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2023年7月の記事

2023年7月31日 (月)

社高校

 前に夏の高校野球の屋内開催のことなどを書きましたが,やるならくれぐれも「熱中症時代(?)」に適した方法でやってもらいたいです(たぶん,対策は十分にするのでしょうが)。昼間の甲子園の観戦は,報徳学園が優勝した夏の大会のときに一度あるだけだったと思いますが,とても暑かった記憶があります。何にも遮られないですからね。40年くらい前のことで,あのころとは気候が変わっているので,もっと暑いかもしれませんが,うまい避暑の方法もあるのかもしれません。
 報徳学園は,今年の春の選抜は準優勝しているので,当然,夏の兵庫県大会では優勝候補でしたが,5回戦で神戸国際大学付属に惜敗しました。一方,同じく春の選抜大会に兵庫県から出場し,初戦敗退していた社高校は激戦を勝ち抜き,2年連続の優勝となりました。報徳学園に勝っていた神戸国際大学付属との準決勝はタイブレークでサヨナラ勝ちという接戦でした。決勝は,明石商にサヨナラ勝ちしました。
 昨年の夏は2回戦で敗れたので,今回は上位進出を期待したいです。春と合わせると3大会連続であり,経験も蓄積されているでしょう。2004年の選抜ではベスト4まで進んだこともあるので,あの夢をもう一度というところでしょう。
 社高校は県立高校ですが,50年くらいまえに体育科ができています。私の母が卒業したときにはありませんでしたが,体育科はがんばっているようで,阪神の近本光司選手も社高校出身です(彼は淡路島出身ですが,社高校には寮があり,わざわざ入学してくれたようです)。今年は開幕から調子がよかったのですが,巨人の高梨投手から受けた死球もあり,しばらく欠場し,その後も(前も)調子が悪かったですが,ようやく復調してきました。肋骨の骨折なので,まだ完治していないし,痛いのではないかと思いますが,彼がいるかどうかで守備力も攻撃力も大きく変わってしまうので,出場してくれていることは心強いです。社高校が活躍して,近本選手もそれに乗ってくれたら阪神のVロードも見えてくるでしょう。

2023年7月30日 (日)

幼児期の比較学習

 文部省唱歌の「海」は,「海は広いな,大きいな」で始まりますが,小さな子どもに「広い」や「大きい」はどういうことかを説明するのは難しいです。たとえば3歳の言葉に,海が「大きい」と言うとき,海というものは大きいものであると教えることはできても,「大きい」の定義をしていないので,あまりよい説明になっていません。結局は比較なので,「大きい」自体の定義はできず,何かより「大きい」かどうかが言えるだけなのです。あえて言うなら,海は人間よりも「大きい」し,自分の住んでいる家などより「広い」ということかもしれませんが,でもほんとうはこの歌詞は,そういうことを言っているのではなく,感覚的なものです。比較の視点がない絶対的な広さ,大きさを言っているように思えます。そこがどうも気に入りません。
 「大きい」,「広い」,「多い」,「長い」,「重い」などは,比較して決まることで,絶対的に「大きい」,「広い」などといったものはないということを,子どもたちに教える必要があります。3歳児健診に長短比較というのがあるのも,子どもが物事の相対性を理解しているかを問うものだからだと思っています。
 私の好きなEテレの番組「ピタゴラスイッチ」に出てくる「しめじソート」というのは,いろんな長さのしめじを,順番に並べる方法を教えてくれます。ただ見ているだけでは,しめじの長さの順番をつけるのは簡単ではありませんが,適切な分類をして,11でみていくと,長いか短いかを決めることができ,そういうことをとおして,結果として全体の順番をつけることができます。このソート・アルゴリズムは,長さの本質は比較であるということをわかりやすく示してくれています。すべてを測量して数値化して順序をつけるよりもエレガントなやり方です。測量はデジタルになじむ感じがしますが,測量しないソート・アルゴリズムはアナログ的です。
 測量を学ぶ前の幼児期における未測量での比較の学習は,デジタル化時代に見落とされがちなアナログ的な視点を習得するためにも,とても大事なことだと思います。長短はメジャー(measure)で測定すればわかるよ,なんてことは幼児には安易に教えないほうがよいのです。測定して答えを出すこと(効率的に結果を出せばよいということ)ではなく,長いものと短いものとがあること,でも長いとされているものも,それよりも長いものとの関係では短いものとなることを知ることこそ大切なのでしょう(ついでにいうと,そのアナログ的な世界でも,効率的に答えを出す方法を模索することは大切で,それこそ数学的思考なのであり,それは幼児期を終えたあとの次のステップなのだと思います)。

2023年7月29日 (土)

前期授業終了

 今学期も授業が終わり,あとは期末試験だけとなりました。コロナのときと同様の,不要不急の外出はするなという熱中症アラートが出ていますが,学生たちも教師も試験となると外出せざるを得ないのが現状です。殺人的な高温や豪雨などの異常気象が続くなか,講義や期末試験を含め,いかにしてオンラインで物事を処理できるかを積極的に考えていくべきでしょう。それが予想されている南海トラフ地震への備えにもなります。
 私たちは,夏の屋外での社会的な活動の停止を本格的に検討していくべきでしょう。その手始めに,夏の甲子園球場での高校野球の中止を検討すべきです。京セラドームなどでやればいいのです。こういう目立つところから手をつけて,社会の意識を変えていくべきでしょう。熱中症で労災ということが増えないように,一企業だけでなく,社会的な取組みが必要です。テレワーク推奨の理由づけの一つに,熱中症対策も追加したいです。
 さて,今学期,久しぶりに学部の講義で対面型授業をしました。パワポのスライドを投影し,そのために部屋を暗くしたので,判例を読み上げたりするときに字が見づらくなり,いちいち老眼鏡をかけて,字を読まなければならないのが大変でした。もう少しうまいやり方があったのでしょうが,LSではオンライン・リアルタイム型の授業をしていたので,この点は快適でしたし,机の周りに資料を置いて,パソコンもZoomで使うもの以外に,もう一台その横において,事前に配布している予習課題や学生の名簿を確認したり,さらにタブレットも置いて条文の確認をしたりするなどして,快適かつ効率的に授業をできる環境を用意できました。同時に,対面型の授業がいかに非効率であるかを改めて実感できました。つまり日頃の研究環境を利用して,学生に向き合って授業ができるので,それだけクオリティの高い授業が可能となるということです(「可能」というだけで,実際にクオリティが高かったか,また学生がどう受けとめていたかは,別の問題ですが)。
 3年前からLSでは,オンライン・リアルタイム型を続けていて,この授業方式に何の迷いもありませんし,学生も対面型との違いは感じていないと思います。今年度の後期も同じ形式で行う予定です。来年度以降は決まっていませんが,この方式を続けられるかぎり続けたいと思います。いずれにせよ,LSで授業をするのも,あと5年しかないので,私の授業を選択してくれた学生には,少しでも多くいろんなことを伝えられるように努めたいと思っています。もっとも法曹の未来ということを考えると,LSではなく,違う道を目指すことを考えたほうがよいのでは,ということも言いたくはなるのですが,そこはぐっと我慢ですね(学生は,これを読んではいないでしょう)。

2023年7月28日 (金)

王位戦

 今日は,日本法令のDVD収録をしました。150分ほどぶっ通して話したので,疲れましたが,「仕事をした」という気分です。
 ところで,王位戦第3局は,藤井聡太王位(竜王・名人,七冠)が,挑戦者の佐々木大地七段に勝って3連勝となり,防衛に王手をかけました。先手の藤井王位は,着実に攻めていき,押し切ってしまったという感じで,佐々木七段はあまり見せ場をつくることができなかったようにみえます。苦しいですが,なんとか一矢報いたいところでしょうね。
 竜王戦の決勝トーナメントは,1組優勝の稲葉陽八段は,優勢の将棋を,1手の緩手をとがめられて,伊藤匠七段に逆転負けしました。悔いが残るでしょうね。伊藤七段は他棋戦でも勝ちまくっていて勢いがあります。挑戦者決定3番勝負は,永瀬拓矢王座との対戦になります。こうなると,藤井・伊藤のタイトル戦をみたい気もします。
 B級1組の順位戦は,第3局目が終わり,予想どおり混戦です。昇級組の増田康宏七段が唯一人3連勝です(不戦勝を含む)。昇級候補の糸谷哲郎八段と澤田真吾七段は,ともに第3局目3敗れて21敗です。昇級組の大橋貴洸七段は,糸谷八段に勝って21敗で,昇級の有力候補です。羽生善治九段と佐藤康光九段はB級1組で対局するのは不思議な感じがしますが,羽生九段が快勝しました。佐藤九段は不調で,少し心配です。

2023年7月27日 (木)

