ジェンダー・アイデンティティ
LGBT理解増進法と呼ばれている「性的指向及び性同一性の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」の法案の「性同一性」が「ジェンダー・アイデンティティ」に変わることになりそうです。gender identity をどう訳すかをめぐり,立憲民主党などの野党は「性自認」にこだわり,与党案は「性同一性」でしたが,維新と国民民主党の提案した「ジェンダー・アイデンティティ」を受け入れたということのようです。「ジェンダー・アイデンティティ」なら英語をそのままカタカナにしただけで,芸がない感じもします(しかも,このカタカナのとおりに読んで,外国人に通じるか不安です)が,法案を通すための苦肉の策ということなのでしょうか。
労働法では,パートタイムとかハラスメントとかはそのまま使わずに,法文では日本語にすることにこだわってきたことからすると,「ジェンダー・アイデンティティ」がそのまま法律の文言になるとすれば,かなり驚きです。
アイデンティティは,たしかに訳しにくい言葉ですが,ジェンダーが前に付けば「性自認」でよいし,それで定着してきたと思います。これには「トランス」と「シス」があってというような説明がされてきて,それで紛れはありません。自民党(のなかの法案反対派)からは,性自認というと,「心は女とさえ言えば,女性トイレやお風呂に入れるようになってしまい,これを拒むと差別になってしまう」というヘンテコな議論がなされているようです。虚偽の「性自認」を認めないことと,自認された性により差別を許さないということは両立しうるのであり,どうすれば具体的にその両立が可能かを考えるのが立法者の仕事でしょう。政治家も馬鹿ではないでしょうから,自分がヘンテコなことを言っていることはわかっているのでしょうが,それでもそういうことを言わざるを得ない政治家の背後には,何がなんでも法案をつぶせと言っている支援団体がいるのかもしれないと勘ぐりたくもなります。
ただ,そういう私も正直なところ,10年くらい前なら,自民党のヘンテコ議員と同じようなことを言っていたかもしれません。性自認はシスで,性的指向はヘテロが当然という考え方に染まっていたからです。しかし,それは知識不足だったのであり,そういう自分の無知を自覚して,過去を悔い改め,まさに性自認も性的指向も多様なものがあることを理解し,互いの人格を尊重し合うという当たり前のことにいまは気づいています(それは立派なトランスジェンダーの人との交流があったことも大きいです)。その意味で私は転向者といえるので,それだけにいっそう転向前の自分を想起させるような政治家に嫌悪を感じるのでしょうね(タバコを止めた人が喫煙者に抱く嫌悪感と似たものかもしれません)。
それでやっぱり「ジェンダー・アイデンティティ」は,「性自認」に戻したほうよくないでしょうか。
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