筑波大学ほか事件
茨城県知事が,「今後の医学教育の在り方に関する検討会」で,医師の偏在を指摘し,茨城県の医師不足の窮状を訴えたという記事をインターネットでみました。「茨城新聞クロスアイ」によると,茨城県は,人口10万人当たりの医師数が全国46位(2020年時点)ということで,筑波大学の医学部はあるけれど,卒業生の半分以上が東京方面に行ってしまい,知事自らが,医者の確保に歩いていると書かれていました。なぜ茨城県が医師不足となっているかというと,これは前に紹介した上昌広さんの『医療詐欺』で書かれていたことなのですが,明治政府に逆らった反逆者を出したことを理由として水戸が干されたというのが理由のようです。その結果,国立大学の茨城大学には,医学部がないのです。実は兵庫県の姫路市も同じ問題を抱えていたと書かれており,たしかに播州出身の人に聞くと,お医者さんが少ないと感じていたようです。官軍に反抗した藩であった地域に,明治政府はなかなか医学部をつくろうとせず,それがいまにいたるまで医師不足をもたらしているということのようであり,この話は驚きです。同書が書かれてから10年近く経っているので状況は少しは改善しているのかもしれませんが,全国の医師数のランキングをみると,興味深いことがわかるかもしれません。
まったくの偶然なのですが,昨日,神戸労働法研究会で扱ったのは,筑波大学の病院で起きたパワハラ事件でした(宇都宮地栃木支判2019年3月28日)。メインの論点は,パワハラをしたとされる公務員個人の不法行為責任が認められるのかというものでした(国家賠償法が適用されて個人責任が否定されるのか,民法715条・709条の適用で個人責任が肯定されるのか)。もちろん医師不足の県だから病院が忙しくなってパワハラが起こりやすくなるというような安直な推論を述べたいわけではないのですが,あまり縁のない茨城県のことなので,頭のなかで結びついてしまいました(裁判所は栃木市ですが,これは不法行為地ではなく,原告の住所地(裁判管轄が発生する義務履行地)なのでしょうね)。
それはさておき,この事件での加害者の発言がパワハラと言えるのかは微妙な感じもしましたが,被害者である原告にとって,あまり良くない職場環境であったことは,まちがいないといえそうです(なお,原告は医師ではなく,診療情報管理士という仕事でしたし,賠償を命じられた被告のほうも,医療情報部副部長・病院講師ということで,どうも医師ではなさそうです)。
この判決は結論として,従来の裁判例の傾向とは異なり,個人責任を認めたのですが,国立大学は「公共団体」か,パワハラがなされたときの業務遂行時の叱責などは「公権力の行使」かなど,気になる論点があるものでした。国立大学で勤務する者としては,職員の不法行為について,故意・重過失がないかぎり国家賠償法に基づき免責となる(求償もされない)というのは安心できそうなことですが,少なくともパワハラ事案は,公権力の行使に関係するものではなく,民間企業でも起こりうるような職場内の問題なので,民法を適用したほうがよいようにも思えます。この判決も,パワハラ行為については,「純然たる私経済作用」であるとしました。「純然たる私経済作用」が何を意味するのかは明確ではないのですが,国家賠償法の適用をはずそうと考えると,こういう解釈をとる必要があったということでしょう。いずれにせよ,この論点は従来は行政法と民法の問題ということでしたが,国立大学が独立行政法人化したあとは労働法の適用領域なので,労働法の観点からも一応議論をしておくべき論点のような気がします。
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