« 年功型処遇変更のシナリオ | トップページ | 「ちむどんどん」最終回 »

2022年9月29日 (木)

理研の大量リストラ問題について

 理化学研究所において有期雇用の研究者の大量雇止めが話題になっています。事件の詳細はわかりませんが,おそらく労契法18条の無期転換ルールの影響でしょう。5年の無期転換が科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(イノベ法)で10年になっているので,(同条施行の2013年4月から起算して)20183月に起こるはずであった有期の研究者の雇止めが20233月まで引き延ばされていましたが,いよいよ「そのとき」が来ているということです。前に専修大学事件の東京地判で語学教員の事案について紹介しましたが,今回は一線の研究者も含まれているようなので,より事態は深刻です。
 労契法18条は悪法ですが,本来5年(イノベ法などの適用があれば10年)も雇っているなら無期にせよという理屈は,わからないではありません。ただ,これは有期にするか,無期にするかを,5年あるいは10年のところまでに判断せよということでもあり,そこで無期にならなかったら雇止めになるということを織り込み済みの法的ルールなのです。その意味で,無期転換回避目的の雇止めは違法という理屈はやや苦しいところがあると考えています。
 もちろん雇止めは簡単にはできるわけではありません。かつての判例の雇止め制限法理を成文化した労契法19条があるからです。ただ,同条は,10年の期間を超える更新の期待に合理的な理由がないと判断されれば,雇止めそれ自体の正当性審査に入るまでもなく雇止めが有効となる可能性のある規定でもあります。財政的に余裕がない研究機関側が,労契法19条の制約を乗り越えて有効な雇止めを行う方法は,この法理に詳しい弁護士などに聞けば,それを見つけ出すこと(不更新条項,更新上限条項など)はそれほど難しくないでしょう。かりに,このような方法を使用者が模索したとしても,その行動を頭ごなしに非難することはできないと考えています。
 もちろん,無期にできないから雇止めにするというのは,研究者側にはやりきれないところがあるでしょう。ましてや,それが無期で雇うだけの財政的余裕がないということであれば,財政支援を十分にしない国を恨みたくもなるでしょう。ただ,これは労働法だけでは解決が難しい問題で,研究者の研究環境をどのように確保するかという観点からも議論すべきもののように思います。
 ところで,労契法18条は,無期転換後の労働条件は従前と同一でよいとしているので,実は財政的な面だけが理由であれば,有期契約を10年で切らずに更新して無期転換すればよいともいえそうです。有期から無期に転換した研究者には,特別な就業規則を設けて,最初から無期で採用されている研究者とは違った処遇を用意することは可能です(そこでも,まったく法的な問題が起こらないとは言えませんが,詳細は省略します)。処遇が他の無期の研究者並みでなければいやという研究者もいるかもしれませんが,雇止めになるよりは,雇用の安定を得て,従来の処遇を維持できて,研究環境を維持できるメリットは大きいと考える研究者も多いでしょう。雇止めにするか,従来の無期研究者と同じ地位を付与するかという選択肢しかないのではなく,処遇を維持したまま無期にするという第三の選択肢(これこそが労契法18条が想定している本来の選択肢)もあるのです。もっとも,第三の選択肢に対しては,無期である以上,テニュアの研究者として,しかるべき処遇を認めるべきであり,半端な処遇はすべきではないという説得力のある反論もありそうです。そう考えると,労契法18条が想定していた第三の選択肢は,研究機関にはあてはめるべきではないのかもしれません(そうだとすると,期間の特例を設けるより,そもそも労契法18条それ自体の適用除外とすべきことになるでしょう)。
 また無期になると,能力不足が判明したり,財政状況がいっそう悪化したりしたときの解雇が難しくなり,研究者全体の処遇を低下させなければ雇用を維持できないことになりかねません。そうなると,優秀な人材が転職したりヘッドハンティングされたりする可能性が高まるでしょう。有期の研究者の雇用や研究環境の安定を考えたがゆえに,研究機関の存続に影響するようなことになれば,それは本末転倒でしょう。
 こうなると,解決策はおのずから限られてきます。研究機関には十分な財政支援をすべきであると同時に,一方で,研究者の能力審査は厳密にし,能力がない研究者には去ってもらうという解雇ルールが求められるということです。能力を度外視した雇用保障のためには財政資源は使わないが,今回の理研問題のように能力がある研究者まで雇用や研究環境を失うことがないようにお金を使うということが明確にされれば,国民の納得する税金の使い方といえるでしょう。研究機関(とくに税金が入っている国の研究機関)は通常の民間企業とは違うところがあり,国の将来を支えることになる研究には,徹底した能力主義が求められるということです(ただし安易な成果主義は,成果の出にくい基礎的な研究が不利になるので避けなければなりません)。もちろん,実はこれは民間企業でも同じことなのかもしれないのですが。

« 年功型処遇変更のシナリオ | トップページ | 「ちむどんどん」最終回 »

労働法」カテゴリの記事