年功型処遇変更のシナリオ
岸田首相は,先日のアメリカ出張で,ニューヨークの証券取引所での講演をした際に,労働市場の改革についてアピールしました。日本語版が外務省のHPで掲載されています。5つの優先課題があるとしたうえで,「第1に、「人への投資」だ。 デジタル化・グリーン化は経済を大きく変えた。これから,大きな付加価値を生み出す源泉となるのは,有形資産ではなく無形資産。中でも,人的資本だ。だから,人的資本を重視する社会をつくりあげていく。まずは労働市場の改革。日本の経済界とも協力し,メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを,個々の企業の実情に応じて,ジョブ型の職務給中心の日本に合ったシステムに見直す。これにより労働移動を円滑化し,高い賃金を払えば,高いスキルの人材が集まり,その結果,労働生産性が上がり,更に高い賃金を払うことができるというサイクルを生み出していく。そのために,労働移動を促しながら,就業者のデジタル分野などでのリスキリング支援を大幅に強化する。」とされています。日本語版ではキーワードは盛り込まれているのですが,英語版でみると,少しインパクトが小さい感じもしました。いずれにせよ,経済界と協力して年功型の処遇を変えるということを,すんなりそのまま信じるほどアメリカの投資家は甘くないと思います。労働市場改革は,新しい資本主義などと同じように,それだけではほとんど意味がない言葉です。
年功的な職能給を職務給に変えるというのですが,経済界も協力してというのは,どういうことなのでしょうかね。経団連が音頭をとって,職能給を止めようということになるのでしょうか。そもそも年功型の処遇は,どうして存在しているのかが重要です。私も,年功型の処遇は変わっていくと考えていますし,企業は変えていくことになるでしょう。ただ,それを引き起こすのは技術革新などの客観的な要因です。年功型処遇は,長期雇用や企業内人材育成というものと密接に関係しているものです。これが日本型雇用システムです。まずは,このシステムの功罪をしっかり総括して,何が問題であるのかをきちんと示す必要があるでしょう。年来の労働市場改革の試みがうまくいっていないのは,このような総括をしないまま,票になりそうなところだけ手を入れていこうとするからです。同一労働同一賃金という名の不合理な格差の禁止規定なども,その類いです。
DXによる定型的な業務の消滅,非定型的な業務に従事するプロ人材の需要の増大,技術革新のスピードによる企業内人材教育の難しさ,外部労働市場から労働力を調達する必要性などがあいまって,これまでの日本型雇用システムが激変して,それが賃金体系などに影響していくという一連の大きな構造改革を見据えた改革提言でなければなりません。
「スローガン」というのは,ときには必要ですが,それが行きすぎると,あとに失望がきて,政府の信用がなくなります。国内だけでなく,国外での信用も落とすようなことはやめてもらいたいものです。いずれにせよ,この問題では,解雇改革にどこまで本気で取り組めるかは避けて通れません。岸田首相は,解雇改革に本気で取り組めるでしょうか。まずは山本陽大さんの『解雇の金銭解決制度に関する研究』をしっかり読んで勉強してもらいたいものです。
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