再びエアースタジオ事件
学部とLSの授業で労働者性の判断をすることが重なりました。最近の裁判例(および命令例)としては,都労委のUberEats(ウーバー・イーツ)の事件もあるのですが,少し前の事件で,劇団員の労働者性が問題となり,裏方業務だけでなく,公演業務においても,諾否の自由がないとして労働者性を肯定したエアースタジオ事件(東京高判令和2年9月3日)のことが再び気になり始めました(2021年12月29日に書いたブログでも取り上げています。なお,同ブログの文中に誤って労働者性を「否定した」と書いてしまっていたのに気づき,遅ればせながら直しておきました。文脈的には肯定を前提に書いていたのですが,諾否の自由の否定と労働者性の否定とがこんがらがっていて,申し訳ありませんでした)。
この事件については,季刊労働法277号で,専修大学の石田信平さんが,たいへんすぐれた評釈を書いています(加えて,劇団員の立場に寄り添って,ほんとうに大事なことは何かについて考察されているところもすばらしいです)。石田さんの結論は,労働者性を否定すべきというものですが,イギリスの労働者概念の議論もとりいれて,このケースを間欠的な契約の一例とみて,継続する個々の契約を包括する関係の労働契約性と個々の公演の契約の労働契約性とは分けて考察できるとし,前者において労働契約性が否定されても,後者において労働契約性が肯定される余地があるとしたうえで,このケースでは,前者のみならず,後者についても労働契約性を否定すべきだとします。諾否の自由についての判断について判決に異論があるということです。ただ,近年話題のギグワークについては,後者の点で労働契約性が肯定される余地があるとしています。また,本件のケースでは,労働組合法上の労働者性は肯定される余地があるとしています。
石田さんは,契約内容への法的介入(とくに他所で働くことへの制限)については,労働法の問題ではなく,競争法の問題としてみるべきであるが,契約内容の集団的交渉については,競争法は介入すべきではないという立場のようです。これは理論的に十分にありうるものであり,切れ味鋭い分析だと思いますし,また実質的にも妥当なものといえます。ただ,一般の人にはわかりにくいところがあるかもしれません。いったい,当該就労者は労働者かどうか,もっと簡単にしてほしいという要望もあるでしょう。学部の授業のなかでも,結局,エアースタジオ事件は,こういう判決があると言及するにとどめました。本格的にこの事例を素材として労働者性の判断についての解説をしていくと,おそろしく複雑なことになってしまい,この論点にそれほど多くの時間をさくことはできないです。
労働者性の問題についての私見は,このブログでも何度も書いているので,詳細は繰り返しませんが,いずれにせよ大切なのは,事後的に労働者性を争うことができるだけないようにすることです。一方,労働組合のほうは,労働者と性質決定されるかどうかに関係なく,団体交渉の権利が広く個人の就労者に認められる(相手方企業には,交渉に応じる義務はある)ことにしたうえで,不当労働行為の救済手続を利用できる労働者(労働組合)は,個別法の労働者性の範囲と同じにするというのはどうでしょうかね(労働者概念の相対性というようなわかりにくい議論はやめようということですが,これはこれでややこしい議論と言われるかもしれません)。こんな話は授業ではできませんが,UberEatsの事件も含め,労働者性をめぐるいろんな問題が生じているなか,解釈論をつめていくことを模索するのではなく,立法で根本的に解決するという方法が考えられるべきです。
私の提唱する労働者性の判断基準の事前認証手続,さらにそこでのAIの活用(拙著『人事労働法』271頁を参照)は,ChatGPTの発展などによって,現実味を帯びてきました。労働者性の判断の一次処理はAIにゆだね,異議がある場合にのみ人間(裁判官)が判断するということにできないでしょうかね。
「労働法」カテゴリの記事
- 労災保険制度(2023.09.16)
- 新しい労災認定基準(精神障害)(2023.09.15)
- 従業員の監視(2023.09.09)
- 『ハラスメント対応の実務必携Q&A』(2023.09.05)
- 事業協同組合の使用者性(2023.09.04)