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2022年10月 5日 (水)

古川景一・川口美貴『新版 労働協約と地域的拡張適用―理論と実践の架橋―』

 古川景一・川口美貴『新版 労働協約と地域的拡張適用―理論と実践の架橋―』(信山社)をいただきました。旧版に続き,どうもありがとうございます。旧版は,近年では,ほとんどあまり研究がされていない労働協約の地域的拡張適用(労組法18条)について本格的な分析検討を加えた唯一の文献といえるものでしたが,ちょうど家電量販店での地域的拡張適用が認められる事例(UAゼンセンヤマダ電機労働組合他事件)が出てきたこともあり,新版では,その情報も追加してアップデートされています。
 本書では,地域的拡張適用には,労働者間の公正な競争だけでなく使用者間の公正な競争という意義があり,さらに協約締結使用者の利益に資することに何度も言及されていますが,労働条件が有利に拡張される場合,拡張適用される側の使用者の利益をどう考えるのかという問題がありそうです。当該労働協約の締結主体である使用者ではないという状況は,公正な労働条件の適用を免れているという場合もありえるでしょうが,自分たちの経営体力からすると,高い労働条件は提示できず,労働者もそれに納得して同意している可能性もあります。拡張適用のもつ強制的な性格は,労組法17条の場合によく議論してきましたが,18条の場合にもあてはまるものでしょう(なお,UAゼンセンヤマダ電機労働組合他事件では,協約外使用者2社のうちの少なくとも1社は,拡張適用される協約の条項よりも有利な規定をもっているので,この点は問題となりませんでした)。この点は,具体的には,労働委員会の決議や厚生労働大臣または都道府県知事の決定の際に考慮される事項かが問題となるのでしょう。前に紹介したことがある季刊労働法277号の山本陽大さんの論文「労働組合法18条の解釈について」では,労組法182項で,労働委員会に協約の修正権限が認められていることを考慮して,拡張適用の妥当性についても労働委員会に判断を行わせるのが適切と述べています(26頁)。一方,本書では,労働委員会の裁量を認めることを否定します(2956頁)。ただ,それについての次のような理由付けにはやや疑問があります。
 「労働委員会の裁量を肯定すると,使用者や使用者団体等から地域的拡張適用に対する反対意見が出されたとき(特に協約当事者以外の使用者については想定しうる),使用者等の反対を押し切って地域的拡張の決議に賛成した公益委員については,「公正さを欠いており,再任の際には使用者委員の同意見(ママ)を行使して不再任とするのが相当」との批判や圧力を防ぐことができず,地域的拡張適用が事実上困難となるところ,使用者等の反対による拡張適用ができないのであれば,同制度の存在意義自体が揺らいでしまうであろう」。
 不再任となるのを恐れて使用者側の意見に従うような公益委員がどこまでいるのかわかりませんし,そんなことを言ってしまえば,不当労働行為の救済命令だって,参与意見における使用者委員の意見に従った命令が出ることになりそうです(労組法27条の12第2項を参照)が,実際にはそういうことはないでしょう。ここで重要なのは,労組法18条が,協約適用外の使用者(および労働者)の意思に反して適用される強制的な性格をもつことで,その利益をどこかで考慮する機会がなければならないのではということであり,そのための適切な場としては,労働委員会以外はないであろうということなのです。労働委員会に裁量を認めても,(本書が懸念するように)使用者側が反対したから直ちに拡張適用ができなくなるというわけではなく,使用者側の反対の理由が妥当なものでなければそれを重視しないことは十分にありえます。この程度の判断をすることを労働委員会に認めないようでは,労働委員会制度はそもそも成り立たないのではないかと思います。労働委員会の判断の適否は,決議の内容から事後的に検証されるのであり,そうしたチェックで十分たと思います。ということなので,私は山本説と同様,労働委員会の裁量肯定説に立ちたいです。
 この問題は不利益変更のケースでは,いっそう深刻な話となるでしょう(本書では300頁を参照)。労働協約の効力を,私的自治的正当性の観点からみていこうとする私の立場からは,強制的な拡張適用の正当化をどのように行うかという原理的論点に,どうしても関心が向いてしまいます(なお, 日本労働研究雑誌の最新号747号の桑村裕美子さんの論文「労働法における集団の意義・再考」28頁でも,協約外の労使との利害調整の問題に言及していますので参考にしてください)。17条については,同種の労働者の4分の3以上という要件による高度の民主的正当性によって,私的自治的正当性の欠如を補う(したがって,不利益変更の場合でも裁判所の内容審査をすべきではない)というのが私の立場です(拙著『労働条件変更法理の再構成』(1999年,有斐閣)308頁以下)が,そこでは論じていない18条について,改めて考えてみると,私的自治的正当性の欠如を補う民主的正当性が,「労働者の大部分」への適用では弱く,そうすると労働委員会の決議のところでチェックせざるをえず,しかし,これでも私的自治正当性の欠如を補充するのには不十分なので,司法審査を受けなければならないという結論になりそうです。四半世紀前の宿題という感じで,いつかしっかり議論したい論点です。
 いずれにせよ,18条の立法論的な妥当性,および諸々の解釈論的論点は,同条の趣旨をどう捉えるかというところが重要となります。本書は,私とは違う立場ではあるものの,お二人の壮大な労働協約論のなかで地域的拡張の問題も一貫した形で展開しようとされている点で重要な文献だと思います。

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