が増えていくのは,すばらしいことです。
 その一方で,政治家たちは,農や食の責任大臣は無能大臣や収賄大臣であり,環境に関係する再生エネビジネスは利権としかみていないということで,ちょっと絶望的です。
 岸田首相にはまったく期待はしていないものの,せめて次の内閣改造では,しっかり日本の将来のことを本気で考えて,仕事ができる大臣を配置してもらいたいものです。当選回数などに縛られるのは,年功型の発想そのものであり,岸田首相のめざす労働市場改革とも方向性は相容れないでしょう。

2023年9月 6日 (水)

岡田監督の抗議に思う

 数日前に,近本光司選手が,ヤクルトの投手から右脇腹のデッドボールを受けたのをみたとき,思わず悲鳴が出そうになりました。前に巨人の投手から同じような箇所にデッドボールを受けて骨折し,一時は今季絶望かというほどでしたが,なんとか復帰して活躍をはじめていたのですが,またデッドボールを受けたので,これはたいへんだと思いました。倒れ込んだ近本選手をみて,何ともいえない気分になりました。ぶつけた投手は帽子をとっていましたが,結局,ヤクルト首脳陣はまともな謝罪をしませんでした。幸い,近本選手は打撲ですんだようですが,だからといって良しというわけにはいきません。
 ヤクルトの高津監督は,ぶつけた山本投手(左投げ)はシュート投手なので,という言い訳にならないようなことを言っていましたが,死球はそれだけで出塁できるというペナルティを受けるので,敵もプラスになるのだから,別に詫びる必要はないとでも思っているのかもしれません。ヤクルトは,梅野捕手にもデッドボールをあてており,こちらはまさに長期離脱になっています。岡田監督が怒るのは当然でしょう。
 死球は頭部への危険球であれば一発退場です。ただ,それに該当しなければ,かまわないという「反対解釈」はいけないでしょう。
 阪神では,古い話になりますが,私が応援していた田淵幸一選手が,広島の外木場投手から頭部に死球を受けて,命の危険にさらされたことがありました。子どもながらにショックを受けたことをよく覚えています。奇跡的に復活し,その後の活躍は見事でした(その後,西武にトレードされたときは悲しかったです)が,おそらく後遺症は残っていたことでしょう。デッドボールは恐ろしいのです。田淵の次のミスタータイガースであった掛布雅之選手は,全盛期に,中日の齋藤投手から,手首にデッドボールを受けてしまい,その後は急速に輝きを失い,33歳の若さでの引退になりました。
 そういう阪神も,いまはアメリカで活躍している藤浪晋太郎投手がいたときには,右打者相手にシュートがすっぽぬけて,よくデッドボールをあてていました。藤浪の場合は,故意ではなく,たんにノーコンだったのでしょうが,相手チームには申し訳ない気持ちでした。ノーコンのほうが,打たれにくくてよいという意見もありますが,やっぱりそれはよくないです。ぶつけてもよいという気持ちで投げているのは,傷害罪や暴行罪の未必の故意があるといえないでしょうか(立証は難しいでしょうが)。
 今期は,DeNAの京田選手が,熊谷選手の走塁を2塁でブロックしたことも問題となりました。京田がセカンドベースを塞いでしまっていたので,熊谷は滑りこむ場所がありませんでした。京田に体当たりするしかないのですが,それではお互いにケガをする危険がありますので,熊谷はそれを避けました。審判は最初はセーフ判定でしたが,VARにより判定が覆りました。京田は故意ではなく,捕球の位置からして不可抗力であったということで,だからベースにタッチできなかった熊谷はアウトになったのです。岡田監督が退場覚悟の猛抗議をしました。本塁ではcollision ルールがあり,こういう場合はランナーはセーフになるのですが,2塁にはそのルールがありませんでした。こちらは,なんとすぐにルール(解釈)の変更につながり,熊谷のようなケースは,昨日からセーフにすることになったようです。岡田監督の抗議は正しかったということが証明されました。
 岡田監督は,死球についても,京田の危険なブロッキングについても,選手のために必死に抗議をしてくれました。これは選手にとっては心強いことでしょう。しかも,言っていることは,正論なのです。こういう監督の下であれば,選手も一所懸命に頑張ろうという気になるでしょうね。

2023年9月 5日 (火)