ビッグモーター問題に思う。

 最近のビッグモーター問題の報道をみていて,伝えられている情報だけからですが,同社がたいへんブラックな会社であることはうかがえます。具体的にどのような労働法規違反があるかわかりませんが,少なくとも公益通報者保護法の活用がまさに期待されるような事案であったといえるでしょうね。実際,発覚の契機は内部告発であったようですが,公益通報者保護法が機能したケースといえるかは,はっきりしません。今後,行政がどのような対応をするかは注目でしょう。もちろん保険金の不正請求や除草剤による樹木の毀損などは,刑事責任の対象となるでしょう。
 しかし,この事件でより気になるのは保険会社のほうです。保険会社は,ほんとうに不正請求を知らなかったのでしょうか。損保ジャパンは,多くの従業員をビッグモーターに出向させていたようであり,企業間の関係は深いものでした。保険金の不正請求で損をするのは,契約者であり,もし特別な配慮から査定を甘くしていたとすれば,これは損害保険制度への信頼を完全に失わせるものとなります。
 ところで,WOWOWのドラマに「一応の推定」というのがあります(https://www.wowow.co.jp/detail/060418)。広川純の同名の本が原作です(この本は第13回松本清張賞を受賞しています)。柄本明主演の良いドラマです(映画のようです)。かなり前に観たものですが,記憶を喚起させましょう。
 柄本が演じる保険調査員の村越は,定年間近の最後の仕事として,保険会社の責任者となっていた旧知の早瀬から,ある地方での老人の鉄道轢死事件についての調査依頼を受けます。状況的には自殺のようであり,早瀬はあっさり自殺として処理できるだろうと考え,これを定年を迎える村越へのはなむけのつもりとしたかったようです。
 死亡した原田は,遺書を残していませんでしたが,孫娘は重篤な心臓疾患を抱えており,海外で移植を受ける必要がありました。支援者たちは募金活動をしていました。原田は,町工場の経営をしていますが,事業はうまくいっておらず,経済的に苦しい状況にありました。生命保険には入ったばかりで,孫のために保険金を得るために自殺をする動機はありました。また,原田は夫婦で自殺をするための旅行を計画していたことがあり,それは娘が阻止していたということもありました。しかし,原田は,亡くなった当日,孫娘に会っており,彼女のために買ってあげた人形の目が壊れていたので,それを修理することを約束していました。自殺をしようと考えている原田が,最愛の孫娘に対して,できない約束をするとは考えにくいものでした。家族たちも,原田が自殺することはないと主張します。そして,この女の子のために一刻も早く調査報告書を書いて,保険金を支払うように村越らに求めます。村越は丁寧に調査した結果,プロとしての最終的な判断は,自殺と「一応の推定」ができる状況にあるとして,「無責」つまり保険会社に保険金支払義務はないとする報告書を提出します。
 一応の推定とは,「保険契約者が遺書を残さず自殺した場合,典型的な自殺の状況が説明されれば自殺だと認定されるという理論。その場合,保険会社は保険金を支払う義務を生じない」(番組HP)というものです。典型的な自殺の状況かどうかは,①自殺の動機,②自殺の意思があったと判断できる事実,③事故当時の精神状況,④死亡の状況から判断するとされ,村越は①から④のいずれからも,このケースでは自殺と推定されるとしたのです。
 早瀬は非常に満足して喜んでいました。しかし,村越は,その後,なぜ人形の目が壊れていたかが気になり調べてみたところ,原田が人形を購入した店から出たとき,子どもの運転する自転車と接触して転倒していたことがわかりました。そのとき頭を打っていた原田を診察した医師は,原田の脳に損傷が生じていたとしました。この情報から,原田は自殺ではなく,この脳の損傷が原因で意識を失って線路に転落した可能性が出てきました。村越は,報告書を改めて,原田の死は事故によるもので,保険金を支給すべきとの結論を出したのですが,早瀬は,それを受け入れずに,当初の報告書どおりに「無責」とすると決めました。「無責」で処理したほうが,保険会社の利益となり,それが彼の出世につながるからです。村越が働く保険調査会社は,依頼者である保険会社に対しては弱い立場にあり,保険会社の意向には逆らえませんでした。村越は早瀬を罵倒して,去っていきます。村越は失意のうちに引退生活に入りました。
 この調査で,村越は,保険会社の若手の竹内とコンビを組んでいました。まだ若造の竹内ですが,保険調査員の村越を見下した態度をとります。村越は,それを受け入れながらも,プロの仕事にこだわり,ときには竹内をどなりつけたりもしていました。その竹内から,手紙が届きました。実は彼は,早瀬を説得して,村越の最終報告にしたがうように働きかけたとのことでした。保険会社の顧問弁護士が,裁判になれば負けると判断したことが最後の決め手となりました。その手紙を読み終わったとき,村越の携帯に電話がかかってきました。早瀬からです。また調査を頼めないかという依頼でした。
 保険金を払いたくない保険会社とプロとして真実を追究する保険調査員との戦いに人間ドラマがからんで,とても良かったです。最後は,保険会社も悪くないなと思わせてくれる終わり方だったのですが,さて現実の保険会社はどうでしょうか。損保ジャパンが,今回の件について,しっかり説明をし,間違ったことをしていたのなら,それを認めて改善計画を出すということをしてもらいたいです。他の保険会社にとっても,損保ジャパンの今回のことは,業界の信用にかかわることであるので,業界の仲間を守るという姿勢ではなく,いっしょに事案解明と必要な場合の是正措置に取り組んでもらえればと思います。私たちは安心して損害保険を利用したいのです。
 労働法的には,ビッグモーターにしろ,損保ジャパンにしろ,不正にかかわることは,従業員にとって,とてもつらいことであり,なんとかできることがないかと思いますが,できることには限界がありそうです。公益通報者保護法はできることの一つでしょうが,この法律は労働者保護という点では不十分だと感じています。
 いずれにせよ,儲かるためには何をしてもよいという価値観をもっている法人が社会に存在していることは,社会にとって非常に危険なことなのであり,そういう法人は存続を許してはいけないのだと思います。それがたとえ大企業であっても,また短期的には失業を生むことがあっても,私たちは社会において共生するに値する法人であるかどうかを,これから見極めていきたいと思います。

2023年7月26日 (水)

NHKワールドJAPAN登場

  昨年末のNHK「視点・論点」以来のテレビ出演ですが,今回はちょっと変わった形です(英語での吹き替えが,かぶさっている出演)。NHKワールドJAPANから,取材の依頼があり,オンラインでの参加でした。テーマは,そごう・西武の労働組合のストライキに関連して,日本ではどうしてストライキが減ってきたのか,今回はなぜ労働組合はストライキをしようとしているのか,ということでした。取材では,いつものように少し脱線して,今後の日本の労働組合運動の展望のようなことも少し話しました。もっと短いかと思っていたので,予想よりはよく使われていました。取材の依頼も対応も非常に丁寧で好感をもてました。キャスターの福島優子さんの誠実なキャラクターからくるのでしょうね。
 インタビューでは,英語,日本語どちらでもよいということでしたが,もちろん日本語を選択しました。時間に余裕があって多少の準備ができれば,せっかくの機会なので,英語でもということも考えたかもしれませんが,なにせ月曜夕方に来た急な依頼でしたので,無理でした。
 実際に取材を受けたのは,火曜の15時半でしたので,その時点ではスト権の確立がされているかどうかわからない状況でしたが,たぶん確立されるであろうという想定での話となりました。英語できちんと訳されているか精査していませんが,関心のある方は,ぜひご覧になってください。Dissatisfied department store workers may spur labor revival (私は,3分くらい経過したところで登場します)。

2023年7月25日 (火)

学校法人宮崎学園事件

 先日の神戸労働法研究会のもう一つの事件は,学校法人宮崎学園事件の判例報告でした。地裁と高裁で判断が分かれたもので,最近増えているように思える大学関係の事件です。多くの私立大学は,少子化の影響などで厳しい状況に置かれているようです。この事件も同様で,大学経営の厳しさが判決文で示されています。
 原告Xは,Y法人の宮崎国際大学の国際教養学部で比較文化学部の講師として採用され,教授にまで昇進しています。Xの契約は,当初から2年の有期労働契約で,それを8回締結し,60歳到達後は,1年契約となり,在任期間は合計で20年でした。Y法人側は,2015年の給与基準の改定(本件改定)により,60歳を超えた教員の年俸を2割削減することとし,Xにもこの基準が適用されて年俸が約728万円から約582万円に引き下げられました。高年齢者の賃金引下げ,有期労働契約の更新に伴う賃金引下げ,それに就業規則の不利益変更といった要素が交錯して理論的にも興味深い事件でした(ただし,本件では,就業規則の不利益変更だけが主たる争点となりました)。
 第1審の宮崎地裁判決は,次のように述べていました。
「本件給与基準は,本件大学の有期雇用者を対象とするものであるところ,Xの年俸の減額は本件改定により直接生じたものではなく,あくまで,従前の有期雇用契約の期間満了に伴い,Y法人との間で従前よりも年俸が減額された本件雇用契約を新たに締結したことによるものであるから,就業規則の変更によって,直接,Xの雇用契約の内容であるXの雇用条件を不利益に変更した場合ではなく,形式的には,労働契約法9条及び10条が直接適用される事案ではないと考えられる。」としたうえで,「Xの本件雇用契約や以後の契約更新における有期雇用契約は,雇用期間の継続性という点においては,実質的には無期雇用契約に近い性質のものといえる」とし,「本件雇用契約における年俸の減額は本件改定の実施を受けてなされたものであるから,実質的には,本件改定によりXの年俸が減額されたとみることができる」ので,「本件改定の有効性は,労働契約法10条の趣旨や考慮要素等に照らして判断すべきである」としました。そして,「Y法人の財政状況等に照らして,本件大学の有期雇用教職員の人件費を削減する必要性は高かったといえるところ,60歳を超えた教員に一律に従前の年俸の80%を支給するという本件改定は,従前の本件給与基準の内容等にも照らせば,労働者に大きな不利益を与えるものとはいえず,その内容も相当性を有するもので,労働組合等との相応の交渉も行われているから,労働契約法10条の趣旨等に照らして,本件改定は合理的なものであるといえる。」として,Xの請求を棄却しました。そこで,Xは控訴したのですが,福岡高裁宮崎支部2021128日判決は,1審の判断を覆して,Xの逆転勝訴となりました。
 「平成21年給与基準により,『契約期間開始日に60歳を超える教員の年俸は昇給しない』と定められた後,本件改定が行われるまでの6年間にわたり,60歳を超える教員の年俸は据え置かれる状態が続いており……,現に,この間,60歳を超える教員の年俸が減額された例は存在しないから,Xにおいても,60歳を超えた後の自己の年俸について,昇給はないものの,従前のままであり,減額されることはないと期待したことには合理性が認められる。そうすると,本件改定は,60歳を超える教員が支払を受け得る年俸を減額するものであって,実質的には就業規則の不利益変更に当たると認めるのが相当であり,労働契約法10条にいう合理的なものといえる場合に限り,Xに対して効力を有すると解するのが相当である。」として,実質的に就業規則の不利益変更にあたるとして,労契法10条の合理性判断をするとしました。そのうえで,「本件大学の有期雇用教職員の人件費を削減する必要性は相当高かったと認めることができる」ものの,本件改定による不利益は大きく,「本件改定は,長期間にわたり,国際教養学部での勤務を続けてきた教員に対してのみ一挙に大幅な年俸の減額を行うものであって,無期雇用教職員に対する……人件費抑制策が各年齢,各職階の教職員の人件費を抑制するものであるのに比べて,国際教養学部内の教員間に不均衡を生じさせる結果となっている。これに加えて,……60歳に達した後,本件改定前に再雇用契約を締結した教員はその後の1年単位の雇用契約更新の際にも本件改定内容は適用されず,退職時まで年俸は据え置かれているために,教員が60歳に達する時期のわずかな違いにより,年俸額に大きな差異を生じる結果となっており,60歳を超える教員の間においても不均衡を生じさせる結果となっている」など内容が相当なものではなく,労働組合(本件組合)との交渉は2回しか行っておらず,「本件改定の必要性の程度,労働者の受ける不利益の程度及び本件改定内容の相当性を踏まえると,本件組合が提示した年俸の5%を減額するとの提案が検討に値しないものであるということはできないから,この提案を軸にして,さらに本件組合と交渉を行う余地はあったと認められるし,20%の減額を前提とするにしても,減額に伴う不利益緩和のための経過措置や代償措置について提案するなどして,さらに協議を続けることは可能であったとも考えられるから,Y法人が本件組合との交渉による利益調整を十分に行ったとまで認めることはできない」として,結論として合理性を否定しました。
 「人事労働法」の立場からは,納得同意を得るための誠実説明が不十分であった事案ということになるでしょうか。本件では,変更の高度の必要性は認められているので,Xへの変更就業規則の適用の仕方に問題があったということでしょう。理論的には,変更就業規則には合理性はあるが,個人への適用のところで問題がある事案ということだとすると,こういう相対的無効説的なアプローチが可能かという,まだ未解明の論点も関係しています。私の段階的正当性論からは,集団的労働条件(就業規則)としての正当性とは別に,労働契約への編入段階での正当性が必要で,後者の正当性を欠けば就業規則は労働契約の内容とならず,結果として相対的無効説的な結論となるのですが,これまでの判例のこのあたりの立場はよくわかりません。
 いずれにせよ実務的には,一般に裁判所は,私のいう労働契約への編入段階を重視して,個人にとっての不利益や説明手続の相当性(労働組合の組合員であれば,組合との交渉内容も含む)をみるのではないかと思われ,経営者は,就業規則法理が集合的・画一的処理をするための労働条件の形成・変更手段であると決めつけて,個人への対応をおろそかにすると裁判では勝ちにくくなると思います。
 とはいえ,本件では,大学経営の難しさを感じさせられることも事実です。高裁では,無期雇用教員への対応との比較から相当性がないということも言われていますが,これはややY法人に厳しい指摘でしょう。労働組合への対応がもう少し丁寧にされていて,少しでも経過措置を設けていたら,結論は,違っていたかもしれません。大学経営者は,参考にすべき裁判例でしょう。
 そのほかにも,研究会では,本件は就業規則の不利益変更の問題として扱ってよかったのか(少なくとも,形式的な適用条文は労契法7条で,従来の更新の経緯は7条の合理性の判断で考慮するほうがよかったのではないか),本件は60歳以降であることを理由とする有期雇用教員の一種の「年齢差別」ではないかといった意見も出されました。また,雇用が不安定な有期労働契約を継続してきた実態をみると,これが結果として実質無期として就業規則の不利益変更の問題になるとしても,雇用保障がある通常の無期雇用教員の就業規則の変更の合理性よりも,合理性を厳しく判断してよいというような見方もありそうです(不安定雇用の代償としての一種の有期プレミアムを認める見解ともいえましょうか)。

