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2022年6月24日 (金)

尼崎のUSB紛失事件

 尼崎市で全住民の情報が入っているUSBメモリスティックが,これを持ち出した外部業者の社員の不注意で紛失してしまったという大変な事件が起きてしまいました。今日見つかって良かったですが,多くの人が論じているように,非常に困ったものです。
 第1に,市民の観点としては,もし神戸市で同じことが起きたらと思うとおそろしいので,これを機会に入念な点検をしてもらいたいです。政府もそのような通達を出しているようです。市民の個人情報にアクセスするような作業を外部に委託するのであれば,それはよほどセキュリティ管理をしっかりしなければ,とても許容できるものではありません。尼崎市は,「委託時に情報管理のルールを設けていたが,初歩的なミスが次々と明らかになった」(神戸新聞NEXT),ということのようです(市の担当者は,記者会見でも,PWの桁数をもらすという大きなミスをおかしています)。ルールは設けるだけではダメで,実効的な管理体制が必要です。あまりにも当然のことなのですが,「デジタルトラスト」の重要性が言われている今日,そこから大きくかけ離れている「初歩的なミス」で今回の事故が引き起こされたのだとすると,これはほんとうに情けないことです。業者の責任は当然ですが,尼崎市にも重い責任があり,市長は事態を深刻に受け止め,早急に何らかの今後に向けた対応をしなければなりませんし,その後に自分もしかるべき責任をとらなければならないでしょう。前にもフロッピーディスクを使っていた自治体の不祥事が世間の嘲笑をまねいたことがありましたが,メモリースティックで個人情報を外部へ持ち運んでいること自体,おそろしいことです。自治体のデジタル対応の遅れは悲惨なレベルですが,今回のことをきっかけに自治体のDXを本気で進めてほしいものです(内部で処理すれば安全というわけではありませんが,今回のような事故は回避できるでしょう)。
 第2は,労働法の観点です。この業者が,従業員に対して,秘密管理についてどのような義務を課していたかはわかりませんが,就業規則に違反しているのであれば,懲戒処分を受ける可能性はあるでしょう。しかも,報道によると,今回の作業は再委託していたようです。再委託先の従業員は,きわめて低い賃金で働かされていた可能性はないでしょうか。もし,この従業員が損害賠償を請求されることになると,元受託企業も再受託企業も落ち度がある可能性があるので,その場合には,過失相殺がされるでしょうし,それとは別に,損害賠償責任制限法理がかかってくるかもしれません。その際には,従業員の賃金額も考慮要素となってくるでしょう。ただし,故意による損害惹起であれば,責任は制限されませんが,重過失があっても同様と解される可能性があります。
 話は変わりますが,東大阪のセブン・イレブンの契約解除事件については,セブン・イレブン側が第1審では勝訴したようです(判決内容は,まだわかりません)。加盟店オーナーの労働者性は労組法上のものも含めて,否定される裁判が出ていますが,継続的な契約の解除については,たとえ労働契約法の適用がなくても,一般の権利濫用規定(民法13項)は適用可能で,その枠内でどのような判断がなされるのかという点は理論的に関心があるところです。契約において解除事由が具体的に列挙されていて,その事由に該当することをフランチャイザー側が立証できていれば解除は有効となると考えるべきであり,これは実は労働契約における解雇と同じだと思っています。ただ,その場合でも納得同意を得るように誠実交渉を行うべきというのが私の立場であり(拙著『人事労働法』(弘文堂)208頁以下),これは個人のフランチャイジーに対する場合にもあてはまると考えています(このことは,同書285頁では明記されていませんが,人事労働法の準用という観点から,そのようにいえると考えています)。オーナーは,損害賠償も請求されているようですが,損害賠償制限法理は,信義則が根拠なので,雇用労働者以外の個人事業主にも,理論的には適用可能性があるといえそうですが,かりにそうだとしても,今回の事件が賠償額が減額されるべき事案であったかは,よくわかりません。

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