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2023年8月26日 (土)

懲戒免職と退職手当の不支給

 飲酒運転で物損事故をおこした勤続30年の公立高校の教諭が,懲戒免職となり,退職金も不支給となったため,退職金不支給処分の取消しを求めた事件で,最高裁判所は,原審の3割の支給は認めるべきとしていた判断を覆し,取消請求を棄却する判断を下しました(宮城県教育委員会事件・最高裁判所第3小法廷2023627日判決)。
 地方公務員の事案ですが,民間企業でいえば,懲戒解雇となった場合あるいは懲戒解雇相当事由があった場合には,退職金は不支給ないし減額となるというのと似ています。民間企業のケースについては,従来から,懲戒解雇と退職金不支給を連携させることについては,退職金の法的性質論ともからめて,労働法学では議論があります。退職金については,通常,功労報償,賃金の後払い,生活保障の趣旨や機能があると言われていますが,懲戒解雇の場合には,功労報償の観点からは退職金不支給の方向に働きますが,賃金の後払い,生活保障という点がこれに抑制的に働き,これらの「せめぎあい」となるわけです。今回の事例でも,最高裁判決は,「本件条例の規定により支給される一般の退職手当等は,勤続報償的な性格を中心としつつ,給与の後払的な性格や生活保障的な性格も有するものと解される」と認定していて,民間と同じようではありますが,法廷意見では,この性格論はあまり結論に影響してきません。
 本件では,条例において,どのような場合に退職手当が不支給・減額となるかについて,明文の規定がありました。それによると,「当該退職者が占めていた職の職務及び責任,当該退職者の勤務の状況,当該退職者が行った非違の内容及び程度,当該非違に至った経緯,当該非違後における当該退職者の言動,当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響」を勘案するとされています。ただし,最高裁は,「裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たっては,退職手当管理機関と同一の立場に立って,処分をすべきであったかどうか又はどの程度支給しないこととすべきであったかについて判断し,その結果と実際にされた処分とを比較してその軽重を論ずべきではなく,退職手当支給制限処分が退職手当管理機関の裁量権の行使としてされたことを前提とした上で,当該処分に係る判断が社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に違法であると判断すべきである」と述べています。条例の規定と処分との適合性について,民間の退職金不支給処分の場合とは違い,裁判所は判断を控えるということです。
 ところで,定年直前であっても,懲戒解雇となるような非違行為をしてしまえば,計算上,積み上がってきた退職金がゼロになってしまうというのは妥当か,というのはゼミでもよく議論してきた論点でした。実は,『雇用社会の25の疑問―労働法再入門―』(弘文堂)は,第2版までは,「第2話 退職金は,退職後の生活保障としてあてにできるものか。」というテーマをとりあげていました(第3版では,テーマを28から,本のタイトルどおりに25に刈り込み,このテーマを落としていました)。第2版の23頁(当時の第2話のまとめの部分)では,次のように書いていました。
 「感情論としては,特に懲戒解雇処分を受けた社員を考えてみると,多額の退職金が支払われるのは適当でないという気もする。しかし,それだけでは,やはり社員の既往の労働の評価をゼロにするための根拠としては不十分であろう。懲戒解雇処分が課されるような場合には,会社に多大な損害を与えているのであるから,退職金で清算すべきだという考え方もありうるが,前述のように,既発生の退職金について会社が社員に対して損害賠償債権をもっていても一方的な相殺をすることができないとされていることとの整合性も考慮に入れておく必要がある。一番筋の通ったやり方は,懲戒解雇と退職金とを切り離して,懲戒解雇を受けた者にも,退職金は所定の算定式に基づき全額支払ったうえで,会社は受けた損害について,別途に請求して回収するというものであろう。ただ,こんなやり方を会社に強制すると,会社は,退職金制度をやめてしまうかもしれない。退職金の労務管理的な機能が大幅に弱まるからである。退職金制度がなくなると,懲戒解雇とは無縁の大多数の社員に迷惑が及ぶことになる。そこまで考えると,懲戒解雇と退職金とを切り離せと頑強に主張することにはためらいをおぼえる。