 

 

2023年7月24日 (月)

外国人労働問題

 先日の神戸労働法研究会では,外国人労働者についての文献研究を報告してもらいました。外国人労働については,つい先日も授業で扱ったばかりだったので,興味をもって勉強させてもらいました。外国人労働は,労働法学の立場から研究するのは,かなり難しいテーマであり,あまり取り組んでいる研究者もいないようです。最近では,精力的に研究成果を発表されている早川智津子さんの独壇場でしょう。
 外国人労働(者)の問題については,私はかなり質の異なるテーマが混在していて,それぞれ分けて議論する必要があると思っています。第1は,国内の労働市場への影響に関するもので,外国人労働者の受入を制限するか,とくに単純労働者は受け入れないとするのか,ということです。従来の政府の立場は単純労働受入れ制限論ですが,特定技能制度の創設やその2号の大幅な規制緩和で,政府の立場は大きく変わったようにみえます。労働市場テストの問題なども,この論点と関係します。当面は,建設業の2024年問題(時間外労働の規制猶予の終了)などもあり,人手不足の深刻化が予想されるなか,外国人労働の活用圧力は高まるでしょう。
 第2は,建前と本音のずれに関するものです。実際には単純労働者は技能実習制度を利用して日本に入り込んでいるわけです。技能実習制度の問題は,2017年施行の外国人技能実習法の制定後もなお解決されていないようです。利用する日本企業の問題だけでなく,本国の悪質なブローカー,日本側の監理団体の不十分さなどもあいまって,外国人労働者の人権問題というのは,国際的にも日本の恥部として知られており,早急な是正が必要です。
 第3は,技能実習制度の本来の目的である,途上国への技術支援というのは,そのニーズがあるかぎりは,きちんとやるべきだということです。日本に憧れて学ぼうという気持ちで来てくれる外国人の期待に応えることは,日本の将来にとっても重要なことです。情けは人の為ならずです。
 第4は,高度外国人材と呼ばれるような優秀なハイスキルの人材にいかにして日本に来てもらうかです。受け入れるかどうかという「上から目線」の立場はここではあてはまらず,いかにして来ていただけるかという問題です。ジャパン・パッシングは,すでに起きているのであり,これは日本型雇用システムの問題ともいえます。閉鎖的な企業文化は,優秀な外国人には嫌われるでしょう。雇用流動化政策やジョブ型は,高度外国人材を広く受け入れるための最低限の条件にすぎません。
 ここまでは普通に考えればすぐに出てくることです(これ以外に,第1の論点と付随して,定着型外国人への対応という点で移民政策問題というものがあります)が,しかしDX時代には,外国人労働という問題設定のあり方自体が大きく変わってくるかもしれません。外国人労働問題は,入管政策と関連して,外国人が日本に来て働くということが前提でしたが,外国人は外国にいたまま,日本の企業で働く例が今後はどんどん増えていくでしょう。それは要するに現地法人で現地の人を雇っているのと同じではないかとも言えそうですが,オンラインであったり,将来的にはメタバースの活用など,国境という概念が意味をもたなくなっていく点に違いがあります。人が移動して入国したり在留したりするということと,労働することが切り離されていくことになるのです。日本人が外国企業で働く場合も同じようなことがあてはまります。そうなると,重要なのは,どこの国の法律が適用されるかであり,国際私法的な問題だけでなく,納税,社会保障などの問題も出てくるでしょう。現行法でも対応できるでしょうが,人々が移動せずに,サイバー空間を利用しながら自由に世界中で働くようになったとき,従来の法制度には限界がみえてくるかもしれません。
 一方で,外国人労働者の人権問題は,外国人が国内に来なくてもなくなるわけではありません。たとえばAmazon Mechanical Turk(AMT)のようにグローバルなアウトソーシングをするサービスがあります。このようなサービスを利用すると,途上国の労働力を活用して,AIの学習データの作成という超単純労働の仕事を低コストで発注することもできます。ICTの発達は,ハイスキルの人材の頭脳労働の活用だけでなく,ロースキルの労働力でさえもリモートで活用できるのです。前に紹介した『ゴースト・ワーク』では,インドでのAMTの実態が紹介されていました。もちろん低報酬で働かせた成果をつかって,アメリカのIT企業が大儲けしているというのは,イヤな話なのですが,こういう形での外国人労働の活用もあるのです。これが必ずしも悪と決めつけられないのは,この種の単純労働であっても,途上国の人に収入を得る方法を与えて,その限りでは国際貢献になっている面があるのです(一方で,国内のロースキルの人の仕事がオフショアリングしている面もあります)。問題は複雑です。
 いずれにせよ,デジタル社会は,真にグローバルであり,現実社会の人種や国籍の対立がなくなる社会といえます。そういうなかで外国人労働問題というものを,どう定義し,何が解決すべき課題であり,それについてどのような方法で解決すべきなのかは,新たな視点で取り組む必要があるのかもしれません。規制手法の点では,外国の取引先企業の人権にまで配慮を広げる「ビジネスと人権」をめぐる議論やそこでの人権Due Diligenceの議論なども参考になります(拙稿「キーワードからみた労働法 第182回 企業の社会的責任」ビジネスガイド20229月号も参照)。これも広義の外国人労働問題と言えなくもないのです。

2023年7月23日 (日)

大相撲

 今場所(七月場所)は,かなり熱心に大相撲のテレビ観戦をしました。主として,NHKプラスで夜に観ているので,結果がわかっている取組も多かったのですが,純粋に相撲の内容が面白かったのです。敢闘賞が6人も出たのも,そのためでしょう(ただ6人は多すぎませんかね)。
 横綱は早々に休場し,大関も二人とも休場でしたが,今場所は最初から主役は大関取りがかかる3関脇で,優勝した豊昇龍だけでなく,大栄翔も若元春も途中まではそこそこ頑張って,盛り上げてくれました。ただ前半は,新大関の霧島の突然の休場(4日目から再出場しました)で,初日から不戦勝というラッキーな白星で始まった錦木が快進撃して主役となりました。錦木はこんなに強かったっけという感じですが,最後のほうは,いつもの錦木に戻っていました。でも10勝して殊勲賞をとりました(優勝した豊昇龍に勝っていたからでしょう。琴ノ若も勝っていましたが,敢闘賞に回っています)。中盤以降の主役になったのが北勝富士です。優勝決定戦まで行きましたが,これまであまりスポットライトがあたることのなかった彼が,一花咲かせてくれるかもという期待をこめて,彼を応援した人も多かったことでしょう。しかし,それ以上に注目が集まったのが,なんといっても,落合改め伯桜鵬でしょう。新入幕であわや優勝かというところまでいきました。11勝という数字もすごいですが,その存在感はすでに横綱・大関クラスでした。まだ髷が結えない4場所目の力士で,礼儀正しい態度は好感度抜群です。伯桜鵬という名前は,最初は覚えられませんでしたが,そのうちに馴染んでいきました。同じ新入幕の豪ノ山,湘南乃海も二桁勝ちました。ベテランの遠藤も10勝しました。若手の北青鵬は,スケールの大きな相撲で注目されていましたが,今場所はもろさをみせて5勝にとどまりました。しかし,同じ部屋の伯桜鵬の活躍に刺激を受けたことでしょう。それとやっぱり朝乃山です。豊昇龍になげとばされて,ケガをしましたが,再出場して見事に勝ち越しました。もう番付を落としたくないという執念でしょう。
 豊昇龍が大関に昇進するものの,2大関はカド番であり,来場所はどちらか一人は陥落しそうです。次の大関候補は,今場所9勝にとどまった大栄翔や若元春ではなく,途中から積極相撲になり変身して11番勝った小結琴ノ若,そして朝乃山ではないでしょうか。

2023年7月22日 (土)

棋聖戦終わる

 藤井聡太棋聖(竜王・名人,七冠)は,棋聖戦第4局で佐々木大地七段をくだして防衛しました。4連覇です。ベトナムで始まった棋聖戦でしたが,藤井棋聖は強かったです。第4局は,途中まで互角で,佐々木七段も追い込んで詰めろをかけましたが,藤井棋聖は9五角という王手をしながら,自玉の詰めろを逃れる名手を放ち,佐々木七段はそれをみて投了となりました。この局も藤井七冠は強かったです。王位戦でも,藤井王位は連勝していますが,佐々木七段もこのままずるずると負け続けるわけにはいかないでしょう。王位戦第3局は,ゆっくり休む間もなく2526日にあります。
 竜王戦は,永瀬拓矢王座が羽生善治九段をくだして,竜王戦挑戦者決定戦3番勝負に進出を決めました。羽生九段は最近は良いところまで行きますが,なかなか挑戦に手が届きませんね。稲葉陽八段と伊藤匠七段の勝者と,藤井竜王への挑戦をかけて戦います。
 順位戦も始まりました。A級では,昇級組の佐々木勇気八段は,前名人の渡辺明九段に勝ちましたが,もう一人の昇級組の中村太地八段は,すでに2連敗で明暗が別れています。今期のA級は,2連勝の菅井竜也八段が挑戦権をつかむのではないかと予想し,期待しています。降級候補は,佐藤天彦九段と中村八段でしょう。B1組は,降級組の糸谷哲郎八段が2連勝で,1期でのA級復帰をめざします。前期惜しくも昇級を逃した澤田真吾七段も,羽生九段をくだして2連勝で良い出だしとなりました。山崎隆之八段は2連敗のスタートで,また先日のNHK杯でも,ちょっとやらかした感じで初戦敗退してしまい,心配です。B2組は,降級組の久保利明九段が2連勝で1期での復帰を目指します。谷川浩司17世名人も2連勝で良い出だしです。対戦相手からみると,今期はかなり期待できそうな気もします。いずれにせよ順位戦は始まったばかりで,来年2~3月までの長丁場です。

2023年7月21日 (金)

新作

 公明新聞2023717日号の5面で,メアリー・L・グレイ,シッダールタ・スリ著『ゴースト・ワーク』(晶文社)の書評が掲載されました。公明新聞は,2014年に,朝日新聞経済部『限界にっぽんー悲鳴をあげる雇用と経済』(岩波書店),2015年に,中沢彰吾『中高年ブラック派遣』(講談社現代新書)の書評を書いており,今回は8年ぶりで3度目です。また20184月には「フリーランスという働き方」で登場しています。同紙での書評については,割りと似た感じの本の依頼が来ているような気がします。昨日の日本経済新聞の経済教室で,カール・フレイ氏(オックスフォード大学准教授)は,生成AIは低スキルの労働者に恩恵があると書いていますが,これはまさに「ゴースト・ワーク」(AIを支えながら,闇に埋もれてしまっている人間の労働)なので,その是非の評価は難しいでしょう。
  まったく偶然なのですが,同じ公明党関係の,月刊誌の「公明」からも依頼があって,「チャットGPT時代のリスキリング再考―将来の技術革新に備え,変化に適合できる基礎的なスキルこそ必要」を執筆しました(20238月号)。同誌には,2018年に「人生100年時代の働き方,これからのキャリア」というものを書いたことがあり,5年ぶりです。私は公明党や創価学会とは,なんの関係もありませんが,私の関心のあるテーマで依頼をしてくれるので,ありがたいと思っています。
 もう1本,ビジネス法務(中央経済社)20239月号(Vol.23 No.9)の「Lawの論点」に「DX時代における雇用政策はどうあるべきか―Googleの人員整理が問いかけるもの」を執筆しました。同誌には,2012年に巻頭言として「「入口」と「出口」-狭まりつつある採用の自由-」(ビジネス法務Vo1.12 No.11),2013年には「ビジネスの論理を踏まえた労働法制の再構築を」を執筆しており(ビジネス法務Vo1.13 No.4),こちらは10年ぶりの登場です。調べるまでは,どこかで聞いたことがある雑誌だなという程度で,前に書いていたことを忘れていました。
 懐かしいところから,再び執筆の機会をいただき感謝しています。今回はどれもAIが関係しており,この何年かで,依頼されるテーマの内容もずいぶんと変わりました。今後も,生成AI関係のテーマでの執筆が増えていきそうです。

