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2023年8月18日 (金)

若い医師の自殺に思う

 地元の甲南医療センターの専攻医の自殺が,労災と認められたという報道がありました。1カ月の時間外労働時間は207時間に及んでおり,過労死ラインを超えていました。精神障害発症の場合は,発病直前の1か月におおむね160時間以上の時間外労働を行った場合には,業務による心理的負荷が「強」となる基準となります。労働基準監督署は,この長時間労働が原因でうつ病を発症したと認定したのでしょう。遺族の無念を思うと,心が痛みます。
 医師に対しては,時間外労働規制は適用猶予されるという対応がされていました(労働基準法141条)が,これが20244月以降なくなります(ただし,年間規制は720時間ではなく,原則として960時間)。
 医師の労働時間をめぐっては,前にも書いたことがありますが,時間外労働についての強い制限があれば,医療提供サービスに支障が生じるという病院側の意見がある一方,医師も雇用されている労働者であるかぎり,一般の労働者と同じように過労による健康障害の危険があるので規制は必要という意見もあります。
 今回の事件で,病院側は,医師には自己研鑽の時間も含まれているので,タイムカードの打刻の時間のすべてが労働時間ではないと反論しているようです。これは,時間外労働の規制の是非という政策的な問題ではなく,労働時間の概念にかかわるものであり,また労働時間の管理の問題といえるのですが,病院側の主張にまったく理がないとはいえないまでも,やはり疑問が残ります。というのは,自己研鑽という名前がミスリーディングである可能性があり,どこまで自己のための自発的なものであったかは検討の余地があるからです。業務との関連性いかんでは,黙示の指示があったともいえるのです(たとえば病院内の直属の上司による,自己研鑽という名の指揮命令があったと認定できる場合もありうるのです)。あるいは,病院側が,医師個人が自分のために自己研鑽をしている時間を黙認していたといえることもあるでしょう。私は,所定労働時間外の労働は,本来は,使用者がきちんと誠実説明をして本人の同意を得たうえでされるべきものであり,そうしてなされた労働以外は指揮命令外とみたほうがよいという立場です(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)179頁,181頁)が,これは労働時間規制との関係の話であり,労災補償においては,労働者に対する業務上の負荷という事実上のものが問題となるので,黙示の指揮命令による時間もカウントすべきであると考えています。
 医療の現場を知らないので何ともいえませんが,まだ医師になったばかりの若者が,そう自分が好きなように時間を使うことができたのかには疑問があります。医師の働き方の特殊性というようなことで,この問題を本人の責任にしてしまうと,こんな病院で働きたくないと思う医師の卵が増えてしまわないか心配です。
 病院が医療サービスの提供に真剣に取り組んでくれることは有り難く思っていますが,労働法の理念がきちんと浸透していないで人を働かせているという面がもしあるのなら,現代社会では病院として存在することは許されないので,是正してもらう必要があります。時間外労働の規制への不満は,労働法の理念をきちんと尊重する姿勢でやっていてこそ,はじめて説得力をもつのです。
 患者一人ひとりの命を大切にしてくれる病院なら,働く医師の命も大切にしてくれるはずです。医師の命を大切にしない病院なら,患者の命も大切にしてくれないのでは,という不安が生じます。病院は,今回の事件を,個人の問題としてしまわずに,ぜひ組織の問題としてとらえ再点検をしてもらいたいです。それと同時に,人手不足であるのなら,どうしたら省力化ができるかということ,そして,医師が増えるようにするにはどうすればよいかということを考えてほしいです(政府の仕事でもあります)。今回の事件は,後者の面では逆効果となりかねません。
 私たちがこの問題に強い関心をもつのは,これは結局は,私たちの命や健康に関係してくるからです。この若い医師の死を無駄にしないためにも,医療サービスの維持と医師の働き方改革をどのように両立して進めるかについて,真剣に取り組む必要があります。

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