Midlife crisis
改めて平均寿命の変遷をみると,私が生まれたころの男の平均寿命(0歳時点での平均余命)は67年くらいだったので,両親もそれくらいのつもりで私を育てていたのでしょう。いま現在,私の年齢での平均余命はおおよそ24年であり,想定よりもおおよそ17年も伸びてしまいました。有り難いことかもしれませんが,平均余命はさらに伸びる可能性があります。遺伝子レベルでは,テロメアの長さなどである程度は決まっているのでしょうが,その短縮速度を抑えることができるようになっているということでしょうかね。
よく生まれたときは余命3万日と言っていましたが,いまはもっと長くなっています。余命宣告は,いつかは死ぬ運命にある人間にとって,ガンなどにかからなくても,生まれたときにすでにされているのであり,あとは病気などによって,それが短くなるかどうかの違いがあるだけです。その違いは大きいのですが,余命というものがあるからこそ,毎日が輝くのであり,自分でその余命を短縮するのはもったいないことです。
著名な芸能人の一家心中(?)が話題になっていますが,どういう理由があるにせよ,40代半ばの人が両親とともに自死を図ったとするならば,それは残念なことです。でも,その気持がまったくわからないわけでもありません。余命は減っていくほど,その価値がわかってきます。40代というとまだ人生半ばであり,余命の価値をまだそれほど大きくみていない時期です。価値が大きくないから,捨てやすくなるのかもしれません。また,40代は,ミッド・ライフ・クライシス(midlife crisis)が起こる危険な年頃です。自分のこれまでの人生を問い直し,葛藤や不安を感じる年代なのです。そして,人生のやり直しがまだきくので,思い切ったことをしたくなる年代でもあります。リセット願望です。安定した仕事からの転職,家族を捨てる失踪などは十分に起こり得ることです。しかし,来生で再起をとなると,これは困ったことになります。
仕事が順調というのは,外部からの評価であり,本人にとってそれがどれだけのプラスであるかは周りからはわかりません。どこかの首相のように,苦節何年で権力にたどりつき,得意の絶頂にいるような人はよいのです。むしろ若くしてある程度の社会的地位につき,順風満帆に来ているようにみえる人こそ問題なのです。定年などの出口があれば,まだいいのですが,芸能人のように,もう辞めたという出口がない場合には,つらい状況になりえます。すさまじいストレスに苛まれていても不思議ではありません。スキャンダルなどの不本意なショックがあれば,それが引き金となって行動を起こしてしまうこともあるでしょう。現在問題となっている方が,こういう心理であったかどうかはわかりません。ただ社会において強者とみえる人にも,実は深い悩みがあるのではないか,という視点でみてみる必要があるのかな,という気がしています。