2023年7月20日 (木)

名古屋自動車学校事件(速報)

  今日は朝から,名古屋自動車学校事件の最高裁判決について,いろいろメールでのやりとりをすることがありました。注目の高い事件であり,判決内容はほぼ予想どおりではありましたが,重要な最高裁判決だと思います。定年後再雇用の嘱託職員(教習指導員)の基本給や賞与が定年前の正社員時代と比べて大きく下がったことについて,労働契約法20条(現在では,短時間有期雇用法8条)が禁じる正社員の労働条件との不合理な相違にあたるかが問題となりました。名古屋地裁も名古屋高裁も,6割を下回る部分は不合理な格差となるとしていましたが,最高裁は,この判決を破棄して,差し戻しました。きちんとした分析はまた後日行いますが,とりあえず速報的に紹介しておきます。
 原判決は,最高裁がまとめたものによると,次のようになります(被上告人は労働者,上告人は会社です)。
 「被上告人らについては,定年退職の前後を通じて,主任の役職を退任したことを除き,業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず,嘱託職員である被上告人らの基本給及び嘱託職員一時金の額は,定年退職時の正職員としての基本給及び賞与の額を大きく下回り,正職員の基本給に勤続年数に応じて増加する年功的性格があることから金額が抑制される傾向にある勤続短期正職員の基本給及び賞与の額をも下回っている。このような帰結は,労使自治が反映された結果でなく,労働者の生活保障の観点からも看過し難いことなどに鑑みると,正職員と嘱託職員である被上告人らとの間における労働条件の相違のうち,被上告人らの基本給が被上告人らの定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分,及び被上告人らの嘱託職員一時金が被上告人らの定年退職時の基本給の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る部分は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる」。
 一方,最高裁判決(以下,本判決)は,「当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより,当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」として,メトロコマース事件・最高裁判決を参照した一般論を示しました。この判断は,短時間有期雇用法8条が,「事業主は,その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給,賞与その他の待遇のそれぞれについて」,職務の内容,変更の範囲,その他の事情のうち,「当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して,不合理と認められる相違を設けてはならない」と定めていることをふまえたものなのでしょう。
 本判決は,そのうえで,「正職員の基本給は,勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず,職務の内容に応じて額が定められる職務給としての性質をも有するものとみる余地がある」が,他方で,「その基本給は,職務遂行能力に応じて額が定められる職能給としての性質を有するものとみる余地もある」とし,「前記事実関係からは,正職員に対して,上記のように様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない」と述べて,本件での正職員の基本給の性質は多様で,目的はわからないとするのです。一方で,「嘱託職員の基本給は,正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有する」とします。このほか,会社は,労働組合との間で,嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っているが,原判決は,その具体的な経緯を勘案していないとし,「以上によれば,正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について,各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく,また,労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま,その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には,同条の解釈適用を誤った違法がある」としました(賞与についても類似の判断をしています)。
 原判決は,嘱託職員の基本給や賞与の低さから,「労働者の生活保障の観点からも看過し難い」という点が結論に大きな影響を及ぼしていましたが,最高裁はこの点にはまったく触れておらず,そこには労働者の生活保障は労働契約法旧20条とは関係のない事情であるという暗黙のメッセージがあるように思います。つまり地裁も高裁もみるべきところをみておらず,関係のない事情を考慮して結論を導き出しているという指摘でしょう。
 しかし,基本給の性質や目的は,そもそも特定は困難なのであり,それを特定しろというのは無理難題を押し付けられたという面もあります。このことは,基本給について,不合理な格差を問題とすること自体に無理があることを示しているのです。正社員も非正社員も職務給であったり,あるいは正社員の基本給がきわめて明確な基準で定められていて性質も目的もクリアで,非正社員にもそれをあてはめることができるというような日本では例外的な状況がないかぎり無理だと思います。
 加えて,これまでの最高裁判決が,「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」にまったく言及していないところも注目されます。指針は労働契約法旧20条の指針ではないのですが,実質的に同条を吸収した短時間有期雇用法8条の指針である以上,20条の事件でも何らかの言及があってよいように思いますが,最高裁はどうも一顧だにしていないようです。指針は,短時間有期雇用法8条の解釈指針としては無理があるとみているのかもしれません。
 最高裁の短時間有期雇用法8条の解釈のスタンスは,少しずつ固まってきた感じもします。そうだとすると,法文もそれに沿うように改めたほうがよいのでしょうね。普通は,司法の法解釈は法文を前提としたものでなければならないのですが,同条は労働契約法旧20条の時代から法文がひどいので,最高裁により「是正」された解釈で,法文を再構築することが望ましいでしょう(ただ,私個人の立場は,こういう規定はそもそも訓示規定であるべきとするものです)。いずれにせよ,詳細な分析は,また後日に。

2023年7月19日 (水)

小嶌典明『労使関係法の理論と実務』

 かなり前のことになりましたが,小嶌典明先生から,『労使関係法の理論と実務』(ジアース教育出版社)をお送りいただきました。いつも,どうもありがとうございます。この本は,小嶌先生の団体法の分野で書かれた論文をまとめたものです。1冊にまとめられたので,とても助かります。しかも,この本はたんに過去の論文を収録しただけでなく,それぞれに「Summary & Supplement」がつけられていて,その後の情報の補充などがされていて,勉強になります。ここでは個々の章の内容について検討することはできませんが,労働組合,従業員代表制,団体交渉,労働協約,争議行為(とくに怠業論)などについての重要な論点を,独自の視点から検討し,通説とはまったく異なる結論を提起されたりしています。
 いきなり冒頭に,労働法学に衝撃を与えた「労働組合法を越えて」が収められています。同論文は,今日,個人事業者の団体交渉という問題が出てくるなかで,まさに立ち返らなければならない論点を扱っていたのです。「団体交渉は,労働組合の専売特許ではない」(20頁)という小嶌先生の主張は,労働法学ではほとんど相手にされてきませんでしたが,いまのとなれば,その先見性は驚くべきものです。
 一方で,小嶌先生は,ある意味では徹底したリアリストの観点から,現場における常識的な感覚(たとえば,使用者が,複数の労働組合と団体交渉に応じなければならないとするのはおかしいのではないか)が,アカデミックな議論では通用しておらず,非常識なことがまかりとおっているということを随所で指摘されています。その指摘のすべてに賛成するわけではありませんが,考えさせられる部分も多いです。
 本書の最後には,小嶌先生は,自分のことを「プロキャピタル」と呼ばれることに反論しています。むしろご自身は「プロユニオン」だと言われるのです。私は,小嶌先生は「プロキャピタル」なのではなく,あるべき労働法を追求し,だからこそ,「ユニオン」に対して厳しい(愛ある)意見を述べたりしてきたのだと思っています。
 10年以上前に,小嶌先生の著書『労働市場改革のミッション』の書評を書かせてもらったことがあり(日本労働研究雑誌617号),僭越ながら,次のようなことを書いていました。
 「本書全体を通して伝わってくるのは,著者のもつ,堅い信念に満ちた改革への情熱である。「自由と競争」を重視するというと,経済学者の主張のよ うにも思えそうだが,著者の基本にあるのはあくまで労働者の保護であり,まさに労働法学者のスタンスなのである。労働者を保護するための方法をどうするかという点で,通常の労働法学者と手法が違うだけである。ただ,その手法の違いは,著者と他の労働法学者との溝を深いものとしている。著者はそれで良いと思っているかもしれないが……。」
 最近は,規制・制度改革学会の雇用分科会で議論させてもらう機会があります。また,いろいろ教わることができればと思っています。

 

2023年7月18日 (火)

阪神タイガース前半総括

 オールスターまで,なんとか首位をキープした阪神タイガースですが,気がつけばライバルと思っていたDeNAではなく,広島が1ゲーム差で迫ってきていました。交流戦の後半から調子を落とし,なかなか勝てなくなりました。おまけに阪神で最も重要な選手であった近本選手が死球で長期離脱となり,これで得点力は大きく低下してしまいました。外国人のNeuse(ノイジー)も調子が上がらず,外野がなかなか固まらないなか,新人の森下を含め,前川,小野寺というニューフェース,これに昨年まずまず活躍した島田を加えて,これで何とか乗り切れるかがポイントになってきました。できれば外野は森下,前川,小野寺で競争してもらい,近本が戻ってきたときに,一人は控えに回るというような形になればと思います。真面目な外国人だけれど,性格は正反対で,それで成績はどちらもぱっとしないNeuseとMieses(ミエセス)は代打要員でよいでしょう。
 最大の問題は,サトテルです。多くの人が議論していますが,私もサトテルは使うべきではないと思っています。ホームランが大山と並んでチーム1とか,打点も多いとか言いますが,前川もずっと使っていたら,これくらいの成績を上げている可能性があります。サトテルでなければダメということではないでしょう。守備も粗いです。捕手の梅野も含め,これだけ打てない選手がレギュラーに2人もいたら,投手もたまったものではないでしょう。そのほかにも,右の代打である原口,渡辺諒も期待できません。先発で小野寺を出さないなら,代打は小野寺から行くべきでしょう。
 岡田監督は勝負は後半とみているのであり,8月終わりからのラストスパートのときに誰を使うか,いまはそこを見極める段階なのかもしれません。近本が戻ってくれば,近本,中野,大山は不動のレギュラーでしょうが,あとは誰が先発で残れるか,オールスター後にほんとうの競争が始まります。
 投手は,前半は大竹,村上が大車輪の活躍,伊藤も途中から頑張っていて,西純也が復活し,才木も期待できるなか,青柳が戻ってきて,先発陣は充実しています。西勇輝は試合を簡単にぶち壊すので使いにくいですが,大竹や村上が疲れてきたときの補充用には期待できるかもしれません。リリーフ陣は,岩崎,岩貞,湯浅で行くしかありません。Keller(ケラー)も,点差があれば使えるでしょう。中継ぎについては,石井,島本,及川,加治屋は前半の活躍ができるか,浜地は昨年の活躍ができるかが鍵です。いずれにせよ,夏はどうしても投手陣がへばってくるので,やはり打線に期待したいです。これだけ打てなくても,まだ首位を走れているのは驚きです。今度は打線の奮起に期待したいです。

2023年7月17日 (月)

