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2022年7月 5日 (火)

ILO条約未批准問題

 ILOの中核的労働基準に関係する8つの条約のうち,日本は,2つの条約が未批准として残されていました。それが,強制労働禁止に関する第105号条約と雇用差別禁止に関する第111号条約です。
 ところで,国家公務員法における争議行為禁止規定(982項)は,合憲性をめぐって争いがありました(理論的には,いまなおある)が,とくに同項前段で禁止する違法な行為のあおりなどに対しては刑罰が科される点が問題とされてきました。その刑罰規定は長らく「110117号」だったのですが,第204回国会(2021年)において,同号が廃止され,111条の2が新設されました。1101項は懲役または罰金が科されるものでしたが,そこからはずして禁錮または罰金刑としたのです。懲役と禁錮の違いは,懲役では労働(所定の作業を行うこと)が含まれる点にありました(刑法122項)。公務員の政治的行為の禁止(1021項)も同様です(110119号は削除)。この改正がなされた法律は,その名も「強制労働の廃止に関する条約(第百五号)の締結のための関係法律の整備に関する法律」(議員立法)であり,政治的行為の禁止に違反する行為としての罰則や争議行為のあおり等に関する罰則としての懲役刑が,105号条約との抵触があったということで,その点を改めたということです。そして,今般の国会で,「強制労働の廃止に関する条約(第百五号)の締結について承認を求めるの件」が全会一致で承認されました。これにより,政府は,105号条約の批准手続を進めることになります。
 これはよかったのですが,今般の国会では,刑法改正がなされ,禁錮に関する刑法13条が削除され,12条の懲役が拘禁に変わり,同条2項の「所定の作業を行わせる」がなくなり,従来の禁錮と同様の「刑事施設に拘置する」だけになりました。そして,拘禁については,「拘禁刑に処せられた者には,改善更生を図るため,必要な作業を行わせ,又は必要な指導を行うことができる」となりました(同条3項の新設)。  
 これにより,国家公務員法110条で科される刑も拘禁刑となります。このため,前年になされた同法111条の2の分離をする必要がなくなったため,いったん111条の2に実質的に移されていた110117号と19号は,それぞれ16号と18号に復活することになりました(なお,地方公務員法についても,同様のことがなされています)。拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(2022年,弘文堂)の第161事件(全農林警職法事件)では,事件当時の国家公務員法の110117号のままになっていますが,現在では,111条の21項,そして,改正法が施行されれば,110116号が該当条文になります。
 ところで,もう一つの未批准条約であるILO111号条約はどうなるのでしょうか。途上国も含めて大多数の国が批准しているにもかかわらず,国内法との不整合があるとして批准しないことは,日本のイメージを悪くしているおそれがあります。国内法を整備することが大切というのは,条約の精神からすると,それ自体はまっとうなことですが,日本の現行法が批准するに値しないものかはよくわからず,むしろそこを厳格に考えて批准をしようとしないこと自体が,日本の国益を損ねている可能性がないでしょうか(日本人が,外国から,雇用差別が改善できていない遅れた国の国民とみられかねません)。
 この問題について,YouTubeで検索していたら,参議院外交防衛委員会で共産党の井上哲士議員が質問している動画をみつけました。そこで,厚労省の役人が答弁のなかで,国内法で111号条約と不適合なものの例として挙げていたのは,意外な(?)条文でした。それは,労働基準法611項の年少者の深夜業の禁止規定があるなか,交代制によって使用する満16歳以上の男性についてはこの限りでないとなっており,この男性にだけ許容している部分が差別的ということのようです。ただ,この規定については,即刻,改正を発議することでよいのではないでしょうか。また,妊産婦以外の女性に対する,坑内の有害業務の禁止(同法64条の22号)もネックになるということのようですが,これくらいの規定で,第111号条約の批准に向かうことができないというのは,国民への説明として通用するでしょうか。また前述の公務員の政治的行為の禁止が,政治的見解による差別の禁止を定めるILO111号条約と抵触するという点は,多少重い論点となりますが,これとて,国家公務員法102条1項は違憲論もあり,改正の余地がないわけではなく,そこまでいかなくても,井上議員も指摘していたように,公務員の労働基本権の制限は乗り越えて団結権保障等に関するILO87号や98号に批准していることからすると,あまり説得力がないように思います(もちろんILOからは,公務員の労働基本権の保障について何度も勧告を受けているようであり,政府はそれにこりて,簡単に批准できないということかもしれませんが)。
 ILO関係は,従来ほとんど勉強してこなかったので,特段の専門的な私見をもっているわけではありませんし(『注釈労働基準法(上巻)』では「国際労働基準」が割り当てられ,字数がきわめて限定されるなか,内容の薄い紹介だけしていますが),上記のコメントには思わぬ誤解があるかもしれませんが,ただ,普通の国民の感覚として,ILO111号条約になかなか取り組もうとしない政府の態度は問題ではなかろうか,という問題提起はしておきたいと思います。

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