映画「スーツケース・マーダー」
原題は「Suitcase Killer」という映画です。2022年のアメリカ映画で,実話に基づくものです。スーツケースに詰められた夫のバラバラ死体が発見され,その犯人として逮捕された妻が,陪審で有罪判決を受けて服役中であるという実話に基づく映画です。しかし,有罪判決後も,妻のMelanie(Candice Accolaが演じる)は,一貫して無罪を主張しています。
夫のBillはギャンブル中毒で,女遊びも派手です。夫婦は新居を入手し,住宅ローンの審査も通りました。Melanieはローンの返済があるので,Billは浪費しなくなるであろうと期待していました。しかし彼の浮気に我慢できなくなるなか,看護師として勤務する病院の医師Millerとダブル不倫関係に陥ります。そういうなかでの夫の死体発見でした。Billが最後に自宅で目撃された日は確定しています。検察は,Melanieが数日前に拳銃を購入していること,病院からMillerのサインを偽造して睡眠薬を入手していることなどから,彼女が自宅で夫に睡眠薬を飲ませて銃殺し,風呂場で死体を解体して,スーツケースに詰めて,車で運んで,川に投げ捨てたとしています。一方,Melanie は,その晩,Billに暴力をふるわれたため,バスルームに逃げ込み,その間に夫が荷物をスーツケースに詰め込んで家を出ていったのが,Billをみた最後であると証言しています。そして,Billは,ギャンブルのためにヤミ金融から多額の借金をしていたので,その関係で殺されたのであろうと述べます。検察の主張のうち,自宅で殺人や死体の解体があったとすればあるはずのluminol(ルミノール)反応がないことは弱点となりそうですが,これは清掃をきちんとしたら消せるともいえます。むしろMelanieが運転した車にBillの皮膚の切片がみつかっており,これが検察の強力な証拠となりました。一方,警察は,Millerに捜査協力を依頼し,Melanieからの電話の内容を録音します。Melanieは信頼するMillerとの会話のなかで,(盗聴されているとは知らないのですが)Millerに自分は無実であると言います。Melanieは裏切られたのですが,弁護側は,この会話を逆に証拠として,彼女が最も信頼しているMillerとの会話においても,犯罪をうかがわせることは何もなかったとするのですが,検察側はMillerが共犯ではなかったことが明らかになっただけであると判断します(当初は,MelanieとMillerが結婚するために,邪魔となるBillを殺したという動機の線もありました)。Melanieは,拳銃の購入については,Billに前科があり,彼が拳銃を購入できなかったから,自分が代わりに購入して彼に渡したと主張しています。一方,二人の子を大事に育てている母親であるMelanieがこんな短絡的な殺人をするであろうかという点については,映画の前半のほうで,昔のボーイフレンドと喧嘩をしたとき,外は極寒であるのに家から追い出したという話が出てきて,そういう向こう見ずな行動をする女性であるということを暗に述べています。また彼女は殺人犯には似つかわしくない美し笑顔で話をしており,嘘をついているとは思えないという点についても,彼女はBillの浮気場所をつきとめて,彼の浮気中に,外にとめていた車を勝手に遠くに持ち去るという行動をとったことがあり,帰宅して激怒したBillが彼女に「お前がやったのだろう」と詰め寄りましたが,彼女は平然とやっていないとシラを切り通しました。このときの表情から,彼女は嘘をついても表情からは読み取れないような人である(Billは彼女が嘘をつくときの表情を知っていましたが)ということがわかります。
ということで,彼女が犯人ではないかという疑惑はぷんぷんとしているのですが,映画では検察の強引な論証も紹介しており,結果として,彼女が犯人であることについては合理的な疑いが残るのではないか,という印象を残して映画が終わっています。アメリカの犯罪映画にはよくわることですが,陪審制の怖さを感じさせられる映画です。