『ハラスメント対応の実務必携Q&A』

 弁護士の岩出誠先生から,弁護士法人ロア・ユナイテッド法律事務所編・岩出誠編集代表『ハラスメント対応の実務必携QA―多様なハラスメントの法規制から紛争解決まで』(民事法研究会)をお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。ちょうどパワハラ関係の裁判例について調べる必要があったので,さっそく活用させてもらいました。この7月に出た経済産業省の性同一性障害の事件までフォローされていました。早いですね。いわゆるソジハラ(SOGIハラ)の判例という位置づけです。SOGIとは,Sexual Orientation Gender Identityの略語であり,LGBT理解増進法(「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」)が制定された今年は,ソジハラ対策という面でも大きな転換点になる年といえるでしょう。
 パワハラは,何がパワハラかよくわからないという問題があって,これは指針が出されていても,解決されていません。パワハラかどうかの認定は,明らかな逸脱行為の場合は別として,簡単ではないのです。ただパワハラかどうかの認定はともかく,従業員が主観的にもパワハラと感じる出来事が起きているのであれば(明らかに根拠のないものは除く),そこには経営上ないし組織上の問題があるとみるべきだと思います。前にWedgeにも書きましたが,パワハラは結局のところ企業風土の問題であり,経営側からすると,その組織体質が問われるのです。もちろん,ビッグモーターのような企業は,報道されているとおりであるとすると,これはもはや異なった社会規範や独自の法規範(?)の下で経営がなされているので,どうしようもないのですが,とはいえ,こうした企業は,そのうち市場からの退場を余儀なくされるでしょう。
  経営者には,法的な問題は,本書を参考にしながら勉強してもらう必要がありますが,その前に,組織の風通しをよくし,パワハラをはじめとするハラスメントの芽を摘んでいく取組も大切です。おそらく,これからの弁護士は,こういう紛争予防という点でも,アドバイスをすることが期待されるのではないかと思います。私の『人事労働法』(弘文堂)は,労働法と人事管理(経営)を融合させるという目的に向けたささやかな試みであったのですが,これからの弁護士はMBAを取得して,労働法などの法的知識とあわせてトータルで企業にアドバイスすることが必要なのかもしれません。ちなみに,ビッグモーターの前副社長はMBAを取得しているという噂ですが,おそらく労働法の知識はなかったのでしょう。リーガルな面に弱ければ会社を潰してしまうのです。中小企業がよく頼りにする経営コンサルタントも,法学をしっかり学んでいない人のアドバイスは危険です。ゆくゆくは,経営コンサルタントは弁護士がやるようになるのではないでしょうか。というか,そういうことができない弁護士は,AI時代には生き残れないような気がします。

 

2023年9月 4日 (月)

事業協同組合の使用者性

 広義のフリーランスに対して,労働組合にこだわらなくても,中小企業等協同組合法に基づく事業者協同組合があるではないかという議論に,労働法学では,あまり良い反応がありません。事業協同組合は団体交渉をすることを想定している団体ではない,という疑問があるからでしょう。中小企業等協同組合法には,事業協同組合の行う事業のなかに,きちんと団体交渉(組合員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結。9条の216号)が含まれており,誠実交渉義務(「誠意をもつてその交渉に応ずるものとする」)も相手方に課されています(9条の212項)し,紛争調整手続も定められています(9条の22)。紛争調整手続の実効性は不明確であり,労働委員会の手続のようにはいかないでしょうし,救済内容も違うので,この点は問題として指摘することができるとしても,そもそも事業協同組合は,団体交渉をすることを目的としていないのだから,労働組合的なものとして位置づけるのは適切ではないという意見となるとやや疑問です。これは中小企業等協同組合法の明文の規定と抵触するからです。ただ,このような議論が出てくる背景には,事業協同組合は,もともと使用者団体としての適格性をめぐって議論をされていたことが関係しているのかもしれません。
 かつて「合同労組の活動が盛んであったときに,企業横断的な統一交渉・協約の相手方として事業協同組合が注目された」ことがありました(東京大学労働法研究会『注釈労働組合法(下巻)』702頁)。実際,使用者団体としての協約能力という論点で,よく言及される土佐清水鰹節協同組合事件(高松高判1971525日)は,まさに事業協同組合の事件でした。ただ,水産業協同組合法によるもので,同法では,水産加工業協同組合の事業について,「所属員の経済的地位の改善のためにする団体協約の締結」が挙げられているだけで(9319号。上記事件の当時に,どのような規定があったかは確認できませんでした),団体交渉についてのその他の規定はないようなので,その点は事業協同組合と異なります。
 フリーランスの問題の登場により,私たちは,使用者や労働者といった分類で考えていくことは適切でないという意識をもつべきなのかもしれません。労働者のように団体を結成して団体交渉を申し込むこともあれば,使用者のように団体を結成して,団体交渉に応じることもあるのです。同じ団体がその両方を担うこともあるでしょう。これからのフリーランスの事業協同組合は,そういう性格をもつものとなるのかもしれません。
 ちなみにフリーランス新法は,業務を受託するフリーランスをサポートすることを目的とする法律ですが,3条の契約内容明示義務に関しては,フリーランスが委託者である場合にも課されます(法律上は,これは「業務委託事業者」の義務であり,これは「特定業務委託事業者」とは異なり,フリーランスに業務委託をする人という広い定義なので,委託側がフリーランスの場合も含むのです)。ここでもフリーラスは,サポートされる労働者的な立場だけでなく,責任を負う使用者的な立場ともなりうるのです。

