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2022年7月 8日 (金)

平和と言論の大切さ

 この日本で,政治家が銃弾に斃れることがあるなんて信じられないことですが,そういうことが起こってしまいました。安倍晋三氏のご冥福を,心よりお祈りします。岸信介の娘である安倍氏の母も,逆縁はほんとうにお気の毒です。
 私の生まれる前の事件でしたが,当時の野党第一党の社会党の浅沼稲次郎委員長の暗殺事件は,子どものころから,誰に教えられたわけでもなく,何となく知っていて,政治家というのは大きな危険と背中合わせの仕事だという思いをもっていました。あれから半世紀以上が経ち,この浅沼事件やさらに戦前の原敬暗殺,515事件,226事件などは,はるか昔の歴史上の出来事となり,政治活動とは平和的なものだというように多くの人が思うようになっていたと思います。元総理大臣で,なお与党内で権力をもっていた人が,選挙遊説中に殺されるなど,とても想像できないことでした。
 ただ,Putinの戦争が連日,メディアで報道され,アメリカで頻発している銃の乱射事件(個人だけでなく,警官も起こしている)も伝えられているなかで,なにか暴力的なものが私たちの日常に入り込んで,慣れを生んでしまうのではないかという懸念がありました。もちろん,これが今回の事件と関係しているのか,よくわかりませんが。
 今回の犯人に政治的な動機があったかよくわかりませんが,もし犯人が暴力で政治を変えようとしたのであれば,それは大きな間違いです。政治への不満は,言論と投票で表明すべきなのです。何のための普通選挙でしょうか。男女に関係なく,財産に関係なく,誰でも18歳以上であれば選挙できるのです。このことのもつ価値と力は重いものです。
 もちろん,今回の参議院選挙で,安倍氏の死への同情というだけで,自民党に投票するという行動はすべきではありません。「野党の言うことは聞かない」といったような民主主義の根幹を崩す発言をする大臣がいる与党内閣には,厳しい目を向けなければなりません。いずれにせよ,国民は,冷静に,どの政党や議員が平和と人権を守ることを最も真剣に考えているのかを判断し,そういう政党や議員に託すしかないのです。その努力を惜しんで,暴力に訴えても,何も変えることはできません。暴力は,結局は,権力者を利することになります。権力者による国民の自由の抑圧を正当化することになりかねないからです。たとえ権力の壁は厚くても,そこで歯を食いしばって言論を守ることこそ,私たちの社会の未来にとって大事なのです。選挙に負けた大統領が,議会を占拠するよう呼びかけるような野蛮な国になってはいけないのです。安倍氏の死を無駄にしないためにも,平和と言論の大切さを,私たちはいま一度しっかりかみしめ,子どもたちに伝えていかなければならないでしょう。

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