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2023年2月14日 (火)

朴孝淑『賃金の不利益変更』

 神奈川大学の朴孝淑さんから『賃金の不利益変更―日韓の比較法的研究』(信山社)をお送りいただきました。私もかつて労働条件の不利益変更について研究していたことがあり,本書でも,私の論考が参照されている部分があり,自分が過去に書いたものを振り返りながら懐かしい気分になりました。
 本書は,賃金についての労働協約,就業規則による不利益変更,個別的不利益変更について日韓を比較したものです。賃金にしぼったのは,労働条件のなかでも,とくに重要なものであることや,欧米では賃金については労働者の同意がなければ変更できないとしている国が多いなか,日韓は合意原則に反する取扱いがなされているという違いがある点で,比較法的に興味深いところがあるからでしょう。
 日本では,就業規則による不利益変更の場合,労働者の同意がなくても,周知と合理性を要件に一方的変更が可能です(労働契約法10条)が,判例上,賃金などの重要な労働条件の実質的な不利益変更については,「高度の必要性」が求められて要件が加重されています。日本法は,雇用の維持を優先して,合意原則はこれに劣後させているものの,一方的変更の要件を加重することでバランスをとっており,これは合意原則を貫徹することを,雇用の維持の要請より重視する欧米の法理との違いを示しているといえます。
 すでにこうした研究は,彼女の先生の荒木尚志先生の比較法分析の大作があります(『雇用システムと労働条件変更法理』(2001年,有斐閣)が,彼女の研究はこの業績に韓国法を追加し,さらに最近の議論も採り入れて進化させた点に意義があるといえるでしょう。
 なお私は,合意原則を貫徹する立場から合理的変更法理に反対する立場であり(朴さんの本では155頁以下),自説としては集団的変更解約告知説を提示し(拙著は『労働条件変更法理の再構成』(1999年,有斐閣)),また合理的変更法理が成文化された現在でも,合意原則との整合性をできるだけ意識した解釈をとるべきであるとしています。韓国法の集団的同意説は,私の段階的正当性の議論では民主的正当性に関する議論に相当し,私はそれに加えて私的自治的正当性を必要とする立場から,現在では納得規範による労働契約への編入を必要としています(拙著『人事労働法』(2021年,弘文堂)41頁以下)。

 本書は,多くの研究者が議論しているわりには,理論的にも解明すべき点が多く残され,かつ実務上も難問である賃金の不利益変更について,日本における錯綜する議論を丁寧に整理し,韓国との比較から興味深い示唆を与えてくれている点で,重要な業績といえるでしょう。

 

 

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