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2022年12月28日 (水)

瀬古の偉大さ

 そろそろ駅伝の季節です。まずは高校駅伝から始まり,箱根へと盛り上がっていきます。
 高校駅伝は,兵庫県からは男女ともに西脇工業が出場しました。女子は,県予選で,須磨学園がほぼ勝ちそうであったのが,アクシデントにより最後に失速してしまいました。西脇は全国レベルからみても,上位進出は難しそうでした。20位という結果は健闘したというところでしょうか。男子は1区で長嶋が昨年と同様,飛び出して独走し,昨年は途中で追いつかれましたが,今年はそのままトップでたすきをつなぎました。2区まではトップでしたが,3区で,留学生選手のいる倉敷などに抜かれてしまい,それでも最終的には6位でした。全員日本人選手だけでこの成績なので胸をはってよいと思います。
 駅伝ではありませんが,少し前にあった福岡国際マラソンは,昨年で終わったと思ったら,新たに復活したそうです。とはいえ,日本人選手は勝負になりませんでした。福岡国際マラソンといえば,私の世代は,前にも熱く書いたことがあると思いますが,瀬古選手なのです。最も記憶に残っているのは1983年の大会です。最近,たまたまYouTubeで観たのですが,すごいレースでした。ライバルの宗兄弟や伊藤国光もいたし,日本がボイコットしたモスクワオリンピックで金メダルをとったチェルピンスキーもいたし,当時世界最高記録をもっていたサラザール(ただし,その記録はその後,抹消)もいたし,そしてイカンガーもいました。当時の瀬古のレースは,最後のトラックに近いところまでは,先頭グループの真ん中あたりにいるというもので,イカンガーがいるときは,もちろん彼が先行します。そして最後に瀬古が抜き去るというパターンなのですが,この勝ち方を観た私たちにとって,瀬古は憧れというか,崇拝の対象でした。オリンピックに勝てなかったことなどどうでもよく(モスクワ五輪を日本がボイコットしていなければ彼が勝っていたでしょう),福岡で勝った4回が印象的で,なかでもこの1983年の大会での勝利を観た人は,瀬古への畏敬の念を,いまでも持ち続けていると思います。このような日本人選手はもう現れないと思います。いま瀬古さんは,日本のマラソン強化の責任者になっているようですが,いくら頑張っても自分のような選手を育て上げるのは無理かもしれませんね。

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