生成AI時代の就活

 梅雨は明けたのでしょうかね。うなるような猛暑。当初は暑さに身体がなじまず調子が良くなかったですが,だんだんなじんできました。それでも,できるだけ涼しい屋内にいるようにはしています。屋外では,見るからに暑そうな格好をしているサラリーマンがいますが,気の毒です。服装はもっと自由にさせてあげたらよいのですが。就活ルックも変わるべきでしょう。個性のない服装は,これまでは,そちらの組織に染まりますという従順さのアピールで,就活生にとってマストであったと思いますが,いまや本人の平凡さを示すもので,伝統的な大企業を除くと,マイナスポイントとなりかねません。生成AIの時代,「あなたはAIを使って何ができますか」と尋ねられたときに,AIだけでできてしまえるような平凡な答えしか出せないようだと,成長性のある企業には,採用されないでしょう。いわゆる就活スーツを着ているような人は,第一印象として,平凡な人であるという印象を与えかねません。
 もちろん就活ルックは,就職活動期において,服装に悩まなくてもよいという点で効率的です。服装で競い合わないという学生間の「談合」が暗黙のうちにできあがって慣行化したという面もあるかもしれません。
 ただ,オンライン面接をしないような企業には将来性がないともいえます(オンラインでは服装もある程度自由になるでしょう)。最後の1回くらいは対面をするとしても,オンラインをできるだけ活用している企業を学生も選択したほうがよいでしょう。従業員に余計な苦労をさせるような企業は避けるべきです。
 ところで, ビジネスガイドの最新号では,「生成AIと人事労務」という特集のなかで,「キーワードからみた労働法」でも「生成AI」をとりあげてほしいというリクエストを受けました。私にとって「生成AI」関連で執筆した最初のまとまったものです。今日,労働問題において,生成AI抜きで語ることは不可能となってきています。AI時代の到来は,すでに言われていたことですが,生成AIの登場により,その発展のスピードが格段に高まりました。生成AIの登場で,人がモノを考えなくなることを懸念する声がありますが,ほんとうはその逆でしょう。社会が大きく変わるなか,これまで常識的と考えて思考停止していたことについて,一つひとつ考え直していくことが求められる時代ともいえます。社会貢献のあり方から,働き方まで,いろんなことについてAIを上手くつかいながら自分で考えていける人材が求められます。たかだ服装ですが,そこにはいろいろなものが詰まっているといえるかもしれません(もちろん,あえて黒一色にするという個性もありえます)。

2023年7月16日 (日)

セブンと労働問題

 私たちの生活において,コンビニエンスストアは必要不可欠のものです。とくにプリンターをもたない私は,いまでも時々ある紙の文書提出の強要の際は,デジタル文書をプリントアウトするために,家の近所にあるセブン-イレブンを活用しています。
 セブン-イレブン・ジャパンの親会社のセブン&アイ・ホールディングス(セブン)は,先日も株主総会で井阪社長がかろうじて取締役に再任されましたが,アクティビストから,同社の祖業であるが赤字を出し続けているイトーヨーカ堂のスピンアウトを求められるなど,経営の根幹が揺さぶられつつあります。創業者の伊藤雅俊氏が3月に亡くなり,遠慮がいらなくなったように思いますが,前にも書いたように,井阪社長にどこまでのことができるでしょうか。
 実はセブン&アイ・ホールディングスは二つの労働問題を抱えています。一つが,完全子会社のそごう・西武の売却問題に関するものです。売却先はアメリカの投資ファンドとヨドバシホールディングスの連合とされていますが,関係者の間では,この売却により西武池袋にヨドバシカメラが入ってくることへの抵抗が強いと言われています。私も学生時代に東池袋に住んでいたことがあり,池袋地域における西武池袋の存在感は知っているつもりですが,どうしても維持しなければならないほどの西武文化があるのかよくわかりません(日本経済新聞の電子版で鈴木哲也氏が「NIKKEI The STYLE 文化時評 そごう・西武の売却騒動が照らす「池袋とセゾン文化」」で冷静に議論をまとめているので参照してください)。従業員のほうも,雇用面の不安をもち,ストライキが実施される可能性があるということが報道されていました。斜陽の百貨店業界において,多くの雇用を維持することは困難と考えられます(こうした企業組織再編は今後至るところで起きていくでしょう)。労働法的には,親会社の使用者性,株式売却などをめぐる問題についての義務的団交事項該当性やそれに抗議するストライキの正当性,整理解雇の有効性といった問題となりますが,中期的にみると,労働者にとっては,斜陽産業からの脱出をいかにして行うかが大切で,政府は個人の労働移動をどうサポートし,同時に移動過程でのセーフティネットをどうするかが政策的に重要となります。特定の企業での雇用維持は,今後は難しくなるという認識は,政策の大前提となります。
 セブンのかかえるもう一つの労働問題は,加盟店の店長らで結成されたユニオンがセブンーイレブン・ジャパンに申し入れた団体交渉の拒否が不当労働行為となるかという労使紛争です。主たる争点は,店長の労働組合法上の労働者性であり,最高裁判所は712日に,労働者性を否定した高裁判決(中央労働委員会,地裁判決も結論は同じ)に対する上告を不受理にしたようです(日本経済新聞の713日の電子版「コンビニ店主側の敗訴確定 最高裁「労働者と認めず」」)。ファミリーマートでも同様の紛争があり,それはまだ継続していますが,おそらく同じ結論になるでしょう。
 労働法上の労働者性は,労働組合法上のものと労働基準法(および労働契約法)上のものとがあり,前者のほうが広いとするのが通説の立場ですので,フランチャイジーの労働組合法上の労働者性が肯定されても,労働基準法上の労働者が肯定されたことにはなりませんが,今回のように労働組合法上の労働者性が否定されると,労働基準法上の労働者性も否定されることになり,セブンとしては一安心といえるでしょう。もし労働組合法上の労働者性であっても,それが肯定されると,おそらくコンビニおけるフランチャイズ型のビジネスモデルの大きな見直しが必要となり,このモデルの維持が難しくなるかもしれなかったからです。一市民としては,コンビニがなくなれば困るのですが,労働法の研究者の立場からは,労働組合法上の使用者か,労働者かということに関係なく,社会的責任として,加盟店の店長(やそのユニオン)に対する適切な対応は必要ということになります。
 そごう・西武の従業員のほうは,やや問題が違って,労働者ではありますが,親会社であるセブンが団体交渉義務に応じなければならないかは明確ではありません(親会社が子会社の従業員の結成した労働組合との関係で使用者性があるかは,労働法上の最も重要な論点の一つです)。ただ,そうした法的な問題とは関係なく,ここでもやはり親会社は,そもそも自分たちのグループ会社で働いて貢献してくれる人たちには誠実に向き合う社会的責任があるといえるでしょう。
 フランチャイズの話に戻すと,経営者が,このビジネスモデルについて,雇用責任をかいくぐる「うまい」やり方であるという認識でとどまっていると,いつかはフランチャイジーのなり手がいなくなって,立ちゆかなくなるでしょう。むしろセブン側は,今後,労働法上の責任を負うという明確な指針がないなかで,いかにして店長らによく働いてもらうかを考えることこそ,経営者の腕の見せ所なのです。消費者としての立場からも,現時点ではなくなれば困るコンビニなので(将来的には違うビジネスモデルが出てくる可能性はありますが),労働問題に適切に対処できる賢慮をもった人に経営をしてもらえればと思います。それがひいては株主の利益につながり,アクティビストにも堂々と対抗するための礎になると思います。セブン-イレブンの基礎を作り,コンビニの父と言われてきた鈴木敏文氏(2016年に井阪氏と争い,経営の一線から退いています)が,いまこの問題をどう考えているか,意見を聞いてみたいですね。

2023年7月15日 (土)

王位戦第2局

 藤井聡太王位(竜王・名人,七冠)に佐々木大地七段が挑戦している王位戦の第2局は,藤井王位が勝って2連勝となりました。最後は,角を大胆に切り飛ばして,持ち駒もあまりなく大丈夫かなというのが素人感覚ですが,評価値ではしっかり藤井有利となっていて,結局,圧勝したということでしょう。あの好調であった佐々木七段も,歯が立たない感じでした。同じ対局者どうしの棋聖戦も,あと1勝で藤井聡太棋聖が防衛のところまで来ていて,次の対局は18日です。
 竜王戦(第36期)の決勝トーナメントも進行中で,いよいよ挑戦者決定3番勝負が近づいてきました。昨日は,快進撃を続ける伊藤匠六段が丸山忠久九段に勝ち,次は1組優勝の稲葉陽八段と挑戦者決定戦への進出をかけて戦います。他方の山では,豊島将之九段との激戦を制した永瀬拓矢王座が,羽生善治九段と三浦弘行九段との対戦の勝者と挑戦者決定戦への進出をかけて戦います。注目は伊藤匠六段です。竜王戦は,1組から6組があり,毎年,成績上位者は昇級するのですが,それとは別に,その年に下位の組でも勝ち進んでいくと,竜王を獲得することができるのです。ただし,上位の組のほうが,挑戦者決定のためのトーナメントで有利となっています。たとえば1組で優勝した稲葉八段は,トーナメント戦で1回勝つだけで,挑戦者決定3番勝負に進出できます。一方,伊藤匠六段は5組で優勝し,決勝トーナメントに進出を決め,4連勝して,やっと稲葉八段との対戦にたどりつきました。実はこの二人は昨年も対戦していて,昨年は伊藤匠六段(段位やタイトルは現在のもの,以下同じ)は,6組で優勝し,1組で5位であった稲葉八段と対戦して,稲葉八段が勝っています。伊藤六段は2年連続の活躍ですが,昨年壁となった稲葉八段にリベンジできるでしょうか。稲葉八段もビッグタイトルに近いところにいるので,このチャンスを逃したくないでしょう(名人戦には挑戦したことがありますが,当時の佐藤天彦名人に敗れています)。
 竜王戦では,ときどき若手が快進撃をすることがあり,近いところでは第33期に5組優勝の梶浦宏孝七段が決勝トーナメントでも勝ち進んでベスト4に残り,最後に羽生善治九段に敗れたことがありました。梶浦七段は第34期でも,4組優勝で決勝トーナメントに出てきて,今度はベスト8のところで羽生九段と再び対戦し,羽生九段を下してベスト42年連続で進出しましたが,永瀬拓矢王座に敗れました。2年連続のベスト4は大きな話題となりました。伊藤匠六段も,藤井竜王・名人がすごすぎるので,あまり目立ちませんが,若手ではナンバー2の地位にあると言われており,直接対決では勝てていませんが,目指すは打倒藤井であることは間違いないでしょう。もし稲葉八段に勝てば,永瀬王座が出てくる可能性が高いです。伊藤六段にとっても,めったにないチャンスであり,なんとか挑戦権をつかみたいでしょうね。
 王座戦は前にも書いたように,藤井竜王・名人(七冠)はいよいよ八冠をめざして豊島将之九段との挑戦者決定戦となりますが,過密スケジュールで、対局日がなかなか入らないようです。主催者の日本経済新聞によると,対局日は84日となったようです(78日電子版)。
 順位戦では,先日,佐藤康光九段が,B1組の初戦を,コロナ感染により不戦敗となるという「事件」がありました。A級から降級したばかりで,日本将棋連盟の会長職も羽生九段に譲り,激務から解放されて,すぐにA級復帰をめざしたいところですが,痛い出だしとなりました。コロナの扱いはいろいろあるようですが,順位戦は日が決まっているので延期ということができなかったようですね。タイトル戦であれば延期もあったのでしょうが。

2023年7月14日 (金)

