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2022年9月 2日 (金)

Une Intime Conviction

   実話に基づいたフランス映画だそうです。邦題は,「私は確信する」です。ある大学教授Jacques Viguierが,妻Susanneを殺した容疑で逮捕されましたが,証拠不十分で釈放されました。それから10年後に突然起訴されることになります。
 Susanneの死体はみつかっていません(彼女は名前だけで,映画では一度も登場しません)。殺人の証拠はなにもありません。いつ,どこで,どのように殺したかも不明です。
 そんななか重罪の刑事裁判を扱う重罪院(cour d'assises)は,参審制のようですが,そこで彼は無罪となりました。かつてのフランスではここで終わっていたのですが,制度改正があり,二審制となっていました。それでも普通は,検察官は,いったん無罪となった事件について控訴しないのですが,異例の控訴をしました。
 1審で陪審員として参加していた,シングルマザーで,シェフのNoraは,Jacquesの無罪を信じて,腕利きの弁護士Éric Dupond-Moretti(現在のフランスの法務大臣)を,駆り出そうとします。最初はいやがっていた彼ですが,引き受けるときにNoraに条件をつけます。それは,彼の助手のような形で,膨大な通信録音記録を紙にまとめることです。Noraは,一人息子の家庭教師をしていたJacquesの娘のためにも,二審でも無罪を勝ち取ろうとしていました。Jacques の裁判は必ずしも有利には進んでいませんが,職場にも,一人息子にも迷惑をかけながらも,ひたすら録音テープを聴き続けます。そして,裁判の進行に合わせて,的確なメモを Éric に渡し続けます。それで,なんとか盛り返すことができています。
 あやしいのはSusanneの愛人であったDurandet という男です。彼がマスメディアやネットを使ってJacquesを批判する発言をして,世間がJacquesが犯人であるという印象を持つように誘導していました。それが検察官にも影響しているようです。しかし,しだいにNoraは,Jacques が無罪というだけでなく,Durandetこそが犯人ではないかと考えるようになります(可能性としては,Susanneの失踪という線もありましたが)。
 この映画のタイトルは,原語からすると「心からの確信」というような意味でしょうか(あまり自信はありません)。Noraがなぜ他人の裁判にここまで入れ込むのかは理解できないところもありますが,無罪の人が有罪になるのは不正義だという純粋な信念からなのでしょう。Intimate の原義は「深いところから」というような意味です。そこからごく親しいというような意味も派生しています。Noraが無罪と確信するのは,ほんとうに心の深いところからそう思っているということなのでしょう。
 この映画では,フランスの警察も検察も裁判所も,推定無罪の原則を軽視し,警察はろくな捜査をせずにJacquesを犯人扱いし,検察も仮説と想像だけでJacquesが犯人というストーリーをつくって起訴していました。しかも裁判長までそのストーリーに乗りかけているなか, Éricは,証拠がない以上,推定無罪であるはずだということを,最終陳述で説得的に述べます。ここは感銘を与えます。
 一方で,Éricは,Noraが,DurandetがSusanneを殺したとする見解について, Éricはそれも仮説にすぎないとしてはねつけます。Durandet にも推定無罪があてはまるということです。Éricは,証拠に基づいた裁判をすべきで,安易に想像で物を言ってはならないという警告をしたのだと思います。仮説で人を罰するなということでしょう。
 とはいえ,Jacques が無罪となったのには,Noraの物的根拠のないJacques 無罪の「確信」があり,その正義感も大いに意味があったのです。ただ裁判でJacquesが勝てたのは,判事たちにJacques 有罪の確信がなかったからです。Éricが勝てたのは,真犯人が誰かを追求するのではなく,Jacquesが犯人である証拠がないというところにこだわったところにありました。弁護士としては当然のことですが,裁判というのも一つの専門的なゲームなのであり,素人のNoraの情熱とプロの技をもつ優秀な弁護士がタッグをくんで,Jacques 無罪を勝ち取ったのだと思います(映画のエンドロールでは,その後も,Susanne は見つかっていないし,Durandetもつかまっていないことが,流れていました)。
 私たちのいまいるネット社会では,簡単に犯人の決めつけがなされ,それが私たちの「確信」につながってしまう危険性があります。そうした主観的な犯人像の形成が,検察官や裁判員の判断に影響してしまうおそれもあります。推定無罪の原則,証拠に基づく裁判という原則の重要性を改めて確認させられるような映画でした。
 東京五輪の汚職事件では,どんどん検察から(?)リークがされている点が気になります。裁判所が有罪という判断をするまでは,私たちは,安易に有罪を「確信」しないように気を付ける必要があります。

 

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