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2022年10月23日 (日)

シフト制

 昨日の神戸労働法研究会では,駒澤大学の篠原信貴さんがシフト制について裁判例などを素材に分析してくれました。たいへん勉強になりましたし,知的刺激を受けました。
 今年1月にシフト制についての留意事項なるものが厚生労働省から出されていますが,シフト制というのは,いろいろなタイプがあるようで,よくわからないところがあります。いわゆる交代制とは違い,この留意事項では,「一定期間ごとに作成される勤務割や勤務シフトなどにおいて初めて具体的な労働日や労働時間が確定するような形態」が対象とされています。とくに気になるのは,募集時には,たとえば「週4日勤務希望」と書かれていますが,実際には毎週,どのシフトに入るかについて労働者が希望を出し,それを調整して企業側が確定するというようなパターンについてです。この場合,週4日というのは,いわば目安のようなもので,労働者がシフト希望を出さなければ週0ということもあります。そういうような契約であった場合,企業がたとえばコロナ禍で休業したような場合に,どうなるのかが問題となります。ここでは,具体的な労働日(労働義務の履行日)が特定していない労働契約とは何なのか,また労働日の特定が使用者の指揮命令によるのではなく,労働者との合意(シフトの確定には労働者の希望が不可欠の前提)が必要という場合の法律関係はどうなるのか,という難問が横たわっています。労働契約を締結しているだけでは,具体的な労働義務が発生していないような場合には,企業が操業停止したとしても,それは労働義務の履行不能をもたらすものではないので,労働基準法26条の休業には該当せず,たとえそれが使用者に帰責事由があっても,休業手当の請求はできないと解すことになりそうです(実際には雇用調整助成金との関係では,こういう場合も休業手当の対象としている可能性がありますが,理論的には疑問の余地があります)。しかし,さらにいうと,労働契約の締結をしていても,具体的な労働義務はなく,その義務は労働者の希望がなければ確定しないようなものであれば,そこには労働契約はなく,具体的なシフトの希望とその確定があったところで,その都度の労働契約が成立するという解釈もありうるような気がします。あたかも,登録型派遣のような感じで,それが派遣元と派遣先が一体化しているだけのようなものとみることもできるのです。もっとも,企業のほうが,一定のシフトを入れるというようなことを約束している状況があれば,労働者に一定の就労により収入を得ることについての期待を生じさせるとして,その期待的利益の侵害の不法行為が成立することはありえるかもしれません。その場合でも,損害は逸失賃金ではないでしょう。あるいは週4日の勤務を前提に,収入を期待して労働契約を締結している以上,それだけの労働を請求する権利があるというような議論ができる状況になると,場面はかなり違うものの,就労請求権と少し似たような問題になってくるのかもしれません。また労務の履行の提供はしているけれど,企業が受領していないとみることができるような場合を考えると,受領遅滞の場合と似た議論にもなるでしょう。ただ,それらはやはり使用者に一定の範囲の労働を与える(指揮命令する)義務があることが前提とならなければならず,そういう契約だと認定できるかが問題です。シフト制を導入している場合には,たとえ週4日と書いていても,何日働く義務があるとか,何日分の仕事を与えるとか,そのようなことについて契約上の拘束性を与える意思がない場合が少なくないでしょう。そういう場合には,使用者に労働付与義務や指揮命令をする義務などを認めるのは困難でしょう(もちろん契約の運用上,固定的に週4日の勤務になっていた場合,いわば労使慣行として契約上,週4日という内容に拘束性が生じ,企業が4日の労働を付与しないことは合理的な理由がなければ,その日数分は休業手当の対象となったり,民法5362項の帰責事由として認められたりすることはあるかもしれません)。
 いずれにせよ,シフト制が,労働量の変動があることが織り込み済みで,労働者も使用者もそれを前提に働いている場合には,実際に働いた分だけ約束の時給が支払われる契約とみてよく,その意味で,登録型派遣の直用版のようにみてよいのではないかと思います。そして,その内容が委託であれば,これはギグワーカーの働き方と類似となります(アカウント登録関係+個々の業務委託契約関係と類似の構造)。企業側からすると,非正社員よりも柔軟な雇用調整手段となりますが,働く側も雇用労働者のような拘束性がない働き方(諾否の自由がある)なので,労働者性や労働契約性が希薄といえるでしょう。ただ,ほんとうに,こういう純粋なシフト制なのか,それとも企業側が雇用量を確保するために,単なるインセンティブではなく,制約的な方法をとっている場合(他の企業での勤務の制限など)かでは,やはり違いがあります。後者の場合には,最初から労働契約が成立しているということになるでしょう。事案に左右されるところが多いですが,労働法の境界線を考えるうえでも理論的に興味深い素材です。以上は,まだ現時点でのプリミティブな考察にすぎず,もう少し考えを深めていかなければならないと思っています。いずれ私なりの考えをしっかりまとめたいと思います。

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