Man to Man Animo 事件
先月の神戸労働法研究会で扱ったMan to Man Animo 事件(岐阜地判2022年8月30日)は,特例子会社Yに採用された障害者Xが,退職後,Y社が障害の特性に配慮した措置を講じる義務を怠り,結果として,退職を余儀なくされたとして債務不履行に基づく損害賠償請求(慰謝料請求)をし,請求が棄却された事件です。Xは,交通事故による高次脳機能障害があり,採用のときに配慮してほしい事項を提示し,企業側もそれを了承していました。Y社の合理的配慮義務は,この採用時の合意内容により特定されているという見方もできたのでしょうが,裁判所は,そもそも障害者雇用促進法における合理的配慮義務とは何かという観点から検討をしています。
とくにXは,「服装の⾃由を認めてほしいこと (運動靴しか履けない,スーツやブラウスが着られない。)」ということを申し入れていたのですが,会社から革靴を履くことを強要されたと主張し,これが合理的配慮義務違反となるかが問題となりました。
裁判所は,障害者雇⽤促進法2条の障害者の定義(⾝体障害,知的障害,精神障害,その他の⼼⾝の機能の障害があるため, ⻑期にわたり,職業⽣活に相当の制約を受け,⼜は職業⽣活を営むことが著しく困難な者)に照らし,Xが履物の配慮を求める理由である「腰を痛めている」ことについては,Xの障害である「⾼次脳機能障害及び強迫性障害」によりもたらされたものとは直ちに認められないから,「腰を痛めていることにより履物に関して配慮を求めることが,障害者雇⽤促進法の求める合理的配慮の対象になるとは直ちに解されない」としたうえで,「Xは,⼊社当初から,履歴書にも履物に関する配慮を求める旨を記載し,運動靴しか履けない旨を申し出ており,Y社も,これを認識してXを雇⽤したと認められるから,本件においては,履物に対する配慮は,障害者雇⽤促進法の求める合理的配慮に準じるものとして扱うのが相当である。」と判断しました(ただし,結論としては,革靴の着用の強制はなかったと判断されています)。
ここで問題となるのは,障害者雇用促進法で義務付けられる合理的配慮は,原則として,障害の原因と関係するものしか認められないのか,です。本件では,採用時に申し出ていたから,合理的配慮に「準じる」扱いがされましたが,もしそういう申し出をしていなかったら,企業に合理的配慮義務はないのかが気になります。
同法2条の障害者概念に該当する者は,本件でいえば高次脳機能障害や強迫性障害に関係しないにしても,就労に支障が出てくることがありうるので,そういうことについても配慮すべき場合があるように思えます。アメリカ法のように,合理的配慮(reasonable accommodation)を差別概念と結びつけるところ(合理的配慮の拒否が同法の禁止する差別に該当するなど)では,合理的配慮には特別な法的意味がありますが,日本法の合理的配慮義務(障害の特性に配慮した必要な措置を講じる義務)は,本来は,一般的な使用者の配慮義務に根拠があると整理されるべきであり,したがって,障害者手帳をもっていない者だけでなく,障害者に該当しない者であっても,程度の差はあるにせよ,配慮義務が課されるべきであるし,ましてや障害者に対して,障害に起因するものに配慮を限定するのは適切でないように思えます。
このほかにも合理的配慮義務は,私法上の義務ではないという見解が有力ですが,これについても若干疑問があります。それは労働者に請求権がないという意味のことかもしれませんが,だからといって単なる公法上の義務でもないと考えています(私見については,拙著『人事労働法』(弘文堂)65頁以下を参照)。公法上の義務や私法上の義務という義務の法的性質論はさておき,企業に対して,どのように義務を履行させるのがよいのかを考えるべきであり,労働者に請求権を与えなくても,なお契約上の義務として履行を促すにはどうすればよいかという視点をもつべきであるというのが人事労働法の発想です(なお,必ずしもその主張の規範的内容は明確ではないが,請求権としての合理的配慮というものを提唱しようとしている文献として,櫻井洋介「障害者雇用における合理的配慮概念の再検討―『障害の社会モデル』から見る労働者像―」季刊労働法277号(2022年)125頁以下があります)。