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2022年8月 2日 (火)

懲戒の官民格差

 8月1日の日本経済新聞で,「厳しすぎる懲戒『待った』」という記事が出ていました。公務員と民間で懲戒基準が違い,それは公務員には懲戒権の根拠があるのに対して,民間にはないからという説明をしています。ただ,民間企業にも懲戒権があることは,最高裁は前提としており,そのうえで就業規則に懲戒の種別と事由を定め周知することによって懲戒できるとしています(フジ興産事件・最高裁判決。拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(2022年,弘文堂)の79事件を参照)。こうした判例があるので,根拠論での官民の違いはあまり関係ないでしょう。むしろ公務員の勤務関係の特殊性が,この問題にどこまで影響するかが重要と思われます。これは大問題であり,すでに行政法では克服されていると思われる公法私法二分論の亡霊が公務員判例では徘徊しているのではないか,というような議論も出てきそうです。
 ところで,日経の記事で取り上げられている二つの事件のうち,公務員に関するのは,氷見市事件・最高裁判所第3小法廷2022年6月14日判決(令和3年(行ヒ)164号)です。まず,公務員の懲戒処分についての判例の一般的な枠組みは,「懲戒権者は,諸般の事情を考慮して,懲戒処分をするか否か,また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択するかを決定する裁量権を有しており,その判断は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に,違法となるものと解される」としています。公務員法における懲戒処分の適法性に関する判例の動向について詳しく調べたことはありません(公務員事件は,労働法研究者はあまり扱いません)が,判例の判断枠組みからは,たしかに非違行為と懲戒処分の重さとの比例性が厳しく審査される民間企業よりも,懲戒処分が有効とされやすい判断枠組みのようには読めます。
 ところで,この事案は,同僚の暴言・暴行などにより停職2カ月の懲戒処分を受けた公務員が,停職期間中に,被害者である同僚に対して,この懲戒処分についての審査手続の調査において,加害者に不利益となる行動をしないようにするなどの働きかけをしており,これについて,さらに停職6カ月の懲戒処分を受けたというものでした。原審は1回目の停職処分は適法としましたが,2回目の停職処分は重すぎるとして違法としましたが,最高裁は,2回目の停職処分も,「懲戒権者に与えられた裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用したものということはできない」として,原判決を破棄して,差し戻しました。
 公務員の特殊性という点では,最高裁において,「懲戒の制度の適正な運用を妨げ、審査請求手続の公正を害する行為というほかなく、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に明らかに該当することはもとより、その非難の程度が相当に高いと評価することが不合理であるとはいえない。」という部分を指摘できるかもしれませんが,本件では,認定された事実によると,処分を受けた公務員の行動は相当に悪質であり,停職処分6カ月を違法とする原審判決のほうが甘すぎるような気もしました。民間企業で同様のケースであっても,その企業の従来の取扱いなども関係しますが,権利濫用とならない可能性があったと思います。
 ここで重要なのは,懲戒処分には,雇用終了型懲戒処分と雇用継続型懲戒処分の二つのタイプがあり,それは分けて考えたほうがよいということです(この区別については,拙著『人事労働法』(弘文堂)143頁を参照)。前者は,当事者の非違行為に対する制裁と他の従業員への(同種行為をしないようにとの)威嚇という機能があるのに対して,後者は,これらの機能もありますが,加えて,当該被処分者への教育的効果というものがあり,そちらのほうが重視されます。前者は制裁の程度が大きいので,まさに刑罰と同じような意味のある重い処分として,厳しい有効性審査がされるのに対して,後者は雇用が継続されているなかでの処分であり,非違行為との釣り合いは求められるとはいえ,教育的効果もふまえてある程度の裁量は認められるべきなのです(これは懲戒権の濫用に関する労働契約法15条の解釈で考慮されることになるでしょう)。
 もう一つの日本郵便事件では最高裁決定はネットではみられませんでしたが,決定なので上告不受理・上告棄却だったのでしょう。原審の札幌高裁の判決(20211117日(令和2年(ネ)第75号))をみると,出張費についての不正請求をしていた職員への懲戒解雇について,これを有効とした1審判決を取り消して,権利濫用で無効とされていました。この事件では,同種事案で処分された他の職員は,停職3カ月の懲戒処分にとどまっていました。札幌高裁は,非違行為の態様等は,他の職員とおおむね同程度にあるにもかかわらず,この職員だけ懲戒解雇というのは均衡を失すると判断しました。
 これは,懲戒権についての使用者側の裁量についての官民の違い(民のほうが狭い)と説明することもできますが,やはり処分が解雇のような雇用終了型となると,停職とは質的に異なるのであり,そこが大きかったとみるべきでしょう。私は,懲戒解雇は,普通解雇よりも,解雇の有効性が比較的認められやすいと書いてきたのです(拙著『解雇改革―日本型雇用の未来を考える』(2013年,中央経済社)67頁)が,それは非違行為が懲戒解雇に適した重大なものであれば,解雇回避の要請が働かないという点を述べたもので,非違行為自体の重大性がないという理由で懲戒解雇が無効となることは十分にありえるのです。今回は,やや日本郵便側に厳しいかなという気もしないわけではありませんが,やはり解雇となると,非違行為の懲戒解雇事由該当性の判断(あるいは権利濫用性の判断)で,労働者に有利な事情がかなり広く取り上げられます(普通解雇事案ですが,1977年の高知放送事件・最高裁判決[前掲『最新重要判例200労働法』の47事件]も参照)。本件でも,他の処分者との均衡だけでなく,不正請求の回数は多かったものの,1回あたりの額がそれほど大きくなく,私腹を肥やしたということでもないし,会社のチェックが杜撰という面もあることなどが考慮されました。
 日経の記事での,懲戒の官民格差というのは,面白い切り口で,重要な問題提起をしていると思います。ただ今回の6月の両判決を官民格差の例として挙げるのには,上に述べたような留保が必要ではないかと思います。
 公務員だから重い処分でよいというのは,市民感覚に合致するかもしれませんが,公務員も労働者だという観点から考えた場合には,問題があります。公務員の争議権の制限なども含めて,公務員に関する労働問題は,古くて新しい問題です。最近では,早津裕貴さんの『公務員の法的地位に関する日独比較法研究』(日本評論社)という重厚な研究書も刊行されています(お送りいただき,ありがとうございました。非正規公務員の処遇改善という問題意識によるものですが,公務員の勤務関係について,今後いっそう踏み込んだ研究をされることを期待しています)。

 

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