モルヒネ誤投与事件に思う
ネットニュースでみましたが,必要量の100倍のモルヒネを投与されて90歳代の患者が死亡した事件で,処方した医師と調剤薬局の薬剤師が書類送検されたそうです。医師のミスですが,薬剤師もそれを見逃したようで,ひどい話です。薬剤師が処方箋の内容について,発行した医師に問い合わせることを「疑義照会」というそうですが,それが機能していなかったのでしょう。その背景には,医師と薬剤師の力関係があるのかもしれません。疑義照会されると不機嫌になる医師がいるという噂もあります。もしほんとうに疑義照会をしにくい状況がもしあるのだとすると,それは患者軽視も甚だしいことです。なお,薬剤師法24条には,「薬剤師は,処方せん中に疑わしい点があるときは,その処方せんを交付した医師,歯科医師又は獣医師に問い合わせて,その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない」とされ,違反には50万円以下の罰金という刑罰がついています(32条6号)。ただ,今回の薬剤師の書類送検は,この罪ではなく,業務上過失致死罪(刑法211条)の容疑ということのようです。
ところで,医師も人間であるからミスもあるでしょう。それをチェックするのが薬剤師であり,そこできちんと対応できないのであれば,ロボット調剤と同じであり,むしろそれに任せたほうがよいといえます。こういうチェックも今後はAIに任せたほうが安心であるともいえるのであり,処方箋を機械的に処理するだけであれば,薬剤師不要論も出てくることになるでしょう。これは「AIが仕事を奪う」の典型的なテーマであり,人間の調剤ミスの割合を考えると機械化を進めたほうがよいという議論もあるのです。今回のような重大なミスがあり,また疑義照会という法律上の義務でさえ機能しにくい状況が解消できそうにないのなら,本気で機械化を考えていくべきでしょう。薬剤師の人たちは,これは一部の人の問題で,大多数の薬剤師はきちんと対応していると言いたいでしょうが,こうしたありえないミスで人が亡くなっていることの重みを認識してもらう必要があります。国民が納得できるような改善策をしっかり提示できなければ,その職業上の権威に大きく傷がつくことになるでしょう。
もちろん医師側にも問題がないとはいえないでしょう。私は宇沢弘文の『社会的共通資本』(岩波新書)の考え方に深く賛同しており(前にも採り上げたことがありました),宇沢は医療制度を社会的共通資本の典型の一つに挙げ,医療制度を市場メカニズムに乗せることを批判し,医師が医学的見地から最も望ましいと判断した診療行為をおこなったときは,そのときに必要となる費用が医療機関の収入となるべきであると主張しています。医師の報酬は,それにふさわしい高いものが保障されるべきであるという主張も含まれているのですが,その前提には,医師がどのような医療が必要かについて,その専門性と職業的倫理に基づき明確に提示することが大前提となっています。医学教育は,専門性だけでなく,職業的倫理の習得もさせなければならず(やってくれているとは思いますが),そうしたプロが必要と考えるものは,社会できちんと負担すべきということになるのです。それが国民にとってきわめて重要な医療サービスの提供体制を整備するための基本的な枠組みということです。私は,この考え方は正しいと考えますが,現実の医師にどこまでの倫理性があるのかが気になります。大多数の医師は職業倫理をもって誠実に仕事をしていると思います。しかし,例外もいるのであり,その例外的な医師に患者としてぶちあたらないようにするために,どうすればよいか。それは医師側から,自分たちの職業的権威とプライドをかけて対応をしてもらえたらと思います。上記の薬剤師と同じことです。
ミスがあったあとの対応が重要です。医療事故はよくあることで仕方がないということで済まさず,誰一人もミスで亡くなることがないように努力してもらいたいです。今回の事故は重大なインシデントとみて,厚生労働省も医師会もしっかり対策を講ずるよう望みたいと思います。
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