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2023年4月18日 (火)

首相襲撃事件に思う

 岸田首相の遊説場所に爆弾が投げ込まれて,あわや大惨事となるところでした。いくら屈強なSPがいても,爆弾が投げ込まれたらどうしようもありません。今回は人的被害がほとんどなかったようですが,警官(?)がカバンではねのけた爆弾は一般聴衆のほうに向かって転がっていたようであり,おそろしいことです。今回のようなことをしでかす人は例外的ですし,こんなことで怯んでは民主主義の敗北だという勇ましい意見もあるのですが,もちろん加害者が悪いのは当然とはいえ,いくら統一地方選が重要といっても,サミットも控えた重要な時期で,すでに各地で国際会議が開かれているなかで,和歌山の漁港で魚を食べて遊説というようなことまでして候補者の応援をしている首相の行動に違和感をおぼえた人も多かったのではないでしょうか。選挙が大苦戦だから首相でも来なければ大変ということで,わざわざ来たのか,よくわかりませんが,重点の置き方がどうかという気がしますね。国会の都合で林外務大臣がインドで行われたG20の外相会議の欠席をしたときも同様の疑問がありました。プライオリティをきちんと判断できない政府は問題です。
 「高齢者集団自決」発言でも話題になった成田悠輔氏の『22世紀の民主主義』(SB新書)という本があります。彼はエビデンスにもとづき目的を発見し,エビデンスにもとづき政策を立案するという「無意識データ民主主義」を提案しています。エビデンスは,インターネット上にある膨大なデータの分析が中心であり,選挙の結果は単に目的発見のための一つにすぎないものであるとします。民意はデータで集積できるのであり,それを中心に据えることこそ,民主主義的ということでしょう。彼は選挙について「みんなの体と心が同期するお祭りなので,空気に身を任せる同調行動にうってつけである」と述べています。そして,「数百年前であれば,同調は狭い村落内に閉じた内輪ウケでいてくれた」が,現在は同調の幅が地球規模に広がり,政策論点も微細化・多様化が進んでいるのに,「いまだに投票の対象はなぜか政治家・政党でしかない」として現在の政治システムに疑問を呈し,「こうした環境下では,政治家は単純明快で極端なキャラを作るしかなくなっていく。キャラの両極としての偽善的リベラリズムと露悪的ポピュリズムのジェットコースターで世界の政治が気絶状態である」という独特の表現で現状を批判し,「民主主義が意識を失っている間に,手綱を失った資本主義は加速化している」と述べています(8384頁)。
 彼の言葉についていくことは難しいのですが,現在,すさまじい貧富の差が生じつつあるということは実感しており,成田氏の主張が資本主義による社会的な階層の分断の拡大に民主主義が十分に対応できていないというものであるとすると,そのとおりという気がします。百貨店や高級ホテルは,富裕層向けのサービスに力を入れると公言し,たいしてお金を使わない中流階級は切り捨てられつつあります。さらにその下にいるのがコロナでいたんだ貧困層であり,その範囲が広がりつつあるのかもしれません。再チャレンジや逆転が難しいと感じたとき,若者は「人生100年時代」の残りをどう生きていくかを考えて絶望し,過激な行動をとる危険性があるのです。今回の岸田首相の襲撃が,どのような動機によるのかは,よくわかりませんが,昨年の安倍元首相の襲撃をみていると,(母親が旧統一教会に入れ込んだために,家庭崩壊になってしまった)若者の絶望的な悲しみの声が聞こえてくるような気がします(だからといって,彼の犯罪を正当化できるわけではありません)。理不尽な貧困に陥り,その打開の可能性がないとわかったとき,人は過激な行動をとるのです。そういう社会的風潮が置きつつあることに鈍感な政治家が,オールドスタイルの同調を求めて国民のなかに物理的に飛び込み,テロに屈すれば民主主義の終わりと言わんばかりに,あえて果敢に遊説を続けるというのは,なにかがおかしいという気がしてしまいます。
 成田氏の見方が正しいかはともかく,私は彼の極端に思えるような民主主義論についても聞くべきところが多いと感じています(私は,『会社員が消える』(文春新書)のなかでも,別のテーマですが,成田氏の言説を引用しています[126頁])。
 いずれにせよ,今回の事故は被害がほとんどなくほんとうによかったです。しかし,どんなに警備を強化しても,一般人を巻き込む政治テロが起こる危険があります。遊説によって守られる民主主義ではなく,もっと違った民主主義を模索したらどうでしょうか。
 もし和歌山のあの事件で,はねのけられた爆弾がもう少し勢いづいて聴衆のなかに転がりこみ,そして,もっと早く爆発していたら,どうなっていたでしょうか。加害者が悪いというだけでは,すまないように思います。

 

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