鶴光太郎『日本の会社のための人事の経済学』

 鶴さんから,『日本の会社のための人事の経済学』(日経BP 日本経済新聞出版)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。『人事労働法』(弘文堂)という本を書いていた私は,『人事の経済学』という書名に親近感を覚えました。経済学というと国境に関係のない普遍性がある学問分野というイメージですが,ここでは「日本の会社のための」という断りがわざわざ入っていて,日本には独特の人事システムがあり,それを経済学の立場から分析したということだと思います。
 その内容については,JILPTの濱口桂一郎さんの「ジョブ型」の議論を意識されてはいるのでしょうが,会社人事の実務において「ジョブ型」というものを,どう具体化していけばよいかということを原理から解説したのが本書でしょう。
 ジョブ型については,私もいろいろ書いているので,ここでは書きませんが,本書のはしがきで書かれているように,「最近,特に着目されるようになった人的資本経営において重視されている,副業・兼業,社内公募制などは,ジョブ型雇用がそのベースになければならないことは案外認識されていない」とするならば,本書のように,ジョブ型についてきちんと解く本がなければいけないでしょう。
 終章では,「従業員からみた「ミライのカタチ」」が書かれていて,最初は,鶴さんのことが書かれていると誤解して読んでいて,妙に親近感をおぼえていたのですが,なんか変だなと思って確認したら,20年後の未来予想をした架空の話でした。でも私自身は,そこに出てくる20年後の社員(プロ型社員としてのキャリア,テレワークの定着した職場,プライベートに重点を置く家庭・家族観)とほぼ同じような感覚で,すでに生活・労働をしていて,これは20年後ではなく,現在の会社員の感覚にあてはまるものではないかなと思いました。

 

2023年7月13日 (木)

官報のデジタル化

 3日前の日本経済新聞で,「政府は法令や企業情報などを載せている刊行物の官報について,紙の出版からインターネット上での公表を原則にする」という記事が出ていました。
 新しい法律についてはだいたいフォローできますが,それよりも下位のものは,私の情報収集力の弱さによるのでしょうが,なかなか適時にはフォローできません。実務をやっているわけではないのでそれほど急ぐ必要はないにしても,ある程度の速度で情報収集しておく必要があります。
 そういえば先日,職業安定法の指針の名称が長いというクレームをこのブログで書きましたが,令和4610日の厚生労働省告示198号で,名称が短くなっていたことに気づきました。改正前の名称について間違った情報を流して,たいへん申し訳ありませんでした。とはいえ,名称が依然として長いことに間違いはないのですが。

 改正前の名称
「職業紹介事業者,求人者,労働者の募集を行う者,募集受託者,募集情報等提供事業を行う者,労働者供給事業者,労働者供給を受けようとする者等が均等待遇,労働条件等の明示,求職者等の個人情報の取扱い,職業紹介事業者の責務,募集内容の的確な表示,労働者の募集を行う者等の責務,労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針」

 改正後の名称
「職業紹介事業者,求人者,労働者の募集を行う者,募集受託者,募集情報等提供事業を行う者,労働者供給事業者,労働者供給を受けようとする者等がその責務等に関して適切に対処するための指針」

 句読点を入れて161文字から89文字への減少なので,文字数は半数近くになりましたが,なお長すぎるので,前のクレームは維持しておきたいと思います。
 話を戻すと,ChatGPT時代には,情報収集を自ら検索して追跡するというGoogle型ではなく,簡単な問いかけで入手できるようにするパターンに変わっていくのではないかと思います。いまでも,法令提供情報をしてくれる業者と契約をすれば,そういうことは可能でしょうが,できれば,政府のサービスとして,アプリで事前に設定して,関心のある分野の法令の改正情報がすぐに届くようにしてもらえたら助かります。
 インターネット官報は,助かる面もありましたが,紙の官報のPDFにすぎないようなので,ほんとうのデジタル化とは言えませんでした。公布という概念を,デジタル時代にあわせて根本的に変えていくことが必要でしょう。もはや紙の官報という時代ではないのは明らかです。

2023年7月12日 (水)

人間ドック

  今年の人間ドックの結果は,速報数値ですが,主要なデータは昨年とほぼ同じということでした。この年齢になると悪化しなければ良しというところでしょう。腹囲とBMIの数字から,またあの煩わしい(無意味な)特定保健指導を受けろという圧力がかかると思うと憂鬱ですが,30分だけ辛抱しましょう。
  規則正しい生活をしていて(最近はますます早寝早起きになってきています),コロナ以降,少し運動量が少なくなっているものの,テレビ体操は欠かさずやっていますし,気が向けば自衛隊体操もしていますし,飲酒はそこそこしているので,肝臓の数値は良くなりませんが,それでも悪くもなっておらず,中性脂肪も正常値であり,自分としては満足です。少し寂しいのは,身長がミリ単位ですが,少しずつ縮んでいることであり,これは老化だから仕方ないですね。
 検査で私にはあまり意味がないのが,聴力検査です。音が鳴ったかどうかは完全にわかるのですが,でも聴力に問題がないとは言えません。人の言葉を聞き取る能力が低下してきていて,聞き直すことが増えている気がします。リモートの授業や会議では音がよく聞こえるようにボリューム調整ができるので問題はないのですが,対面のときは少し困ります。もともと若いときから音が重なったりしたら,よく聞き取れない傾向があったので,今後,対面が増えていくと心配です。こういう点は,聴力検査では測定できないですね。
 視力検査も昨年と同じ結果でしたが,自分自身では,紙の本を読むことが辛くなってきていることははっきり自覚していて,以前のような速読はできなくなっています。もともと乱視があり,それに近視と老眼がミックスされ,文字は不鮮明なまま読んでいる感じです。PCやタブレットでなら拡大して読めるのですが,長いものをさっさと読むということはできなくなってきています。本や論文を読むというのは,私たちの仕事の最も基本的な部分なので,ここはなんとかデジタル技術の力を借りながら,能力低下をカバーできたらなと思っています(audibleの質の向上に期待したいですね……)。
 いずれにせよ,聴力も視力も,いま検査できていない部分を,まずはきちんとデータで可視化できるようになればよいなと思います。というか,私の行っている人間ドックは,問診表からして手書きで面倒ですし,デジタルとか言う前に昭和のアナログの香りが強いです(ロケーションは最高で,設備もきれいで,ハードは現代的ですが)。20年近く同じところに行っています(昼食券が楽しみなのです)が,来年は,もう少しデジタル対応しているところがないか探して,乗り換えを検討しようかなと思っています。

2023年7月11日 (火)

マイナンバーカード問題

 数日前に,個人情報保護委員会がデジタル庁に立入検査する予定であるという報道がありました。マイナンバーは,行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(通称は,マイナンバー法)でいう「個人番号」であり,「個人番号」に含まれる個人情報は「特定個人情報」と呼ばれ,個人情報保護法の特例が認められています。個人情報保護委員会は,個人情報保護法とマイナンバー法に関する監視・監督をする権限をもっている行政委員会です。
 ところで,マイナンバーカードをめぐるトラブルは,もちろん様々な原因があるのでしょう。ただ私の経験から,もともとマイナンバーカードの取得のときから,霞ヶ関も自治体職員も前向きではなかったのではないかということを,前に書いたことがあります。また,運転免許証がない私にとって,マイナンバーカードは身分証明の重要な書類となるはずでしたが,かなり長い間,写真があるマイナンバーカードは本人証明にならず,写真のない健康保険証の提示ならOKというようなおかしなことが続いていました。政府がちょっと号令をかければ変わることなのに,本気でマイナンバーカードを国民に普及させようとはしていないのだなと思っていました。
 これも前に書いたことがありますが,父が市役所にマイナンバーカードを取りにいくのが体力的に難しかったとき,そのことを自治体の担当職員に告げた私に,そこまでしてカードを取得する必要があるのですか,という唖然とするような言葉を投げかけられたことがありました。結局は,職員が出向いてくれて本人確認し引き渡してくれたのですが,高齢者であっても,確定申告はするのであり,E-Taxでマイナンバーカードを使うのです。
 職員たちにとっては,マイナンバーカードは,国民からの反対は強いし,政府の本気度はよくわからず,でも事務作業が多いというものですから,やる気にならないのかもしれません。それでもほとんどの人はきちんと仕事をするのですが,人為的なミスが起こりやすい土壌があるのではないでしょうか。とくに現在のトラブルは,健康保険証について,保険機関の職員が,保険者番号とマイナンバーとの紐づけにミスしたことが原因のようですが,そもそもこんな面倒なことを人の手でやらせるとミスがでないほうがおかしいような気がします。デジタル化の背景には,常に「ゴースト・ワーク」があるのですが,今回の人の手による紐付というアナログ作業も,一種の「ゴースト・ワーク」といえるかもしれません(晶文社から翻訳書が出ている同名の書も参照。同書については,近いうちに私の短評が出ます)。いずれにせよ,デジタル庁が,人による無味乾燥なアナログ作業に頼っているというのは,悪い冗談のような気もします。
 とはいえ,一部の人がやっているようなマイナンバーカード返納運動はいかがなものかと思います。政府が悪いと言いたいのでしょうが,紐付けのミスをした人の肩身がますます狭くなるかもしれません。どっちにしろマイナンバーは付与されているのであり,マイナンバーカードという「物」に当たるのではなく,もう少し違った形で建設的な抗議をしたほうがよくないでしょうかね。

 

2023年7月10日 (月)

『実務詳解 職業安定法』(弘文堂)

 倉重公太朗・白石紘一編『実務詳解 職業安定法』(弘文堂)を,共著者の一人でいらっしゃる板倉陽一郎弁護士からいただきました。どうもありがとうございました。板倉さんとは,もう何年も前に,総務省の「AIネットワーク」関係の仕事でご一緒したことがあったかと思います(あの会議では,ほかにも前の日銀副総裁の若田部昌澄さんと一緒になるなど貴重な出会いがありました)。本書では板倉さんが個人情報保護の部分を担当されていたので,しっかり読んで勉強しました。ちょうど次の授業で個人情報保護をテーマに話す予定だったので,職安法の部分についての情報をアップデートして整理できて,たいへん助かりました。松尾剛行さんの『AI・HRテック対応 人事労務情報管理の法律実務』(弘文堂)もそうですが,個人情報の分野は,弁護士の方の業績が参考になりますね。
 ところで,職安法は,私がビジネスガイドで連載中の「キーワードからみた労働法」でも,今年の1月号で「募集情報等提供事業」というキーワードで採り上げており,その論考のなかで改正職安法により同法は「新ステージに入った」という評価をしていました。本書でも,改正法を「シン・職安法」と呼んで同様の認識がされており,この新たな職安法の全体像を知るうえで,本書は役立つ文献といえるでしょう。
 ちょっと驚いたのは本の表紙です。著者の名前がずらっと並んでいて,板倉さん以外にも,安西愈さん,今野浩一郎さん,濱口桂一郎さんなどのビッグネームが含まれていました。その上に編者二人の名前が大きく書かれていて,これだけの執筆者を動員する人脈があり,それを編者としてまとめ上げるとは,どれくらいすごい人なのだろうと思ってしまいました。

 

2023年7月 9日 (日)