 退職金は,会社が任意に設ける制度である。社員からみて,ある程度の不安定性があるくらいのほうが,会社にとってのメリットが残り,制度の存続のためには良いのかもしれない。」
 この締め方は,ビジネスガイド(日本法令)の「キーワードからみた労働法」の最新号で「退職金」をとりあげたときに書いたものと,あまり変わらないのですが,これはどちらかというと人事管理的な点を重視したもので,法的な議論としては,退職金は全額払うべきとすることにも十分な理由があると思っています。企業に与えた損害ということを考えても,上記の一方的相殺の制限の話だけでなく,労働基準法16条では損害賠償額の予定が禁止されていることや,判例上,労働者の損害賠償責任を限定する法理が認められていることも考慮されるべきでしょう(16条との関係では,判例は,競業避止義務違反の場合に退職金を半分とする条項は,この条文に抵触しないとしています[退職金を減額するのではなく,そもそも半分の退職金しか発生していなかったとみるのです])。
 最高裁判決に戻ると,この判決には宇賀裁判官の反対意見がついています。宇賀反対意見は,多数意見の裁量論と違い,労働判例と同様に,条例の退職手当の支給制限の勘案事項に照らして,かなりふみこんだ判断をしています。とくに酒気帯び運転をした警察官が3ヶ月の停職処分しか受けていないことが重視されています。「当該非違が公務に対する信頼に及ぼす影響」という勘案事項との関係では,「飲酒運転による公務に対する信頼の失墜という点では、飲酒運転を取り締まる立場にある警察官による酒気帯び運転の方が影響が大きい」とし,「当該退職者が占めていた職の職務及び責任」については,被上告人(当該教諭)が管理職でなかったことを指摘し,「当該退職者の勤務の状況」としては,「過去に懲戒処分を受けたことがなく,30年余り勤続してきたこと」,「当該退職者が行った非違の内容及び程度」との関係では,「本件事故による被害は物損にとどまり既に回復されていること」,「当該非違後における当該退職者の言動」との関係では,被上告人が反省の情を示していることに言及しています。そして,こうした事情を考慮すると,「一般の退職手当等の有する給与の後払いや退職後の生活保障の機能を完全に否定するのは酷に過ぎる」と述べて,退職手当の法的性格論の議論をきちんと回収して結論に結びつけています。
 退職金を支給されないことを前提にすると懲戒解雇(懲戒免職)は,懲戒処分としてはきわめて厳しい処分となります。そうなると,そう簡単には懲戒解雇を認めてはならないという話に傾きやすいです(非違行為と処分内容の均衡の要請)。しかし,そうなると懲戒解雇をすべきような人を懲戒解雇できなくならないかという懸念が出てきます。その意味でも,懲戒解雇は認めるが,退職金は一部支給を認めるという落とし所は,実質的な妥当性という点で望ましいことが多いのです(本件は条例上も一部だけ不支給をする根拠があります)。
 とはいえ,退職金の一部支給というのは,裁判官がそれを命じることができるのか,というところはやはり気になるところで,そこは民間なら裁判官は踏み込むけれど,公務員の場合はどうかという話になるのです。民間でも,公務員でも,支給要件を充足しているかどうかの判断はできるでしょう(したがってゼロか100かの判断はできる)が,どの程度の減額ができるかというのは,はっきりいって決め手がないものなので,裁判官がふみこみにくいのも理解できないわけではありません。本判決の多数意見は県教委の裁量を重視したわけですが,行政法研究者の宇賀裁判官は,条例の規定に則して,丁寧に事件を処理しており,どちらかというと,民間の事件と同じような姿勢がうかがえます。多数意見が県教委の判断にほぼ丸投げした点は,退職手当が労働者の生活保障に直結するものであるだけに,法理論的な点はさておき,説得力がないように思えるのは私だけでしょうか。もちろん,個人的には,飲酒運転など論外なので,物損事故でもそういうことをやらかした人には,しっかりお灸を据えるべきだと思いますが,懲戒免職を受け,罰金刑も受け,おそらく社会的信用も失っているなかで,多額の退職金まで奪って,本人や家族のこれからの生活を危険にさらすことになりかねないと考えると,それはちょっと厳しいのでは,と思いますね。

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