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2022年7月13日 (水)

侮辱罪の厳罰化への疑問

 

 刑法231条(侮辱罪)の法定刑が引き上げられ,懲役または禁錮,罰金が追加されました。懲役または禁錮は,将来的には,拘禁刑に統合されますが,侮辱罪の改正のほうが先に施行されましたので,当面は懲役または禁錮という刑は残ります(拘禁刑の導入される改正刑法は,公布の日から3年以内の施行とされています)。
 侮辱罪は,事実を摘示せず,公然と人を侮辱する場合に適用されるものであり,侮辱とは,「他人の人格を蔑視する価値判断を表示すること」と解されています。今回の改正の理由は,「近年における公然と人を侮辱する犯罪の実情等に鑑み,侮辱罪の法定刑を引き上げる必要がある」とされていますが,とくにネット上の誹謗中傷への適用を想定したものと言われています。政治家の言動や政策への批判は,侮辱にあたると解すべきではないのですが,それが必ずしも明確ではないことから,懲役刑まであるとなると,政治的言論についての重大な制約となるおそれがあります。ちなみに関西弁のアホは,関東弁のアホとはずいぶんとニュアンスが違うものであり(「探偵ナイトスクープ」の「アホ・バカ分布図」も参照),通常は,少なくとも主観的には侮辱の意味が含まれていませんが,私が政治家をアホ呼ばわりすると,侮辱罪でつかまらないかという心配が出てくるわけです。
 ネット上の誹謗中傷が人権侵害になることがあるのは,よくわかります。それへの対処は必要です。しかし,そのための方法として,法定刑の厳罰化をするというのは,はたして効果的な方法でしょうか。公訴時効の関係もあるのでしょう(従来は1年でしたが,改正後は3年となりました。刑事訴訟法2502項の7号適用犯罪から6号適用犯罪に変わったからです)が,むしろ刑事訴訟法25027号で,軽い犯罪であっても公訴時効が1年というのが短すぎるので,こちらのほうを,たとえば2年に引き上げるというような改正もありえたかもしれません。
 刑罰は劇薬であり,別の目的(上記の政治的な言論に対する弾圧目的)に悪用されることが心配です。著名人の自殺などのショッキングなことがあり,処罰感情が高まっていることは理解できますが,性急な法改正であったような気がします。そもそも,厳罰化によっては,ネット上の誹謗中傷を抑止することはできないでしょう。デジタル時代における個人の人権保護は,デジタル技術を使って図るという,ここでもデジタルファーストの考え方で臨むべきだったのではないでしょうか。たとえば,刑法学者やこの分野に詳しい弁護士に集まってもらって,何が侮辱であるかの具体例をデータ化してAIに学習させ,侮辱に該当する発言をネット上で発信すれば,アラームが出て,それにもかかわらず発信したら処罰可能というようなことはできないでしょうか。アラームが出たときに,すぐに削除すれば許されることにするのですが,このようなソフトなやり方のほうが言論に対する対応としては妥当でないかと思います。

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