« Integrity | トップページ | 「法の支配」207号に登場 »

2022年10月29日 (土)

佐藤天彦九段の反則負けについて

 昨日のA級順位戦の佐藤天彦九段と永瀬拓矢王座の対局は,途中までスマホでときどきフォローしていたのですが,結果を知る前に寝てしまいました。朝起きたとき,思わぬ結果になっていました。永瀬王座の勝ち。私が寝るまでは佐藤九段が優勢だったので,その後,逆転があったのかと思ったのですが,よく確認すると佐藤九段の反則負けとなっています。二歩か,二度指しかと思ったら,なんとマスク不着用。そんな反則負けがあるのかと思って調べていたら,今年1月にできた新ルールでした。対局中は,健康上やむを得ない理由があり,事前に届出をして承認を得ている場合以外は,お茶を飲むなどのために一時的にはずす場合を除き,着用義務があり,それに反したときは反則負けになると明記されていました。ここまで明確なルールだと,佐藤九段の負けは仕方がないなという気もします。永瀬王座は,佐藤九段がマスクを外していることを気にしていたようです。あれだけ近い距離でいるので,言葉を発するわけではありませんが,気になる人は気になるでしょうし,もし私が同じ立場なら気にするでしょう。感染すれば,その後の対局に影響します。人一倍健康に気を付けている人であれば,いっそう相手の無神経さが気になるでしょう。
 昔は対局中にタバコを吸う人もいて,嫌煙家でも我慢せざるを得ないことがあったと思いますが,いまはそういう時代ではありませんし,何と言ってもマスク着用については明文のルールがあります。
 もっとも,ファウル一発レッドカードというのは,やや厳しすぎる気もします。佐藤九段のマスク外しは結局1時間くらいに及んでいたようです(未確認)が,早い段階でイエローカードを出して置くべきであったという気もします。これまでの同様のケースでほんとうに「一発退場」のような扱いになっていたのかも気になります。
 A級順位戦の対局は,名人挑戦者を決めるもので,将棋界ではタイトル戦に次ぐ重要な意味をもつものです。佐藤九段は名人3期の実力者です。あと2期名人位をとると,永世名人資格もとれる立場の人です。藤井聡太時代が来る前に名人復位をかなえておきたいと思うならば,いまがラストチャンスともいえます。一方で,永瀬王座もA2期目で,当然,名人挑戦はねらっていることでしょう。今期は二人ともここまで12敗とやや苦しいスタートでした。
 この対局では,反則かどうかの判定をする役割をはたす立会人がおらず,判定が遅れてしまったようです。将棋の本質と異なる要請からくる反則行為でA級順位戦の対局が負けとなるのは,将棋ファンとしてはがっかりです。どうも永瀬王座は早い段階からクレームをしていたようで,そのときに迅速に対応して,佐藤九段にマスク着用を要請する手続を一本踏んでおけば問題はなかったのです。佐藤九段が不服申立てをすれば,日本将棋連盟の常務会で判断することになるようです。ルール上は,「一発退場」も可というものですが,こういう重大な結果が生じる場合には,事後判断としては,このルールによって守ろうとしている利益,また今回の永瀬王座が受けた不利益(目の前の相手がマスク不着用であることが気になることからくる集中力の低下などのダメージ),そして佐藤九段のマスク不着用の理由や反則負けとなることにともなう不利益を総合的に考えて判定の妥当性を評価するというのが,労働法的な発想といえるかもしれません。かりに佐藤九段を救済するとなると,たとえば佐藤九段がマスクを外した時点に戻して,対局を再開する(その代わり,残り時間を永瀬王座に1時間程度追加する)ということもありえますが,すでにAIなどで棋譜の分析はされてしまっているでしょうから,この方法はとりにくいかもしれませんね。
 いずれにせよ,マスク着用は,制裁の威嚇により遵守させるのではなく,こうした反則が起きないような態勢をきちんとつくって遵守させることこそ必要なのです。つまり,新しいルールについては,棋士の規範意識に十分に浸透するまでは,違反に対する制裁よりも,遵守の促進に力をいれるべきでしょう。そういう観点からは,対局には立会人あるいは代行者が常駐して,マスク着用違反があったら警告するという形にし(それが難しければ,対局会場にカメラを設置して,連盟の責任者がリモートでチェックし,何かあればすぐにビデオを再生して対応できるようにするなども考えるべきでしょう),それでも違反した場合には反則負けという運用をすることが望ましいと思います。佐藤九段は問題提起のためにも,不服申立てをしたほうがよいです。

« Integrity | トップページ | 「法の支配」207号に登場 »

将棋」カテゴリの記事