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2023年4月14日 (金)

道幸哲也『岐路に立つ労使関係』

 道幸哲也先生から『岐路に立つ労使関係―労働組合法の課題と展望―』(旬報社)をいただきました。いつも,どうもありがとうございます。理論的,実務的な観点から問題点を整理して指摘するという道幸スタイルの論文を集めたものです。私が誤解しているかもしれませんが,道幸先生は,旧来型の労働組合へのこだわりを強くもっていらっしゃるようであり,もしそうであると私と少し立場は違います。個人的には,デジタル化など労働の現場における大きな変化のなかで,労働者のつながりはどうあるべきかが,これからの労働組合論においては欠かせない視点であるように思います。前に三井正信さんの論文についてもコメントしたことですが,旧来型の労働組合にこだわっていると,今後の展望がなかなか開けてこないような気がしています。
 ところで,この本では,労働委員会や不当労働行為のことも論じられています。不当労働行為意思についての論考は,実務経験にも裏打ちされた知見に基づく整理がされていて参考になります。今回,道幸先生の論説を読んで,改めて考えてみたのは,1号事件で不当労働行為意思という概念を使うことはやめたほうがよいのではないか,ということです(昔の分類で言えば不当労働行為意思不要説ですが,ここでは,客観的な因果関係だけで決めればよいということではありません)。道幸先生は,不当労働行為意思は,組合結成や組合員であることなどの認識に加えて,組合への違和感のようなものが必要と言われています。認識だけで不当労働行為が成立するわけではないのですが,通常は反組合的意図や組合嫌悪の感情などが必要と言われるところ,道幸先生は「違和感」程度でよいということでしょう。私は『人事労働法』(弘文堂)では,反組合的意図と書いています(234頁)が,もしかしたら反組合的な「姿勢」というような表現のほうがよいのではないかと考え始めています。いずれにせよ,こうしたものは経営陣らの発言や日常の組合員への対応からうかがいしることができます。しかし,そういう明確な態度が示されていなくても,組合員に対して具体的に不利益な措置がなされれば,反組合的な姿勢がひとまず顕在化したと推認できそうです。これについては,使用者は不利益な措置が就業規則に根拠があるなどの正当なものであると主張してくることになりますが,ここでポイントとなるのは,就業規則に根拠があるなどの正当化が「可能」であっても,実際の運用などで,もし組合員でなければ当該措置を受けていなかったと判断できる場合には,これは不当労働行為となると解すべきだということです。そこに反組合的意図なり反組合的姿勢があるといえるからです。難問は,明確な組合嫌悪の感情などが日常的に示されている場合において,(重大な非違行為があるなどで)組合員でなくても当該不利益な措置(懲戒処分など)を受けていたというような場合です。これは不当労働行為でないとするのが通説ですし,私も『人事労働法』では,そのように書いていますが,なお議論の余地はありそうです。私法上の根拠はあっても,そこに反組合的な要素があれば拾い上げるのが,不当労働行為救済制度の意義であるともいえるからです。ただ,この解釈の問題は「故をもつて」という文言に合わないところですね(なお,この問題についての精緻な分析をしたものとして,荒木尚志『労働法(第5版)』(有斐閣)771頁以下があります)。いずれにせよ不当労働行為意思を抽象的に論じても意味がなく,何を不当労働行為と評価すべきなのかというところから考えていくことが必要です(3号の支配介入についても同様です)。
 道幸先生の本にもどると,労働委員会の労使委員の専門性について,「労使委員は必ずしも各側の『代理』ではないので,労使当事者に対し一定のアドバイスや指導をすることも期待されている。その意味では,労使委員も公益的な役割を担っているわけである」(208頁)と書かれていて,まさに我が意を得たりという感じです。多くの労使委員はそのような自覚をもって任務を遂行されていると思います。ただ同じように公益的な役割といっても,公益委員との役割分担は重要で,それはたとえば合議での意見陳述のときに関係してくるように思います。私は労使の委員が何について「意見」を述べるかが重要であると思っています。労使の参与委員には法的な観点から整理された議論よりも,むしろ生の事実関係における労使の委員ならではの認識や感想のようなものを述べていただくほうが有り難く,そうした意見が,上記の不当労働行為意思の判断などで,より的確な判断や救済方法の決定をするのに役立つと思っています。三者構成の良さを活かすためには,公益委員と労使の委員との間で,どのような役割分担をすべきかについて,きちんと議論をしたほうがよいのではないかと日頃考えているところです。

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