2023年9月 3日 (日)

そごう・西武労組のストライキ

 バスケットは,日本が見事に勝ちました。まだまだ世界レベルでは強い国がたくさんありますが,とくに体格差で劣る日本の小柄な2人のポイントガード(富樫選手,河村選手)が,ときには大柄な選手をかいくぐってレイアップ(layup)シュートを,またときには外からの3ポイントシュートをして活躍する姿はとても頼もしいです。五輪での活躍も期待しましょう。
 話は変わり,そごう・西武の労働組合のストライキが,8月31日に実施されました。私はギリギリで回避する可能性があるかなと思っていましたが,すでにスト権を確立しているので,組合としても何の成果もないままでは,引き下がることができなかったのでしょう。従業員に同情的な世論の後押しもあったような気がしました。実は,ビジネスガイド(日本法令)に連載中の「キーワードからみた労働法」の次号(10月号)では,このそごう・西武労働組合のスト権を確立したという話を受けて,「ストライキ」をテーマとしてとりあげて,その法的解説を行っています。最後の締めのところでは,労働組合側がストライキに突入することについては,慎重な判断が求められるとしたうえで,しかし経営側は労働組合をストライキの突入という状況に追い込まないようにすることが重要だという趣旨のことを書いています。ストライキは,本格的に実施すると,相手方の企業だけでなく,取引先など関係者にも大きな影響が及ぶことがあります。製造業における工場のストライキもそうでしょうが,多くの客を抱える百貨店のストライキは,その影響はいっそう大きいものとなるでしょう。ただ今回は,要求が実現するまで徹底的にストライキをするということではなく,最初から1日と決めていたようで,ストライキとしてはパンチの小さいものになりました。百貨店のストライキの難しさは,経営側に打撃を与えるためには,客を犠牲にしなければならないということであり,やりすぎると世間の支持を受けられなくなります。とはいえ,そこを意識しすぎると,中途半端なストライキになってしまいます。争議行為の落としどころはしばしば難しいものとなりますが,今回も,これで終わったのか,まだ続くのか,外部の人間にはわかりにくい状況です。
 そもそもストライキは憲法上保障されている勤労者の権利なのですが,これまではあまり行使されてきませんでした。私はこの点に物足りなさを感じていて,拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(2017年,弘文堂)の第5話「労働者には,どうしてストライキ権があるのか」で,スト先進国といえるイタリアと比較した議論などもしていたのですが,そういう立場からは,今回のストライキは前向きに評価すべきなのかもしれません。
 ところで,今回は結局,セブン&アイ・ホールディングスは,そごう・西武の株式を予定どおり売却しました。新たな株主は,雇用は保障すると言っているようです。ただ,いずれにせよ,親会社であるセブン&アイ・ホールディングスから説明を受けたいというのが,労働組合の要求であり,それ自体は,親会社に法的な義務があるかどうかはともかく,私は理解できるものだと思っています。セブン&アイ・ホールディングスのような大企業が,伝統ある有名な百貨店の株式を取得し,そしてそれを売却したというのであり,そうした経済活動自体は自由に行ってよいとしても,その百貨店には多くの従業員や取引関係者などが関わっていることも考えると,こうしたステークホルダーのことを軽視した行動をすることは,企業の社会的責任という観点からは問題となってきます。大事なことは,株式売却などの経営判断はしてよいのですが,それをきちんとステークホルダーの納得がいくように説明することであり,直接雇用関係がない,子会社の従業員を組織する労働組合への説明もその一つなのだと思います。
 もっとも売却が実行された以上,セブン&アイ・ホールディングスは,そごう・西武の従業員の雇用問題には,少なくとも形式的には決定力はないことになります。セブン&アイ・ホールディングスは,ストライキにも負けずに,初志貫徹したということで,経営者的には成功したことになるのかもしれませんが,失ったものも大きい気がします。
 なお労働法の観点から気になるのは,ストライキで閉店した日,ストライキを実行した組合員の賃金はカットされるのは当然として(労働組合のスト資金などから補填はあるでしょう),その他の従業員の賃金はどうなったのか(争議行為不参加者の賃金請求権および休業手当請求権の存否),テナントで店舗を出しているが休業せざるを得なくなった企業の補償はどうなったのか,ということも気になります。ストライキを行った労働組合や組合員が,損害賠償責任が負うかどうかは,このストライキの正当性の有無にかかってきます(労働組合法8条。いわゆる民事免責の問題)。今回のストライキの争議行為としての正当性については,執筆当時の情報(7月末時点)を前提に,多少の分析はしていますので,関心のある方は,前述したビジネスガイドの最新号を参照してください。

