観光産業の未来と最低賃金
観光産業の人手不足というのは,旅行客にとってみれば困ったことですが,マクロ的な視点でみると,この業界が将来の発展に向けて生産性を高めるための絶好の機会だともいえます。観光産業の生産性の低さが,賃金を押し下げ,人材が集まらない原因の一つになっています。客商売ですし,小規模なところが多いので,繁閑の差の影響を受けやすいのが泣き所です(中国からの旅行客期待でよいのでしょうか)。生産性を高めるうえではDXが決め手となるわけで,政府はそのための投資を後押しすることが必要です。現在の最低賃金の引上げ(+中小企業への助成金)というのは,経済の今後のビジョンという点からみると,どうかと思います。最低賃金の影響を受けるのは,もともと低スキルのために賃金が低い人材であることが多く,そうした人材の賃金を強制的に引き上げれば,雇用機会の減少という影響が出るのは確実でしょう。政府がめざす労働市場改革でいうジョブ型とか職務給とかリスキリングとか,そういうものは実際にはミドル・ハイスキルの人材を対象としたもので,こうした人たちに対する雇用政策も必要ですが(ただし,それをどのような手法でやるかについては,政府の方針が必ずしも適切とは思わないことは,すでに何度も書いていることです),ロースキルの人たちへの最低賃金政策は,これとはまったく異なる政策です。政府が考えたほうがよいのは,最低賃金やその水準に影響を受けるロースキルの人たちのスキルをいかにして向上させるかです。
これまで最低賃金で給与をもらっていたパート労働者は,たとえば兵庫県であれば,時給960円から1001円に上がります。社会保険の106万円の壁を意識して,だいたい週20時間働いていた人からすると,週に(41円×20=)820円くらいの増加です。 これは106万円の壁がなくなることが前提ですが,106万円の壁があれば,それを意識する人は,どんなに最低賃金が上がっても,それに合わせて就労調整するので年収は変わらないことになります(そして人手不足が悪化します)。106万円の壁が何らかの形で取り除かれると,労働時間をもっと増やそうとする人は出てくるでしょうが,ロースキルの人ができる仕事は,やはり最低賃金近辺の仕事となるでしょう。たとえば週40時間(法定労働時間)まで働くことにすると,週に2084円の増加となり,それなりに大きいともいえますが,びっくりするような額ではありません。これくらいの上昇だと,中小企業のほうには痛いが,個人にはあまり響かないということになるかもしれません。
観光産業は,DXで人手不足に対応すること,一方,働く側は,観光産業でのロースキルでもこなせる仕事にいつまでもこだわらず,より高いスキルを習得して,それをとおして賃金アップを目指すことが大切です。そう考えると,政府は,最低賃金引上げのためにエネルギーをあまり使うのではなく(あるいは最低賃金が上がったから満足するのではなく),職業訓練政策の充実化(DX時代に対応できる将来性のあるスキルを習得できる訓練機会を提供し,その間の生活保障を十分に行うこと)にこそ知恵と時間と費用を傾注してもらいたいものです。
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