労働者派遣法40条の7
少し前ですが,産経新聞に「刑務所は偽装請負でも採用義務なし 「官民矛盾」判決の波紋」という記事が出ていました。メディアは「官民」格差ネタが好きなようですね。法的には,公務員の勤務関係の特殊性は難問で,民間部門との「格差」がどこまで正当化されるのかは,よくわからないところがあります。
労働者派遣法40条の6の定める偽装請負(その他の一定の違法派遣)の場合の「労働契約みなし申込み制」は,昨年11月の東リ事件・大阪高裁判決で,はじめて派遣先との直用を認める判決が出たのですが,この判決は今年6月に最高裁で上告不受理決定となり,確定したそうです(担当の村田浩司弁護士による。https://www.minpokyo.org/incident/2022/07/9362/)。
今回の大阪医療刑務所事件(大阪地判2022年6月30日)は,国の偽装請負をめぐり,40条の7の適用が問題となりました。40条の6とは異なり,40条の7は,労働者派遣の役務の提供を受ける国または地方公共団体の機関に,「採用その他の適切な措置を講じなければならない」と定めるにとどめていて,労働契約の申込みをみなすという規定にはなっていません。
労働者派遣法40条の6は,立法論としては疑問ありと考えていますが,国や地方公共団体となるとどうかは,あまりよく考えたことがありませんでした。現行法の規定はさておき,理論的には,二つの考え方がありそうです。一つは,公法上の地位の特殊性を考慮して,強制的な採用はできないとする考え方,もう一つは,逆に,国などは民間企業のような採用の自由を主張できる立場にないので,強制的な採用は認められてよいという考え方です。また非常勤職員(公務員)の再任用拒否をめぐる議論も参考にしながら,この面での民間企業の労働者と公共部門で働く労働者(派遣労働者は公務員ではありません)との間の格差をなくしたほうがよいという考え方もありそうです。
今回の裁判では,労働者は,国が採用をしなかった不作為の違法確認(行政事件訴訟法3条5項),採用の義務付け(行政事件訴訟法3条6項1号または2号),国家賠償法に基づく逸失賃金と慰謝料の請求をしました。
裁判所は,次のように述べています。
「私人間における労働契約関係が合意によって成立するのと異なり,国等の機関で勤務する公務員の地位については,国家公務員法その他の法令や条例によって規律されるものであり,国家公務員においては,能力の実証に基づく成績主義(国家公務員法33条1項)や公正な任用(同条2項1号)といった原則の下,『採用』は原則として競争試験によるものとされるなど(同法36条1項本文),採用及び欠員補充に当たって、様々な基準及び手続が法定されていること,常勤の職員については定員が法令等によって定められている他(国家公務員について,行政機関の職員の定員に関する法律1条等),勤務条件や職員への給与の支払につき,法令上の根拠や予算措置が必要であるといった公務員の地位の特殊性を踏まえたものと解される。」とし,また「労働者派遣法40条の7第1項は,このような公務員の地位の特殊性に鑑み,同法40条の6第1項の要件を満たす場合であっても,公務員については,派遣労働者の意思によって直ちにその地位が生ずることとなる効果をもたらすことは相当でないとして,国等の機関を同項の定める申込み擬制の対象から外すとともに,派遣労働者の雇用の安定を図るという同項の趣旨を踏まえ,これらの機関に対しては,『採用その他の適切な措置』を講ずべきこととしたものと解される。このような同法40条の7第1項の趣旨及び性格並びに同条が『採用その他の適切な措置』と規定し,採用は例示であると解されることに照らせば,国等の機関は,同条の要件を満たす派遣労働者からの求めがある場合であっても,直ちに当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする公務員として採用すべき義務があるものではなく,当該派遣労働者の能力,職務内容,賃金や期間(労働契約の始期及び終期)等の労働条件,派遣労働者からの求めがなされた時期及びそれまでに取られた措置の有無・内容,当該業務にかかる定員及び欠員の状況等の諸般の事情を踏まえ,『採用その他の適切な措置』を講ずべきか否か(例えば求めが行われる前に労働者派遣法40条の7第1項所定の適切な措置に相当する対応がとられていた場合や,求めがあった時点で派遣労働者と派遣元との間の労働契約関係が終了していた場合は,措置を講ずる義務を負わないことも考えられる。)や,講ずる場合にいかなる措置を講ずるかを決すべきものであり,その措置の中には,他の機関における非常勤職員募集の情報を提供することや,一定期間経過後に欠員が生ずる見込みがある場合にその情報を提供することなど,当該派遣労働者の雇用の安定に資する事実行為を含む様々な行為が含まれる(したがって,処分に当たる行為に限られない。)と解するのが相当である。」と述べました。
このように,裁判所は,公務員の地位の特殊性と40条の7の文言などを根拠にして,国に採用義務があるとする労働者側の主張を認めませんでした。このほか,40条の6第1項5号の「法律の規定の適用を免れる目的」があったとはいえないとし,さらに国賠の要件と解されている,職務上の法的義務違反もなかったとしました。
裁判所は手堅い解釈をしたと思います。条文上は「採用その他の適切な措置」としか書かれていないので,採用を義務づけたと解すのは,かなり難しそうです。しかし,同条の制定過程での当時の民主党政権の大臣答弁では,文言は違っても,民間と同じであると述べていたようです。そうだとすると,「採用」以外の「その他の適切な措置」は例外的なものとする解釈もできそうではあります。 労働者側からすると,40条の7がある以上,一定の期待をするのは当然であり,その面を重視すると,裁判で救われてもよいということになりそうです。
ただ研究者の観点からは,前述のように40条の6がそもそも問題のある規定ですし,また国民目線で考えたとき,国が偽装請負をしたからといって,その事実だけで労働者が国に採用されてしまうことに疑問をもつ人もいるでしょう。
問題は,政府がこんな法律をつくったことにあります。法律に問題があるので,労働者に期待だけもたせておきながら,裁判所がはしごをはずすようなことが起こるのです。これは40条の6についても同様で,東リ事件のような判決が続々と出てくるとは考えにくいところがあります。裁判官からすると,派遣労働者が,違法派遣をきっかけに,派遣先に直接雇用となるとするのは,ことが労働契約の設定ということであるので,そう簡単には認めるべきではないと考えるでしょう。実際,条文上も,法適用の潜脱目的,善意無過失などの要件があってハードルが高いものとなっています。そうなると,よほどの恵まれた事案でなければ,偽装請負の事例で派遣労働者が直接雇用を勝ち取ることは難しいのではないかと思います。40条の7になると,なおさらです。
だから経済界は40条の6を受容したのかもしれませんが,それはやはり無責任なことです。紛争が起きてこじれることは容易に予想できたはずです。そして,こうした紛争が40条の7をとおして国にまで及んできているのです。自治体も訴訟に巻き込まれることがあるでしょう。法律は紛争が起きないようにつくったほうがよいのです。紛争の芽があれば,それはできるだけ摘んだうえで,法律をつくってほしいものです。