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2022年11月20日 (日)

天彦の気持ちがわかるかも

 法科大学院の入試が終わりました。コロナ以降,いろんな試験の監督をしているとき,ほとんどの学生はきちんとマスクを着用していますが,ときどき,試験時間終了間近になると,マスクをはずしたままにしている学生が出てきます。マスクに対する適応性は人それぞれですが,日本人の多くは他人の目を気にして我慢してつけています。ただ,このマスクのために,集中できない人もいるでしょう。試験の場合には,みな同じ条件でやるべきとはいいながら,黙って試験に取り組んでいて,少なくとも他人への感染リスクはかなり低いのでマスク着用をそれほど厳格に求める必要はないような気もします(咳がでる人はエチケットとしてマスクをする必要はあるでしょう)。
 こういうことを考えると,佐藤天彦九段の反則負けのことが気になります。棋士は,対局中は普通は喋りませんので,感染リスクは比較的低いでしょう。終盤の大詰めで集中して考えている時間帯に,マスク不着用をとがめられて敗戦となるというのは,やはり厳しすぎる感じがしますね。高度な集中力が求められる知的な世界において,マスクごときに影響を受けるのはどうかという気もします。
 もちろん私は,少しでも感染リスクがあるところに出ていかなければならないときはマスクを着用しますし,他人にもマスクをつけておいて欲しいと思います。でも,それもときと場合によるでしょう。受験生や棋士に,どこまでうるさく言うべきかは,よくわかりませんね。私自身は,マスクをつけていると苦しくなるし,口内が乾燥するなど身体によくないし,階段を降りているとき下がよくみえなくて危ないこともあるなどの理由で,できるだけマスクを付けなければならないようなところには行かないようにしています。幸い,私の現在の仕事の多くは,リモートでできるので,マスク着用機会は最小限に抑えられていますが,これからも同じようにいくかは何ともいえません。いまは対面型は少人数のゼミ形式の授業しでかしていませんが,やりにくさはあります。いつも書いているように,学生の言葉がマスク越しでは聞き取りにくかったり,こちらも声を張り上げて話すので喉が痛くなったりします。教師は大学でも自宅でも出張先でも,どこからでも授業をできることとし,学生のほうも,大学でも自宅でも下宿先でも,どこででも授業を聴講できるような状況を,はやく実現してほしいです(規制やローカルルールの改正が必要)が,私の定年までに実現しますかね。

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