政治人材の枯渇

 ダイヤモンド・オンラインで,ジャーナリストの清水克彦氏の「米大統領選は『失言製造機vs暴言王』が濃厚,見るに堪えない“醜悪な戦い”に」という記事を読みました。確かに,Bidenの失言はひどく,このままだと,暴言王のTrumpと失言王のBidenという超高齢の候補者どうしの大統領戦ということになり,アメリカってそれほど人材がいなのかと言いたくなります。この記事では,「筆者も日頃,日本の政治を,『見るに堪えない。もっと生きのいい政治家はいないのか』と思いながら取材しているが,バイデン氏とトランプ氏の泥仕合を想像すると,『まだアメリカよりはマシか…』と思ってしまうのである」という文章で締められています。
 ただ,ふと思うのは失言とされている「私が説得し日本は防衛費を増やした」は,ほんとうに失言だったのでしょうかね。首相を大統領と呼んだり,意味不明の「女王陛下,万歳!」と言ったりするのは,前者は,そもそも外国の首脳の肩書など何とも思っていないということで(これはこれで外交儀礼上問題ではあるのですが),後者は,記憶の混戦によるもので,それ自体は困ったものではあるものの,高齢者にはありがちであるのに対して,防衛費問題は妙に具体的で,失言とは思えないのです。あえて自分の手柄とするために事実でないことを発言した可能性もありますが,それよりも実際にそうであったが,confidentialであったものを語ったという意味での失言であったかもしれません。日本の外交政策がアメリカ寄りすぎて,岸田首相はアメリカの「ポチ」だという指摘は前からあって,その真偽はわかりませんが,超高齢者Bidenのいつもの失言(事実ではないことを言ったという意味での失言)だということで片付けてよいでしょうか。
 岸田首相が一連の外交政策でやってきたのは,西側陣営の一員としてウクライナの徹底支援をすることや,ロシアと中国を敵視し,ロシアの日本侵攻や台湾有事の危険性をあおって防衛費を増強してアメリカに満足してもらうことのようにみえます。これだけの対米追従をしたおかげで,アメリカ訪問時には厚遇され,またサミットではBiden訪日を実現させることができ(債務上限問題で議会対応に追われていたにもかかわらず,他の予定はキャンセルしたが,広島サミットだけには参加した),岸田首相は大満足だったでしょうが,国益にかなっているのかは,よくわかりません。グローバルサウス(global south)がやっているような,したたかな外交を願うのは無理なのでしょうかね。
 たしかに日本の政治状況は,アメリカよりはマシのような気がしますが,岸田首相がもし暴走しているのだとすれば,よりおそろしいことが起こっていることになるかもしれません。そうでないことを祈るばかりです。
 

2023年7月 8日 (土)

少子化対策

 昨日の学部の講義では,拙著『雇用社会の25の疑問(第3版)』(2017年,弘文堂)の第18話「少子化は雇用政策によって対処することができるか。」を素材に,少子化対策はどうあるべきかについて講義をしました。もともと,このテーマは授業よりも,講演向きのものですが,法学部の授業なので,育児介護休業法の説明や不利益取扱いに関する判例などを中心に説明しました。ただ,同時に,この論点について検討するうえでの基本的な考え方,すなわち,なぜ政府はこの問題に介入すべきなのか,その正当性は何か,それと関連して,企業に負担となる義務を課す正当性は何か,そしてどのような規制手法が適切か,というようなことも話しました。このあたりは,実は労働法政策の基本となる理論的な問題が詰まっていて興味深いところなのです。この第18話は,初版では第19話(第2版では,第20話)で「少子化は国の政策によって解決すべきことなのか。」というテーマで,国の政策としての正当性をより直接的に論じる内容になっているので,関心のある人は,それも参照してもらえればと思います(本書は,すべて書き下ろしなのですが,このテーマだけは,日本労働研究雑誌553号の「子供をもつかどうかは,どこまで個人の自由なのか」がベースになっています。ただ,第3版では,このテーマも全面的に書き直しています)。
 政府は「異次元の少子化対策」と言っていますが,少なくとも,これまでの政府がやってきたことの成果は出ておらず,私が第3版を出したときの状況とあまり変わっていません。合計特殊出生率をみても2016年より下がっています。唯一顕著に改善しているのは,男性の育児休業取得率でしょうが,それでも率自体は14%と低いものであり,この4月から従業員数1000人超の企業に公表義務が課されましたが,それでどこまで改善するかはよくわかりません。 
 第18話の最後の結論は,少子化対策には長時間労働対策が必要ということであり,授業では,それに加えて,いつものようにテレワークが鍵だということを語って終わりにしました。
 今年の講義は,法制度の詳細な説明はできるだけ予習・復習に任せて,政策的な話を中心にしており,とくにここ数回は,女性雇用政策,障害者雇用政策,高年齢者雇用政策,外国人労働政策をとりあげ,昨日は少子化政策でした。いよいよ残り5回となり,次回は一転して公務員のテーマを取り上げ,その次は個人情報保護を授業の1回を使って話す予定です。個人情報保護は,これからは最も重要な領域となるものであり,とても1回で話せるものではありませんが,できるだけ要領よく説明したいと思っています。

 

2023年7月 7日 (金)

日本語は難しい

  七夕は,どうして「たなばた」と読み,また「七夕」という漢字を使うのかは,いつも気になって調べて,それですぐ忘れてしまうのですが,今日はChatGPTに教えてもらいました。それが正しいかどうかわかりませんが,とりあえず納得したので,みなさんも関心があれば調べてみてください。今日の「七」日の「夕」方は,残念ながら地上では雨でしたが,天上では織姫と彦星が出会えたことでしょう。子どもたちの祈りは届いたでしょうか。
 ところで,日本語の読み方といえば,「4」は「よん」と「し」という読み方があり,「7」は「しち」と「なな」があり,どっちも正しいのでしょうが,あとに来る言葉によって変わるなど,子どもが数字を覚えるときには難しいです。大人になれば自然に使い分けますが,言葉を覚える段階の2歳~3歳児には難関でしょうね。労働法の事件で有名な「第四銀行」(現在は,第四北越銀行)は,「だいよん」ではなく,「だいし」ですが,これも知らなければ間違えますね。
 「Pete the Cat」という絵本のシリーズで,「Pete the Cat and His Four Groovy Buttons」(ねこのピートだいすきなよっつのボタン)という本があります。そこでは4つのボタンが一つずつ外れて転がっていき,残っているボタンはいくつということを問うて,最初は「3つ(みっつ)」と答えさせ,そこで同時に「413」という引き算の勉強もできるようになっています。もとは英語なので,日本語版の「3つ」の部分も,引き算の部分も「3」は「three」ですが,日本語では,引き算の部分の「3」は「さん」(よんひくいちはさん)と読むので,「3つ(みっつ)」とは読み方が違います。同じ数字なのに読み方が違うので,はじめて数字を覚えようとする子どもは混乱しそうです。2も同様に「ふたつ」と「に」,1は「ひとつ」と「いち」です。
 今度は数え方のところの話ですが,「匹」はその前に来る数字によって「ひき,びき,ぴき」と読み方が変わりますよね。3の場合は「びき」ですし,促音が入ると「ぴき」になり(16810),それ以外は「ひき」となります(24579)。Eテレの「ピタゴラスイッチ」で,ときどき流れる「ぴきひきびきの歌」で勉強できます。ただ,1は「いちひき」と「いっぴき」があるなど,「ぴき」についても促音が入らない読み方があるので,そのときは「ひき」になります。難しいですね。外国人は,どのようにして覚えるのでしょうか。

2023年7月 6日 (木)

「フリーランス&副業で働く!実践ガイド」

 前にも告知しましたが,日経MOOKの「フリーランス&副業で働く!実践ガイド」が発売されました。私もインタビューで登場しています(インタビューを受けて,フリーランスのライターがまとめたものに,私が後から手を入れました)。フリーランス新法が制定され,まだ施行規則などが出ていない段階では,新法の全体像ははっきりしないのですが,法律の動きなどとは関係なく,フリーランスはこれから主流の働き方になるでしょうし,現時点でも関心をもっている人が多いでしょう。ぜひ手にとって読んでみてください。よくあるマニュアル本とは違い,フリーランスを実際にやっている人やフリーランスに造詣が深い人が登場していて,痒いところに手が届く内容になっています。「実践ガイド」という言葉に嘘はありません(フリーランスにとっての難敵であるインボイス制度についての説明もあります)。
 ところで,フリーランスについては,627日の日本経済新聞で,「厚生労働省は自営業やフリーランスの育児支援策として,国民年金の保険料を一定期間免除する措置を設ける」と出ていました。「政府は当初,育児休業給付金と同様の仕組みを新設する方針だった。22年末の全世代型社会保障構築会議の報告書でも『育児期間中の給付の創設についても検討を進めるべきだ』と示していたが,制度設計の難しさから断念し,13日に決定した『こども未来戦略方針』では『育児期間にかかる保険料免除措置を創設する』方針に転換した」ということのようです。方向性は理解できますが,免除することにより減る保険料分はどうカバーするのか(結局は,いつもの財源問題)を含め,制度設計がどうなるのか,その具体的なところをみてから判断したいですね。

2023年7月 5日 (水)

司法試験のCBT化に期待

 司法試験のCBTcomputer based testing)化が進められるという情報が,同僚の間で話題になっています。2026年の司法試験からの導入のようです。受験者にとっても,採点者にとっても,助かることになるでしょう。いまどき,手書きで大量の答案を書くというのは,法学のテストというよりも,体力テストのようなものになっていて,実際の仕事では手書きで文章を書くことなどほとんどないのに,なぜ試験でそういうことを課すのかという疑問は高まっていました。法曹界は,思った以上に,上の方たちはDXに積極的なのかなという気もします。重要事件の裁判記録をデジタル保存していればよかったのに,それもせず無造作に破棄してしまったという大失態について,最高裁が割と迅速に謝罪という対応をしたことは,逆にデジタル対応への意識が強く,この大失態がいかに情けないことかということが自覚できていたからではないかと,私には思えました(実際にはどうかわかりませんが)。
 朝日新聞デジタル(2023626日)によると,「不正防止などの観点から,当面はオンラインではなく,試験会場に用意するパソコンを使って受験する方式を想定している。同様の手法は,米国の弁護士試験などで導入されているという」ことのようです。ゆくゆくは不正防止について技術的防止策を開発し,あらゆる国家試験がオンラインで受けられるようにすべきでしょう。司法試験には,ぜひその先鞭をつけてほしいです。
 当然,法科大学院の期末試験もCBTでやれるようにしてほしいです。国家試験とは異なるので,もちろん不正防止対策は重要とはいえ,いろいろ実験できると思います。最初から完璧を目指すことはせず,その時点でのできるかぎりの対策はしたうえで,何か問題点があれば徐々に解決していくという姿勢で臨んでほしいです。
 手書きは趣味の世界にとどめ,仕事での文書はデジタルが基本という社会は必ず来るのであり,どうせならできるだけ早く対応してもらいたいです。なおデジタル文字のほうが拡大ができるので,採点する側の(老眼の)高齢者に優しいです。デジタル技術は高齢者や障がい者にフレンドリーであるという,いつもの話にもつながります。

2023年7月 4日 (火)

