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2023年8月21日 (月)

有期雇用労働者と就業規則の不利益変更

 有期雇用労働者の期間途中で就業規則の不利益変更があった場合には,労働契約法9条・10条の問題となるのはわかるのですが,その契約が更新された場合,更新といっても新規の契約であるとみると,あらためて就業規則の適用については,今度は7条の問題となるということになりそうです。たとえば,○○手当を支給しないとする不利益変更が,いったん10条の合理性がない(あるいは同条但書により,期間内は変更しない旨の特約がある)として認められなかったとしても,次の更新のときには,○○手当の支給が定められていない就業規則が前提で労働契約が締結されたとして7条の問題となり,緩やかな合理性審査により合理性が肯定されるということもありえるでしょう。ただ,先般紹介した宮崎学園事件の福岡高裁宮崎支部判決では,更新途中で60歳以降の年俸の引下げという就業規則の不利益変更があったケースで,60歳になった有期雇用労働者に改正後の就業規則が適用された事案では,雇用がずっと継続されていて実質的に無期雇用のような状況にあったとして,10条の問題として処理されています。
 しかし,荒木尚志『労働法(第5版)』(2022年,有斐閣)420頁では,「有期契約更新は新契約の締結であるので,基本的には7条の問題となる」としたうえで,「ただ,7条の合理性判断において,反復更新されて継続してきた従前の労働条件との比較が考慮されることは十分あり得る」と書かれています。私は,この見解でよいと思っています。これを10条の類推適用と呼んでもよいと思います。10条の合理性審査は,従前の労働条件との比較という視点から導き出されたものとみることができるので,形式的には有期雇用の更新は,その都度の新規契約の締結なので7条の問題とせざるをえないものの,これまでの更新実績を考慮して,実質的には10条の問題とみるということでよいのだと思います。7条の合理性については,とくに法文上の制限はないので,柔軟な解釈を許容するものであると思います。
 以上とは別に,就業規則というものを,当該事業場の制度とみて,それに沿った内容の労働契約を締結するかは,個々の労働者がどのようにそれを労働契約の内容に組み入れたかによって決まるという立場によると(私のいう段階的構造論は,こうした立場です),(実質的に)10条の問題とみるかどうかでは話は終わらず,制度としての合理性だけでなく,労働契約の組入段階での合理性(正当性)が問題となり,そこでは現在の私見によると,納得規範が重要となります。
 この問題と似ているようで違うのが,就業規則の合理性と有効性との区別です(荒木・前掲書446頁を参照)。就業規則の不利益変更の合理性が否定されれば,当該労働者との関係では就業規則は適用されませんが,だからといって当該就業規則が無効となるわけではなく,他の労働者との関係では,7条の効力や12条の効力は発生するというのが荒木説です。私は,これは合理性が12条の効力発生の要件となるのか,という問題として考えています。契約説の立場からは,就業規則それ自体は何も効力がない契約のひな形であり,それについて法律が,7条,10条,12条のような効力を付与しており,あとは,それぞれの効力について要件を考えればよいのであり,合理性は12条の効力発生の要件にはならないということです(荒木説と結論は同じです)。
 ただ,合理性概念自体において,集団的な合理性と個別的な合理性というものを区別して考えられないかというように問題を設定すると,さらに話は少し変わってきます。第四銀行事件の河合裁判官の反対意見(「本件の就業規則変更は,企業ないし労働者全体の立場から巨視的に見るときは,その合理性を是認し得るものである反面,これをそのまま画一的に実施するときは,一部に耐え難い不利益を生じるという性質のものであった」とし,「経過措置を設けることが著しく困難又は不相当であったなど特別の事情が認められない限り,本件就業規則の変更は,少なくとも上告人[大内注:原告労働者]に対する関係では合理性を失い,これを上告人に受忍させることを許容することはできないと判断すべきであった」)には,こうした発想がうかがわれますし,相対的無効論もこの延長で出てきます(もともとは,菅野和夫先生と諏訪康雄先生のディアローグで論じられていたはずですが,かつてはBibleのように読んでいたあの本が,いまは研究室のどこかに埋もれてしまっていて確認できません)。10条は合理性の判断要素だけをみると,集団的な合理性とか個別的な合理性とか,そういう区別の視点はでてきませんが,就業規則の集団的規範が個別労働契約の内容となるという以上,二つの合理性を区別して考えることは,理論的にも必然となるのです。もちろん,あえて個別的な合理性という言葉を使わなくてもよく,10条の文言に則していうと,個別的な合理性は,「その他の就業規則の変更に係る事情」のなかで考慮すればよいのだと思います。第四銀行事件の最高裁の法廷意見によるかぎり,個別的な合理性を考慮するアプローチには否定的にならざるをえないので,司法試験の答案では書きにくいのでしょうが,でも,みちのく銀行事件の最高裁では,個別的な合理性を考えているようでもあります。
 有期雇用労働者の就業規則は,無期雇用労働者の就業規則とはかなり異なる性格をもつと思われます。無期雇用労働者のように,企業共同体の一員である場合は就業規則という制度は自身の身分的な立場と一体化しており,そこに改めて自身の契約への編入という段階を観念しにくいのに対し,有期雇用労働者のように,共同体の一員ではないので,なぜ就業規則という制度が自身の契約に編入されるのかという問題を論じやすいと思われます。そして,企業共同体的な労働法が徐々に崩壊しつつある今日,就業規則がなぜ個人に適用されるのかということを,もっと根本的に考える必要があります。解雇権濫用法理による雇用保障の交換条件としての就業規則の一方的不利益変更という説明は,おそらく普遍的な意味をもっていないと思われます(私が博士論文を書いたときから,こだわっていた論点です)。
 以上の点は,先日の研究会では,あまり深めることができなかったので,また機会があればしっかり議論して勉強していきたいと思います。

 

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