« 外国人労働問題 | トップページ | NHKワールドJAPAN登場 »

2023年7月25日 (火)

学校法人宮崎学園事件

 先日の神戸労働法研究会のもう一つの事件は,学校法人宮崎学園事件の判例報告でした。地裁と高裁で判断が分かれたもので,最近増えているように思える大学関係の事件です。多くの私立大学は,少子化の影響などで厳しい状況に置かれているようです。この事件も同様で,大学経営の厳しさが判決文で示されています。
 原告Xは,Y法人の宮崎国際大学の国際教養学部で比較文化学部の講師として採用され,教授にまで昇進しています。Xの契約は,当初から2年の有期労働契約で,それを8回締結し,60歳到達後は,1年契約となり,在任期間は合計で20年でした。Y法人側は,2015年の給与基準の改定(本件改定)により,60歳を超えた教員の年俸を2割削減することとし,Xにもこの基準が適用されて年俸が約728万円から約582万円に引き下げられました。高年齢者の賃金引下げ,有期労働契約の更新に伴う賃金引下げ,それに就業規則の不利益変更といった要素が交錯して理論的にも興味深い事件でした(ただし,本件では,就業規則の不利益変更だけが主たる争点となりました)。
 第1審の宮崎地裁判決は,次のように述べていました。
「本件給与基準は,本件大学の有期雇用者を対象とするものであるところ,Xの年俸の減額は本件改定により直接生じたものではなく,あくまで,従前の有期雇用契約の期間満了に伴い,Y法人との間で従前よりも年俸が減額された本件雇用契約を新たに締結したことによるものであるから,就業規則の変更によって,直接,Xの雇用契約の内容であるXの雇用条件を不利益に変更した場合ではなく,形式的には,労働契約法9条及び10条が直接適用される事案ではないと考えられる。」としたうえで,「Xの本件雇用契約や以後の契約更新における有期雇用契約は,雇用期間の継続性という点においては,実質的には無期雇用契約に近い性質のものといえる」とし,「本件雇用契約における年俸の減額は本件改定の実施を受けてなされたものであるから,実質的には,本件改定によりXの年俸が減額されたとみることができる」ので,「本件改定の有効性は,労働契約法10条の趣旨や考慮要素等に照らして判断すべきである」としました。そして,「Y法人の財政状況等に照らして,本件大学の有期雇用教職員の人件費を削減する必要性は高かったといえるところ,60歳を超えた教員に一律に従前の年俸の80%を支給するという本件改定は,従前の本件給与基準の内容等にも照らせば,労働者に大きな不利益を与えるものとはいえず,その内容も相当性を有するもので,労働組合等との相応の交渉も行われているから,労働契約法10条の趣旨等に照らして,本件改定は合理的なものであるといえる。」として,Xの請求を棄却しました。そこで,Xは控訴したのですが,福岡高裁宮崎支部2021128日判決は,1審の判断を覆して,Xの逆転勝訴となりました。
 「平成21年給与基準により,『契約期間開始日に60歳を超える教員の年俸は昇給しない』と定められた後,本件改定が行われるまでの6年間にわたり,60歳を超える教員の年俸は据え置かれる状態が続いており……,現に,この間,60歳を超える教員の年俸が減額された例は存在しないから,Xにおいても,60歳を超えた後の自己の年俸について,昇給はないものの,従前のままであり,減額されることはないと期待したことには合理性が認められる。そうすると,本件改定は,60歳を超える教員が支払を受け得る年俸を減額するものであって,実質的には就業規則の不利益変更に当たると認めるのが相当であり,労働契約法10条にいう合理的なものといえる場合に限り,Xに対して効力を有すると解するのが相当である。」として,実質的に就業規則の不利益変更にあたるとして,労契法10条の合理性判断をするとしました。