那須雪崩事故事件に思う

 少し前にも取り上げた公務員の個人責任についての論点ですが,628日に,那須雪崩事故について,栃木県に国家賠償法による賠償を命じる判決が出ましたが,引率した教諭ら個人には,賠償責任は認められませんでした(判決文はみていませんので,各種新聞の報道の情報をみているだけです)。同法11項の「公権力の行使」という要件が充足されると,この結論に至ることは予想されたところです。
 条文上は,公務員個人の免責は明文の規定があるわけではなく,国家賠償法上は,故意または重過失がある場合の求償が定められているだけです(12項)。しかし,最高裁は,1955419日の判決で,国家賠償が認められる場合に,公務員個人は責任を負わないとする立場を示し,それが確立した判例となっています。この判例が変わることが難しそうなのは,被害者側は,国などから賠償を得られるのでそれで十分であり,公務員個人に請求するのは,被害者の復讐心を満足させる以外の意味はないと考えられているからでしょう。
 ただ,不法行為については,被害者側にできるのは損害賠償請求だけであるので,金銭の支払いを求めるという形をとりますが,本当は謝罪を求めたいという気持ちがメインで,金銭は二の次であることが多いとも言われています。国家賠償法の場合には,それが満たされないことになります。
 しかも故意・重過失の場合の求償についても,実際にはそれが行われないことが多いようです。そのため,地方公共団体では,公務員個人に求償をするよう求める住民訴訟も提起されていて,それに関する判例もあります(最3小判2020714日など)。故意・重過失があるような公務員は,懲戒免職などの処分を受けていることがあり,本人にはそれで十分に制裁がなされているので,国や地方公共団体側は,さらに求償までするのはどうかという配慮があるかもしれませんが。
 ところで個人責任否定論というと,労働法学では,違法争議行為の場合の議論が有名です。かつてはプロレイバーの立場から,ドイツの議論を参考にして,組合員の個人責任否定論(労働組合のみが責任を負う)が有力に唱えられていました。裁判例上は,個人責任否定論は支持されていませんが,それは組合員個人の不法行為や債務不履行が免責されることの説明がつかないからでしょう(労働組合法8条からも正当性のない損害賠償の免責は解釈上困難です)。組合員の責任を認めたうえで,どの程度の賠償を認めるか,あるいは労働組合の責任との関係を整理するかなどの解釈論も可能であり,実際に個人責任肯定説の学説もその点で多様な見解を展開してきました。個人責任を端から認めないというのは解釈論としては難しく,現在ではほとんど支持する学説はないのではないでしょうか。
 これとは問題の前提は異なるものの,国家賠償法において,明文の規定がないにもかかわらず,公務員の個人責任を否定する解釈が定着し,民法から離れた独特の法理が展開している点は注目されます。労働組合における組合員の責任も否定されていないなか,違法行為の抑止という機能がより強く求められる公務員において,(実際にはあまり活用されていない)故意・重過失の場合の求償規定や懲戒処分があるからということが,個人責任を否定する説得的な論拠にどこまでなるか,個人責任を肯定したうえで,その責任を制限するような解釈論を展開するという労働法的なアプローチの余地はないかなど,いろいろ理論的な興味があるところです(最近の法学セミナー822号で,この問題を扱っている,津田智成「国家賠償法11項に基づく責任の根拠と公務員の個人責任の位置づけ」という論文が掲載されていますが,対外的な個人責任の否定を前提として論じられています)。

2023年7月 3日 (月)

棋聖戦第3局

 藤井聡太棋聖(竜王・名人,七冠)に,佐々木大地七段が挑戦する棋聖戦は,11敗で迎えた第3局が今日沼津で行われ,藤井棋聖が勝って21敗となり,防衛に王手となりました。藤井棋聖の大胆な手が出て,佐々木七段の時間が削られていく展開になった感じです。最後は,まだすぐに王手がかかる状況ではなかったのですが,勝ち目がないとして佐々木七段の投了となりました。第4局は18日ですが,その前に7日から王位戦も始まります。同じ佐々木七段相手に,こちらは七番勝負で2日制なので,どのような戦いになるか楽しみです。2日制は長丁場なので,経験が豊富な藤井王位のほうが有利となりそうですが,どうでしょうか。
 八冠ロードを歩む藤井竜王・名人は,八冠目の王座戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝で,羽生善治九段に勝ち,決勝進出を決めました。その前の対局の村田顕弘六段戦では,ほぼ必敗の状況からの大逆転でしたが,羽生九段戦は,熱戦ではありましたが,余裕がある感じでした。最後は羽生九段に攻めさせて,それを受け止めて投了に追い込んでいます。一方,別の山では,渡辺明九段が勝ち上がってきて,今日,豊島将之九段と対戦しましたが,豊島九段が勝ちました。渡辺九段としては,無冠返上にあと一歩のところでしたが,好調を維持している豊島九段がそれを阻みました。決勝は,豊島九段と藤井竜王・名人の対戦で,勝ったほうが永瀬拓矢王座に挑戦となります。藤井・豊島戦は,かつては豊島九段が藤井キラーでしたが,その後,藤井竜王・名人がリベンジをはたし,豊島九段から次々とタイトルを奪い,無冠に追い込みました。豊島九段も,藤井竜王・名人に勝って,無冠返上を目指したいところでしょう。
 ところで,先日のJT杯(将棋日本シリーズ)の初戦の,羽生九段と山崎隆之八段は,山崎八段が必敗の状況となり,やっぱり勝てないなとあきらめていたところ,なんと羽生九段が自玉に詰みがあるにもかかわらず,それを見落とし,山崎八段の大逆転勝利となりました。山崎玉に詰みがあったので,AIでは羽生勝ちとなっていたのですが,長手数の詰みであったこともあり,羽生九段は読み切れず,確実な詰めろをかけたのですが,自玉に詰みがあったのです。羽生は自玉の詰みを受けるか,相手玉を詰ますしかなかったのです。1分将棋だから起こる大逆転ですが,あの羽生九段が頓死をくらうというのは珍しいです。山崎八段は,いつものように劣勢になると,意気消沈した感じで指していたのでしょうが,それでもあきらめずに一手違いのところでふんばっていると,思わぬ幸運が転がり込んでくるということですね。相手は人間なので,諦めなければ,何が起こるかわかりません。山崎八段には不本意な勝利でしたでしょうが,人々を勇気を与える勝利ではなかったでしょうか。

2023年7月 2日 (日)

続・電動キックボードこわい

 先日は,自転車に関する道路交通法の規定を確認しましたが,71日に施行された電動キックボードに関する規定も確認してみました。
 電動キックボードは,道路交通法では,特定小型原動機付自転車と呼ばれます。その定義は,「車体の大きさ及び構造が自転車道における他の車両の通行を妨げるおそれのないものであり,かつ,その運転に関し高い技能を要しないものである車として内閣府令で定める基準に該当するもの」とされています(2110号ロ)。そして,特定小型原動機付自転車の歩道走行については,17条の2が新設され,特定小型原動機付自転車のうち,①歩道等を通行する間,当該特定小型原動機付自転車が歩道等を通行することができるものであることを内閣府令で定める方法により表示していること(1項1号),②①の規定による表示をしている場合においては,車体の構造上,歩道等における歩行者の通行を妨げるおそれのない速度として内閣府令で定める速度を超える速度を出すことができないものであること(1項2号),③①および②に規定するもののほか,車体の構造が歩道等における歩行者の通行を妨げるおそれのないものとして内閣府令で定める基準に該当すること(1項3号),を充足するもので,他の車両を牽引していないもの(遠隔操作により通行させることができるものを除く)は「特例特定小型原動機付自転車」とされ,道路標識等により特例特定小型原動機付自転車が歩道を通行することができることとされているときは,当該歩道を通行することができる,とされています(1項柱書)。この場合,特例特定小型原動機付自転車は、当該歩道の中央から車道寄りの部分(普通自転車通行指定部分があるときは、当該普通自転車通行指定部分)を徐行しなければならず,また,特例特定小型原動機付自転車の進行が歩行者の通行を妨げることとなるときは,一時停止しなければなりません(2項)。2項に違反した場合には,罰則として,2万円以下の罰金または科料に課されます(12118号)。
 なお,上記の①から③に出てくる内閣府令(道路交通法施行規則)は,その5条の62で,次のように定めています。
 1項 「法第17条の21項第1号の内閣府令で定める方法は,道路運送車両の保安基準第66条の172項及び第3項の基準に適合する最高速度表示灯を点滅させることにより表示する方法とする。」
 2項 「法第17条の21項第2号の内閣府令で定める速度は,6キロメートル毎時とする。」
 3項 「法第17条の21項第3号の内閣府令で定める基準は,次の各号に掲げるとおりとする。
   側車を付していないこと。
  二 制動装置が走行中容易に操作できる位置にあること。
  三 歩行者に危害を及ぼすおそれがある鋭利な突出部がないこと。」
 時速6キロ以下であれば歩道走行ができるというのは,上記の2項が根拠となるわけですね。いずれにせよ,どうして,こういう法改正がされてしまったのでしょうか。私は新しい技術には前向きな立場ですが,同時に安全確保も講じなければならないと考えています。自動車はもちろんですが,自転車にも,日頃,危険な目にあわされています。自動車なら,デジタル技術を用いて事故回避をもっとできるはずです。自転車もスピードがもっとでないような設計にするか,せめて車道走行を厳格に義務づけること(道路交通法をきちんと遵守させること)ができれば事故を回避できるでしょう。しかし,そういうことが十分にできていないなかで,さらに電動キックボードまで認めるとなると,国民の歩道での歩行の安全・安心はどうなるでしょうか。上記の道路交通法をきちんと守られることなどとても期待できないのは,自転車の例からも明らかでしょう。事故が起きないこと(とくに歩行者との衝突事故)を,心より願っています。

2023年7月 1日 (土)

お祝い金

 630日の日本経済新聞で,「厚生労働省は医療と介護,保育の3分野で,人材紹介業者が就職する人に渡す『お祝い金』の調査を始める。紹介業者が短期の転職を促し,複数の施設から手数料を得るといった悪質な事例を是正する。2023年度中に実施する。」という記事が出ていました。
 お祝い金は,20214月以降,「職業紹介事業者,求人者,労働者の募集を行う者,募集受託者,募集情報等提供事業を行う者,労働者供給事業者,労働者供給を受けようとする者等が均等待遇,労働条件等の明示,求職者等の個人情報の取扱い,職業紹介事業者の責務,募集内容の的確な表示,労働者の募集を行う者等の責務,労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針」(指針の名称が長すぎるので短い名称に変えてもらいたいですね。厚生労働省は,「職業安定法に基づく指針」と呼んだりもしていますが,それだったら,それを正式名称にしたらどうでしょうか)の第69⑶(同指針は2022年に,求人メディア関係の部分を追加するなどして改正されています)において,「求職の申込みの勧奨については,求職者が希望する地域においてその能力に適合する職業に就くことができるよう,職業紹介事業の質を向上させ,これを訴求することによって行うべきものであり,職業紹介事業者が求職者に金銭等を提供することによって行うことは好ましくなく,お祝い金その他これに類する名目で社会通念上相当と認められる程度を超えて金銭等を提供することによって行ってはならないこと」とされているので,この指針に抵触する事実がないかが調査されるのでしょう。
 お祝い金規制の趣旨は,厚生労働省のHPでみると,第1に,「求職の申し込みの勧奨は,金銭の提供ではなく,職業紹介事業の質を向上させ,それをPRすることで行ってください」ということと,第2に,「職業紹介事業者が,自ら紹介した就職者に対し転職したらお祝い金を提供するなどと持ちかけて 転職を勧奨し,繰り返し手数料収入を得ようとする事例があります。このような行為は,労働市場における需給調整機能を歪め,労働者の雇用の安定を阻害する行為であり,行ってはいけません」ということです。
 労働者の雇用の安定を害するという点については,労働者が自発的に転職するものなので問題はないように思いますが,金につられて冷静な判断ができない労働者が多いから後見的に介入しようということでしょうか。紹介先の企業にとっては,お祝い金は,紹介手数料詐欺のようなことになりかねず,迷惑なことかもしれませんが,しかしこれは紹介先企業の努力や工夫で克服できないものではなく,少なくとも一般的に人材サービス会社との関係で,紹介先企業が弱い立場にあるとは言い切れない(むしろ逆のことのほうが多い?)ので,こうした規制の正当性には疑問もあるかもしれません。
 しかし少なくとも今回の調査は,医療と介護,保育の3分野に限定されるということなので,これらの業界では人材不足がとりわけ深刻なので,ひょっとすると人材サービス会社のほうが,優越的な地位に立っているのかもしれません。そうだとすると,「労働市場における需給調整機能」の正常化という大義があてはまるような気がします。
 詳細はよくわかりませんが,厚生労働省もいろいろ仕事があって大変だなと思いました。

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