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2022年11月21日 (月)

近代法と日本

 前回の学部の少人数授業では,小塚荘一郎さんの『AIの時代と法』(岩波書店)の最終章「法の前提と限界」を読んで議論をしました。私は主たる教材は,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」』(日本法令)をつかっているのですが,これは主として予習・復習用で,授業の中では,関連する文献を指定して議論をするということにしています。今回の小塚さんの本は,2年生相手にデジタル技術と法の問題を考える際の非常に良い教材と思って指定しました。デジタル技術との関係だけでなく,一般的な「法の前提と限界」論の勉強にもなります。
 最終章のはじめに,「科学技術の発展によって新しい状況が出現したとき,専門家の中には,『それに適合した新しい枠組みが必要だ』と言い出す人と,『これまでも似たような状況はあった』と主張する人が,常に現れる」と書かれています(200頁)。デジタル技術と労働という問題においても同様で,私は新しい枠組み派ですが,従来の枠組みを活用しようとする人のほうが多数でしょう。後者は解釈論でなんとか対応しようとする人もいれば,立法をする際も従来の延長線上でという人もいます。従来枠組み派のほうが,法的安定性という点でも,また立法を手早く,比較的容易にできるという点でもメリットがありますが,法の内容が時代後れとなる危険性が高いというデメリットもあります。
 また小塚さんの本は,日本では,欧州から継受した近代法を,「サイズの合わない既製服」であるという意見があることを紹介し,その理由について,近代法の沿革やそれを日本が継受した経緯を簡潔にまとめて説明してくれています。これも学生にとって良い勉強になったと思います。
 また日本の多くの経営者は,「法的な義務がなくとも,ステークホルダーの理解を得て,納得してもらうことが必要である」と考えているとします(218頁)。ここでいうステークホルダーには従業員も含まれます。小塚さんは,日本ではこういう法的な義務ではない規範があるところに,権利・義務の体系で成り立っている近代法と違うものがあると指摘しています(220頁)。私が『人事労働法』(弘文堂)で展開している納得規範は,これを法的な義務論に組み入れていくものであり,その意味で近代法から逸脱していることになるのでしょう。周回遅れのポストモダンということでしょうかね。

 

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