2023年9月 2日 (土)

バスケットのワールドカップ

 831日の将棋の王座戦のライブ中継が終わったあと,別のチャンネルで,バスケットのワールドカップをやっていたので,続けて観ていました。ちょうど第3Qあたりでした。接戦でしたが,徐々にヴェネズエラ(Venezuela)に差をつけられました。センター・パワーフォワードのホーキンソン(Hawkinson)がファールに近いような相手のディフェンスで止められてしまい,またたく間に差をつけられ,第3Qが終わるときには,15点差となりました。ヴェネズエラはフリースローを外さないし,リバウンドも強いし,3ポイントシュートもばんばん入っていて,これはさすがに逆転は無理だろうと思ったのですが,第4Qに大逆転が起きました。活躍したのは,比江島選手です。すでに4ファールしていて,あと1つのファールで退場なので,第3Qの途中からベンチにいましたが,第4Qで登場して,3ポイントシュートを次々と決めました。やはり3ポイントシュートの威力は大きいです。あっという間に差が縮まり,見事に逆転して,最後は少し差をつけました。最後の15分くらいしか観ていませんが,興奮しました。この試合を観ていた人はかなりいたらしく,ネットでも話題になりましたし,NHKの朝のニュースでも採り上げられていましたね。
 頼りになるNBA選手の渡邊雄太がいるのは心強いし,河村勇輝のキレのある動き,馬場雄大の身体をはった動きなども見事でした。そんななか,「比江島タイム」が発動されました。
 次の試合に勝つとパリ五輪出場が決まるそうです。相手は,Cabo Verde(カーボベルデ。緑の岬)という聞いたこともない国です。バスケットは,動きが速くスリリングで,結構,盛り上がります。今晩,みんなで観戦して楽しみましょう。

2023年9月 1日 (金)

棋士の服装規定

 防災の日です。いまは南海トラフ震災前という時期ですが,地震のことをすぐに忘れがちです。物的な準備はそれほどできていません(今日の時点では水と非常食くらいでしょうか)が,心の準備はしているつもりです。どうせ来るなら早く来てほしいという気がする反面,弱い地震が少しずつ来てくれたらと思っていますが,そんな都合よく行くわけありませんね。
 話は変わり,昨日の永瀬拓矢王座のことで書き忘れていたことがありました。それは彼が和服を着用していたことです。これまでは,最初だけ和服で,すぐにスーツに着替えるということをしていたと思うのですが,どうも服装規定で王座戦は原則として和服着用に変わったようです。これが王座戦だけのルールなのか,よくわかりませんが,タイトル戦で現在和服を着ないのは永瀬王座だけなので,彼を狙い撃ちにしたルールということでしょう。いまは,永瀬王座以外はみんなタイトル戦で和服を着ているので,これが慣行です。労働法でよく出てくる言い回しでいうと,慣行を就業規則で明文化したというのと近いようなものですね(服装とは関係ないですが,有名な例としては,賞与の支給日在籍要件の慣行を明文化した就業規則の合理性を肯定した大和銀行事件・最高裁判決(1982年10月7日)があります)。
 雇用労働者であれば,業種によっては,服装の強要を言われると,争う余地がありそうですが,棋士は個人事業主という扱いなので,争うことは難しいでしょう。棋士の対局姿は,Abemaでライブで世界中に報道されます。日本古来の文化という意味のある将棋において,一種の興行ですから,やはり和服着用が求められるのは仕方がないと思います。とくにタイトル戦という最高峰の戦いでは,スポンサー(王座戦は日本経済新聞)にも配慮する必要があるでしょう。スーツでは,ちょっとタイトル戦を軽視しているのでは,という不満が出てくるかもしれません(私のようにスーツも和服ももっていない人間は,正装ができないので,正式な場に出ることができないのですが)。
 もちろん,永瀬王座にも言い分はあるのでしょう。和服ですと,日頃着慣れていないので集中できず,良い将棋が指せないということなのかもしれません。彼が若いときなら大目に見ようということもあったかもしれませんが,今期防衛すると名誉王座という永世タイトル保持者となるくらいの大棋士となってきているので,やはりそれなりの責任感をもってもらう必要があるということなのでしょう。たんに勝負に勝てばよいというだけではなく,それ以外のことにも気を配って大人になってほしいということでしょうか。日本将棋連盟の会長に新たについた羽生善治九段の意向も働いているのかもしれません。そんなプレッシャーもなんのその,永瀬王座は,見事に和服を着こなして先勝しました。その精神力は半端でないです。

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