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2023年8月30日 (水)

フリーランス新法の付帯決議

  フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が可決されたときの衆議院の付帯決議において,「偽装フリーランスや準従属労働者の保護については,労働基準監督署等が積極的に聴取し確認すること」というのがあるのですが,「準従属労働者」という言葉が入っていて驚きました(参議院でも類似の付帯決議あり)。この言葉は,おそらく研究者のなかでは,私くらいしか使っていないもので,イタリアにある「lavoratore parasubordinato」の訳です。労働者(lavoratore)のなかには,「autonomo」な者と「subordinato」な者がいて,前者が独立労働者,すなわち自営業者,後者が従属労働者,すなわち労働者であり,その中間にあるのが準従属労働者です。これは二分法のカテゴリーとしては自営業者ではあるのですが,経済的な観点からの一定の従属性がある者をどう扱うかという問題関心から生まれてきた用語だと思います(この言葉については,拙著『イタリアの労働と法』(2003年,日本労働研究機構)20頁以下を参照)。イタリアでは,準従属労働者の扱いについて,いろいろ議論がありましたが,いずれにせよ,この中間的な就労者(lavoratore)を措定して政策を考えていけば,見通しがよくなります。私は,書籍では『AI時代の働き方と法』(2017年,弘文堂)の204頁の表で,この言葉を使っており,また,フリーランス協会でプレゼンしたときにも,この概念をもちいて説明したことがありました。その後は,同協会の代表理事である平田麻莉さんも,この概念をもちいて資料を作成されていて,おそらくそういうこともあって,付帯決議のなかに入ったのかなと推察しています。もしかしたら,私が知らないだけで,これまでも,いろんな方がいろんな箇所でこの言葉を使われていたのかもしれませんが。
 それにしても,この付帯決議(参議院)のなかには,「労災保険の特別加入制度について,希望する全ての特定受託事業者が加入できるよう対象範囲を拡大する」というのがあって驚きました。特別加入は,労働者以外の者のうち,業務の実態や災害の発生状況などから,労災保険法によって保護するのにふさわしいかどうかという視点で対象者を絞っていくとされてきたのですが,特定受託事業者は,その概念上,従属性にかかわる要素は含まれておらず,業務委託の相手方である個人事業主か一人社長であれば,これに該当する広い概念なので,そういう事業者にまで希望者全員に特別加入を拡大するというのは,やりすぎでしょう(なお,特定受託事業者は,法人も入るので(212号),ここは「特定受託業務従事者」(22項)とすべきであったかもしれません)。そんなことをすると,労災保険は,原理的に崩壊の道を進むようになるだろうという点(国民健康保険などとの違いはどうなるか),実務的には,特別加入は業種によってはあまり機能していないので,拡大しても意味がないままに終わるかもしれないだろうという点など,気になるところがたくさんあります。
 いずれにせよ,議論の本丸は,労働者の境界線が不明確になってきているなかで,「労働者のための制度」というものの存在理由が,急速に揺らいできていることにどう対処すべきかという点にあるのであり,そこで必要なのは,就労者全体をみたセーフティネットのあり方という大きな視点です。特別加入制度の際限ない拡大というのは,誤った政策であると言わざるを得ないと思います(特別加入制度については,ビジネスガイドに連載中の「キーワードからみた労働法」の第172回(2021年11月)でもとりあげています)。

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