神戸労働法研究会
今日の神戸労働法研究会では,オランゲレルさんが,ジェンダーの観点から東亜ペイント事件と明治図書出版事件を検討する報告をしてくれました。いまさら東亜ペイント事件か,という気もしますが,転勤問題を考えるうえでの基本となる判例で,いつもながらこの問題については,いろんな角度から議論がでてきて盛り上がります。みんな転勤については一家言あるような気がします。
共働きが当たり前の時代に,配偶者の仕事の継続に影響があるような転勤なんて論外じゃないか,いや家庭負担がある従業員だけ転勤について配慮してもらえるのは不公平ではないか,というような議論もありうるところですが,そもそもテレワーク時代に転勤なんてどうなのという気もします。私は,『人事労働法』(弘文堂)では,転勤は人事異動と切り離して,ワーク・ライフ・バランスを扱った第7章に入れていますが,そこでは住居の移転をともなう転勤については命令できないことをデフォルトとし,こうした命令をする条項を就業規則に採り入れるためには,私のいう「標準就業規則の不利益変更」の手続をふむ必要があり(37頁),そのうえで実際に転勤を命じるときには「誠実説明」(その内容は18頁)が必要という見解をとっています。これは個別的同意説ではありませんが,それに近いようなかなりハードルの高い要件を設定しています。
もう一人は経営学研究科の社会人院生の方に,神社本庁事件・東京高判2021年9月16日について報告してもらいました。公益通報者保護法関係の事件ですが,懲戒事由該当性の判断に,公益通報者保護法の趣旨を組み入れた判断枠組みを示したもので,結論として労働者が勝訴しています。この事件は,『最新重要判例200労働法』の次の改訂があれば,大阪いずみ市民生活協同組合事件(31事件)と置き換えたいなと思っています。ところで,公益通報者保護法は,本来,労働者の公益通報の背中を押し,公益通報の可能性が高まることにより,企業に内部通報の態勢を整備するインセンティブを与え,結果として,企業の不祥事などについて自浄作用が働くようにするというシナリオが想定されていたと思います。公益通報者が不利益な取扱を受けたあとでは,裁判において,「公益通報をしたことを理由として」という要件の立証は難しいので,保護のハードルが高くなります。立法論としては,男女雇用機会均等法9条4項のような規定を置くことはありえますし,実際に,そのような議論もあったようですが,企業側からすると,それはやり過ぎと言いたくなるでしょうね。
神社本庁事件では,おそらく労働者側は,法律を意識せずに内部告発をし,使用者側も公益通報したかどうかを意識せず,たんに就業規則に該当するので処分したと思われ,そうだとすると,この事件の当事者には,公益通報者保護法が行為規範として機能していなかったことになります。もちろん,そのような場合でも,公益通報者保護法の趣旨に照らして,懲戒事由の該当性阻却事由ないし権利濫用性(違法性阻却事由のようなもの)の判断をするということは,解釈論としてはありえるところです。ただ本来は,公益通報者保護法の仕組みを理解して,労働者が安心して公益通報することが想定されているのです。そのためには,公益通報について通報者側にどのような方法で通報するかということを,ガイドラインなどできちんと示すことも必要でしょう。労働者が所定のフォーマットに乗って通報すれば確実に保護され,企業は,そうした内部通報に備えてきちんと対応する制度を整備し(11条も参照),企業もそうした整備をして,それに則して対応すれば基本的には免責されるという形でインセンティブを付与し,結果として,自浄作用が機能するようにするというのが,この制度を活かすために必要な仕組みであるように思います。
« 学部授業終了 | トップページ | 島田先生古稀記念論集 »
「労働判例」カテゴリの記事
- ベルコ事件(労働者派遣編)(2023.02.02)
- 神戸労働法研究会(2023.01.28)
- カスタマーハラスメントの背景(2022.11.22)
- 一宮労基署長(ティーエヌ製作所)事件(2022.11.16)
- セブンイレブン・ジャパン事件・東京地裁判決(2022.11.07)