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2023年8月 7日 (月)

サラリーマン増税?

 増税は困りますが,通勤手当への課税や退職所得の税額控除の見直しについて「サラリーマン増税」だと言って批判するのは,どうかと思います。もちろん,個人的には,こういう改悪は困ります。しかし,もし歳出改革をしっかりして,それでもなお増税しなければならないとすれば,通勤手当は賃金の一種なので,それへの課税は筋が通るものと思っていますし,退職所得控除についても,これが伝統的な日本型雇用システムと整合性のあるものなので,日本型雇用システムの変容にともない見直すのは,理解できるところです。
 通勤手当について言うと,これは,そもそも,企業が支払う義務があるものではありません。民法485条は,「弁済の費用について別段の意思表示がないときは,その費用は,債務者の負担とする」と定めているので,労働契約でいえば,労働義務の履行のための費用は労働者が負担すべきものなのです。もちろん,これを企業が負担するという合意はできるのですが,それは業務費用ではなく,労働の対償として,賃金に該当すると解されています(労働基準法11条の賃金に該当し,24条の定める賃金支払に関する諸原則が適用されます)。社会保険における報酬月額にも含まれます。もっとも,税法上は,通勤手当は,実費補填的なものであるので,所得税法上は,1ヶ月15万円までは非課税とされてきました。ところで,今回,問題となっている政府税制調査会の答申「わが国税制の現状と課題令和時代の構造変化と税制のあり方」(20236月)では,「非課税所得等については,それぞれ制度の設けられた趣旨がありますが,本来,所得は漏れなく、包括的に捉えられるべきであることを踏まえ,経済社会の構造変化の中で非課税等とされる意義が薄れてきていると見られるものがある場合には,そのあり方について検討を加えることが必要です」と書かれているだけであり,私が見落としていなければ,積極的に通勤手当の非課税限度額を引き下げたり非課税所得扱いを撤廃したりするようなことは書かれていません。これは「火のないところの煙」であったようです。通勤手当の税法上の取扱いに変更が加えられることは,いまのところまったく改革の俎上に載せられていないと言ってよいでしょう。
 誤解が発生したのは,退職所得控除についての議論も併行してなされていたからです。現行の退職所得控除については,上記の政府税調の文書では,「退職金は,一般に,長期間にわたる勤務の対価の後払いとしての性格とともに,退職後の生活の原資に充てられる性格を有しています。このような退職金の性格から,一時に相当額を受給するため,他の所得に比べて累進緩和の配慮が必要と考えられることを踏まえ,退職所得については,他の所得と分離して,退職金の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1を所得金額として,累進税率により課税されます(2分の1総合課税)(個人住民税は比例税率)。退職所得控除は,勤続年数 20 年までは1年につき40万円,勤続年数20年超の部分については1年につき70万円となっています」が,「現行の課税の仕組みは,勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが,近年は,支給形態や労働市場における様々な動向に応じて,税制上も対応を検討する必要が生じてきています」と書かれています。これについては,「三位一体の労働市場改革」では,「退職所得課税については,勤続 20年を境に,勤続1年あたりの控除額が40万円から70万円に増額されるところ,これが自らの選択による労働移動の円滑化を阻害しているとの指摘がある。制度変更に伴う影響に留意しつつ,本税制の見直しを行う」と明確に改革の姿勢を示し,また骨太の方針でも,「自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けた『モデル就業規則』の改正や退職所得課税制度の見直しを行う」としており,実際「モデル就業規則」の改正はすでに前月実施されているので,退職所得控除についても,勤続20年超の部分の控除額の引上げをなくすことが,近いうちに実行されるのではないかという不安が出てきているのでしょう。こちらは「火のない所の煙」ではありません。
 野党は,退職金税制の話に,通勤手当の話を無理矢理くっつけて,「サラリーマン増税」といったネーミングをつけて,政府批判をしようとしている印象があり,かつてホワイトカラー・エグゼンプションを「残業代ゼロ法案」というネーミングで攻撃したことを想起させます。
 個人的には退職所得税制の改正(改悪)はとても困るし,大衆迎合の岸田政権によって実施されたら嫌だなと思うところもありますが,政策としては,いつかは退職所得について,現在の分離課税であることも含め,徹底的に見直すことが必要であると思っています。退職金のあり方が今後激変することが予想されるなか,それをふまえた政策論議をしなければなりません。退職金のことについては,ビジネスガイド(日本法令)で連載している「キーワードからみた労働法」の最新号でも論じているので,関心のある人は読んでみてください。

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