賃上げ政策
参議院選挙の主要な争点に物価高対策があります。物価高への対応として,各党のほとんどが賃上げをあげています。年金受給者は令和2年度で4051万人もいることからすると(厚生労働省の「令和2年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況」),年金受給者への対応も必要です(その意味で,N党の年金受給者らへのNHK受信料の減免という政策は,年金受給者には「刺さる」ものです)が,やはり現役生活者の収入の底上げも重要です。
問題は,賃金を上げるための正しい政策は何かです。賃上げは結果であって,いきなり賃金だけ上げようとしても市場をゆがめることになるでしょう。もちろん,それは上げ方いかんであり,適度の賃上げであれば,かえって労働市場の効率化につながると言われています。生産性向上へのインセンティブとなり,好循環が生まれるというシナリオもあります。企業の設備投資を促す税制度とリンクさせることにより,効果的な循環が生まれるというのも理解できます。ただ,賃上げをどの程度の水準にすれば,こういう良い効果がうまれるかは,とても難しい問題でしょう。ここは経済学者に任せるしかないのですが,それに加えて,多くの党がふれている最低賃金の引上げについては,法律家からすれば,現在の最低賃金法の枠組みをどうするのかということも言ってもらいたいところです。最低賃金は審議会方式で決まるのであり,例えば地域別最低賃金を廃止して全国一律にするとか,1500円にするとか言ったとしても,それが審議会方式を維持したうえでやろうとしているのか,それともまったく新しい制度を考えているのか,よくわかりません。正直なところ,全国一律とか1500円とかは,単なる努力目標にすぎないのであり,1500円という数字で人を惹きつけようとするのは,よくないポピュリズムではないかと思います。
当たり前のことですが,賃金は当事者間の合意で決まるのであり,最低賃金は,あくまで法律で罰則付きで強制する最低基準にすぎません。これを引き上げることに慎重であるのは当然なのです。むしろ,こういう法律上の賃金より,実際の賃金がどうやったら上がるかを考えるべきであり,正しい手法は経済政策をとおして賃上げできる状況をつくることでしょう。
賃金の水準が実際に問題となるのは,中小企業の社員と非正社員です。中小企業はコロナ禍で種々の補助金で支えられてきたと思いますが,そこから脱却して,いかにしてDX時代の競争で生き残れるかというところが勝負となるでしょう。中小企業の中核は,スタートアップ企業などのDXに立ち向かっている企業であるべきであり,そういう企業を助成し,そこに人材が集まってくるようにするのが,じつは最も効果的で持続性のある賃上げ政策でしょう。そのためには人材育成も必要です。学校教育の改善というルートもありますが,大企業からの優秀な人材が中小企業に流れてくるというルートもありえます。雇用の流動化が,大企業から中小企業へ雇用移転という形で起これば,一時的には賃金が下がることもあるかもしれませんが,人々が自分の適職を求めて移動していくことが増える環境ができてくることは望ましいことであり,これにより生産性の高い企業が生き残っていくことになれば,全体として賃金は上がっていくことになるでしょう。私たちの提唱している解雇の金銭解決制度も,このシナリオに貢献できると考えています(本日の日経産業新聞に,先日の電子版にも掲載された水野裕司さんの記事「解雇の金銭解決,日本も動き」が掲載されています)。実は各党のなかで,この考え方に近いものを出している政党が日本維新の会でした。HPには,「労働移動時のセーフティネットを確実に構築した上で,解雇ルールを明確化するとともに,解雇紛争の金銭解決を可能にするなど労働契約の終了に関する規制改革を行い,労働市場の流動化・活性化を促進します」と書かれていて,これは私の主張に近いものであり,驚きました。また国民民主党も,「給与の引き上げ」を前面に出していますが,最低賃金などではなく,労働市場政策を重視しているなど,その政策はしっかりしたものだと思いました。もっとも両党とも,私からみれば,安全保障政策などに難があります。共産党と維新や国民民主党の中間のような政策を出す政党が出てくればよいのですが。
なお消費税廃止は,賃上げと同様の効果はありますが,もし無制限に行うのであれば,無責任な政策だと思います。消費税は,逆進性がある部分とそうでない部分とがあります。一括して廃止や低減というのは,保護しなくてもよい人まで保護し,国の財政を危うくする愚策です。特定の生活必需品に限定して,明確に期限を切って消費税を低減するという政策でなければ,とても支持はできませんね。