デジタル給与
労働政策審議会労働条件分科会で,資金移動業者の口座への賃金支払について議論されていて,ようやく解禁に向けて動いていきそうです。
資金移動業者とは,「賃金決済に関する法律」というところに定義があり,内閣総理大臣の登録を受けて,「銀行等以外の者が為替取引を業として営む」者とされています(2条2項および3項,37条)。キャッシュレス決済アプリを提供する事業者などが,これに含まれます。賃金をアプリ上の口座に直接振り込まれることができるようになると,国内に銀行口座をもたない人(外国人など)は助かるでしょうし,○○payを日常の決済手段に使っている人にとっては,銀行口座からチャージする手間が省けて助かるでしょう。ただし,業者がどこまで信用できるかということなどをめぐって反対論もあるようです。労働者の生活に関わる根本的なものなので,賃金の払い方の規制緩和には慎重であるべきという主張はよく理解できるところです。
ところで,「デジタル給与」が認められない法的根拠はどこにあったのでしょうか。それは労基法24条1項で定める賃金通貨払いの原則です。賃金は通貨で払わなければならないのです。これは,もともとは現物給与(Truck System)には弊害があるということで設けられたものなので,現物給与だけを禁止してもよかったのですが,通貨しかダメということになっています。小切手での支払もダメです。例外は,法文上は「法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合」であり,労働基準法施行規則7条に具体的な例外が定められています。それにより銀行口座や証券口座への振込は,本人の同意などの一定の要件を充足すれば可能とされ,現在では,これが一般的な給与の支払い方法となっています。
本来の禁止対象である現物給与とデジタル給与とは質が違うものであり,デジタル給与は,例外として許容する範疇に加えてよいように思われます。問題は,資金移動業者が,銀行や証券会社ほど信用を置けるのかということですが,そこの部分は業法での厳しい規制で行ってもらうということでよいと思います。「人事労働法」的にも,通常の同意ではなく,納得同意は必要ですが,それがあれば,それ以上の規制は不要ということになります(拙著『人事労働法』(弘文堂)115頁も参照)。
日常の代金の支払いなどでデジタル決済は普通に行われているのであり,労働契約における賃金の支払いだけ特別に扱うというのは,もはや時代に適応しないのではという気もします。もちろん支払われる側が,通常の取引の場合の多くは事業者で,労働契約の場合には労働者であるという違いをしっかりみなければならないという労働法的な思考方法は大切ですが,いやなら選択しないということでよいのではと思います。無知で,企業に強要されやすい弱い労働者がデジタル給与を選択させられて被害を受けるというシナリオは,もしそれが現実的な危険としてあるのなら,そうならないように情報の提供をしっかり行い,何かあったときのトラブル対応の行政窓口を充実させるという方法で対処すべきであり(上記の業法的な規制があることも前提です),労基法24条との観点からは,デジタル給与について,それほど強い制約を設けなくてよい気もします。
それじゃ,お前は選択するかと聞かれると,私は選択しないと思います。公共料金をはじめ,いろんなものの引き落としを銀行口座で設定しているからです。でも,これって銀行口座にロックインされていることを意味するので,少しずつ見直していく必要があるかなとも思っています。賃金でデジタル給与というのが増えてくると,賃金ではない講演料や原稿料の支払いはアプリに振込みということにしてもいいですよね。当局も,そのほうが,お金の流れを追いやすくなってよいでしょう(ちょっとイヤですが)。
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