そのうえで,「本件大学の有期雇用教職員の人件費を削減する必要性は相当高かったと認めることができる」ものの,本件改定による不利益は大きく,「本件改定は,長期間にわたり,国際教養学部での勤務を続けてきた教員に対してのみ一挙に大幅な年俸の減額を行うものであって,無期雇用教職員に対する……人件費抑制策が各年齢,各職階の教職員の人件費を抑制するものであるのに比べて,国際教養学部内の教員間に不均衡を生じさせる結果となっている。これに加えて,……60歳に達した後,本件改定前に再雇用契約を締結した教員はその後の1年単位の雇用契約更新の際にも本件改定内容は適用されず,退職時まで年俸は据え置かれているために,教員が60歳に達する時期のわずかな違いにより,年俸額に大きな差異を生じる結果となっており,60歳を超える教員の間においても不均衡を生じさせる結果となっている」など内容が相当なものではなく,労働組合(本件組合)との交渉は2回しか行っておらず,「本件改定の必要性の程度,労働者の受ける不利益の程度及び本件改定内容の相当性を踏まえると,本件組合が提示した年俸の5%を減額するとの提案が検討に値しないものであるということはできないから,この提案を軸にして,さらに本件組合と交渉を行う余地はあったと認められるし,20%の減額を前提とするにしても,減額に伴う不利益緩和のための経過措置や代償措置について提案するなどして,さらに協議を続けることは可能であったとも考えられるから,Y法人が本件組合との交渉による利益調整を十分に行ったとまで認めることはできない」として,結論として合理性を否定しました。
 「人事労働法」の立場からは,納得同意を得るための誠実説明が不十分であった事案ということになるでしょうか。本件では,変更の高度の必要性は認められているので,Xへの変更就業規則の適用の仕方に問題があったということでしょう。理論的には,変更就業規則には合理性はあるが,個人への適用のところで問題がある事案ということだとすると,こういう相対的無効説的なアプローチが可能かという,まだ未解明の論点も関係しています。私の段階的正当性論からは,集団的労働条件(就業規則)としての正当性とは別に,労働契約への編入段階での正当性が必要で,後者の正当性を欠けば就業規則は労働契約の内容とならず,結果として相対的無効説的な結論となるのですが,これまでの判例のこのあたりの立場はよくわかりません。
 いずれにせよ実務的には,一般に裁判所は,私のいう労働契約への編入段階を重視して,個人にとっての不利益や説明手続の相当性(労働組合の組合員であれば,組合との交渉内容も含む)をみるのではないかと思われ,経営者は,就業規則法理が集合的・画一的処理をするための労働条件の形成・変更手段であると決めつけて,個人への対応をおろそかにすると裁判では勝ちにくくなると思います。
 とはいえ,本件では,大学経営の難しさを感じさせられることも事実です。高裁では,無期雇用教員への対応との比較から相当性がないということも言われていますが,これはややY法人に厳しい指摘でしょう。労働組合への対応がもう少し丁寧にされていて,少しでも経過措置を設けていたら,結論は,違っていたかもしれません。大学経営者は,参考にすべき裁判例でしょう。
 そのほかにも,研究会では,本件は就業規則の不利益変更の問題として扱ってよかったのか(少なくとも,形式的な適用条文は労契法7条で,従来の更新の経緯は7条の合理性の判断で考慮するほうがよかったのではないか),本件は60歳以降であることを理由とする有期雇用教員の一種の「年齢差別」ではないかといった意見も出されました。また,雇用が不安定な有期労働契約を継続してきた実態をみると,これが結果として実質無期として就業規則の不利益変更の問題になるとしても,雇用保障がある通常の無期雇用教員の就業規則の変更の合理性よりも,合理性を厳しく判断してよいというような見方もありそうです(不安定雇用の代償としての一種の有期プレミアムを認める見解ともいえましょうか)。

 

 

« 外国人労働問題 | トップページ | NHKワールドJAPAN登場 »

労働判例」カテゴリの記事