昇給に関する事項
昨日,ある研究会で,就業規則の絶対的必要記載事項に「昇給に関する事項」が挙げられていること(労働基準法89条2号)が話題となりました。労働条件明示義務の対象にもなっています(労働基準法施行規則5条1項3号)。モデル就業規則にも,解説として,「昇給に関する事項は,就業規則の絶対的必要記載事項に当たりますので,昇給期間等昇給の条件を定める必要があります。」と書かれています(49条)。
必ず記載しなければならないとなると,必ず昇給をしなければならないのではないかという誤解を招くところです。さらに年功型賃金を前提としているのではないか,それなら職務給を推奨する労働市場改革の流れと合わないのではないか,という疑問もあるところです。職務給であっても,「昇給に関する事項」を定めることはできるでしょうが,「昇給に関する事項」が就業規則の「絶対的」必要記載事項であるのは,賃金が右肩上がりの時代の,定期昇給が当然という年功型運用を想定していたものであり,職務給の考え方には合わないような気がします。
なお,「昇給に関する事項」は,賃金に関する事項ですが,例外的に書面による明示義務が課されていません(口頭でもよいということです。労働基準法施行規則5条3項)。でもモデル就業規則に忠実に従うとすると,結局,書面で明示することになります。ただ,短時間・有期雇用労働者については,「昇給の有無」は特定事項として文書交付が義務づけられています(短時間有期雇用法6条1項,同法施行規則2条1項1号)。短時間・有期雇用労働者には「昇給なし」と記載することができるのです。
「昇給に関する事項」は,同じく絶対的必要記載事項である「賃金に関する決定」に含まれるとして,削除してよいのではないかと思います。記載するとすれば,昇給よりも,むしろ降給のほうかもしれないのですが,これについては,労働契約法理の観点から,根拠が必要と解されていますので,実際上は,就業規則に根拠規定を置かざるを得ないでしょう。また絶対的必要記載事項から外しても,昇給や降給は,一定の基準を設けて運用する場合には,「その定めをする場合」にあたるとして,「当該事業場の労働者のすべてに適用される定め……に関する事項」(労働基準法89条10号)に該当し,就業規則の必要記載事項となると解すことができるかもしれません。
現行法で,「昇給に関する事項」を就業規則に記載せよと言われても,実は昇給させよと言われているわけではなく,就業規則に昇給の要件を定めたり,「昇給しないこともある」旨の規定を置いたりしておけばよいので,いまのところは害がないともいえます。賃金をどう決めようが,それは基本的には労使の合意でやってよいことなのです。
ところが,そうしたことが,非正社員と正社員との格差問題などについての「働き方改革」の勢いで,少しずつ政府の介入によって自由が狭まり,さらに「三位一体改革の労働市場改革」なるものにより,職務給の推奨のような話になってくると,それだったら,きちんと法制度も,職務給に合わせたものに見直せということになります。でも,そんなことはできないし,やるべきではないのです。
職務給は放っておいても,外資系やベンチャーが増えてくれば,広がっていきます。また,DXにより職務給化は進みます。だから,あえて推奨する必要はないのです。
日本の古い大企業は,自発的にやるならともかく,無理をして職務給を導入したってうまくいかないでしょう。政府の単なる思いつきのようなことに付き合う必要はないのです。ましてや「ジョブ型ウオッシュ」のようなことまでする企業まで出てくると,頭を抱えたくなります。やはり日本企業は徹底的に「お上至上主義」なのでしょうかね。
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