これも「人への投資」?
「骨太の方針」(「経済財政運営と改革の基本方針2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え,持続可能な経済を実現~」)をみました。政策の目玉となる「新しい資本主義に向けた重点投資分野」として,(1)人への投資と分配,(2)科学技術・イノベーションへの投資,(3)スタートアップ(新規創業)への投資,(4)グリーントランスフォーメーション(GX)への投資,(5)デジタルトランスフォーメーション(DX)への投資を挙げているのは,どれも重要であり文句のつけようがありません。もっとも,その内容を読んでみると,少し違った感想が出てきます。そもそも「新しい資本主義」というネーミングが失敗でしょう。「新しい」という以上,どれだけ「新しい」かと期待させます。安倍政権時代から感じることですが,自分たちの打ち出している政策について,良さそうな形容語をつけてよく見せようとするのですが,中身をともなっていなければ,羊頭狗肉だとして,失望感を大きくするリスクがあります。
ところで,「人への投資」というところでは,最初に,次のような文章が出てきます。
「デジタル化や脱炭素化という大きな変革の波の中,人口減少に伴う労働力不足にも直面する我が国において,創造性を発揮して付加価値を生み出していく原動力は「人」である。自律的な経済成長の実現には,民間投資を喚起して生産性を向上することで収益・所得を大きく増やすだけでなく,「人への投資」を拡大することにより,次なる成長の機会を生み出すことが不可欠である。「人への投資」は,新しい資本主義に向けて計画的な重点投資を行う科学技術・イノベーション,スタートアップ,GX,DXに共通する基盤への中核的 な投資であるとも言える。こうした考えの下,働く人への分配を強化する賃上げを推進するとともに,職業訓練,生涯教育等への投資により人的資本の蓄積を加速させる。あわせて,多様な人材の一人一人が持つ潜在力を十分に発揮できるよう,年齢や性別,正規雇用・非正規雇用といった雇用形態にかかわらず,能力開発やセーフティネットを利用でき,自分の意思で仕事を選択可能で,個々の希望に応じて多様な働き方を選択できる環境整備を進める。」
経済成長を軸としたものである点は,もっと社会の持続性や国民の幸福といったものを軸としたほうがよいとは思いますが,この方針自体が,「成長と分配」をめざすものなので,「成長」に言及することは仕方がないでしょう(「成長」を強調したことで,株式市場も安心したようです)。ただ「正規雇用・非正規雇用といった雇用形態にかかわらず」は,「雇用や自営などの就労形態にかかわらず」と書くべきでしょうね。このあたりが,古くさい印象を与えます。
ただこういう細かいことより,もっと気になるのは,この投資分野のなかで,個別の投資項目として,「人的資本投資」,「多様な働き方の推進」,「質の高い教育の実現」と,ここまではよいのですが,そこから,「賃上げ・最低賃金」と来て,最後に「「貯蓄から投資」のための「資産所得倍増プラン」」となると,どうも理解できなくなります。「最低賃金」は,「人への投資」に関係するのでしょうか。唐突に,「人への投資のためにも最低賃金の引上げは重要な政策決定事項である」と書かれています。以前にも書きましたが,賃金の引上げは,かえって人への投資にマイナスになるのではないかと思うのですが。教育への投資が生産性の向上をもたらし,それが賃上げにつながるというストーリーならわかりますが,そうなると,賃上げはあくまで政策の効果となります。それとは別に需要喚起のための賃上げというのはあるのでしょうが,それは人への投資とは違った筋の議論ではないかと思います。賃金が上がると,モチベーションが高まり,人的資本の蓄積に励みやすくなるというストーリーも考えられるかもしれませんが,そういう話なのでしょうか。
さらに「資産所得倍増プラン」となると,「投資」の意味が変わってしまっています。「人への投資」とは無関係ですよね。
まあ,そんなことはどうでもよく,良いことは良いのだということかもしれません。ただ,こういう関連性がはっきりしない投資目標が並べられていることに不安も感じるのです。一貫した政策方針があって,それを基にして論理的に体系づけて個々の分野の政策を展開していくということではなく,各省庁からの予算要求に対応するために,いろんなものを寄せ集め,それを一見して関連性があるように見せかける作文をして,それを「新しい資本主義」という美しい包装にくるんで,国民を煙に巻くということであっては困るのです。
冒頭の5つの重点投資分野は,私の目にはロジカルにつながっていて,もっときれいなストーリーが書けるものです。それなのに,そういうことができていないように思えます。それは,おそらく政府が,その全体像をしっかり体系的にとらえることができていないからではないでしょうか。言葉だけが踊るというのは,近年の政府の傾向ですが,これではwise spendingができず,ただ財政を痛めるだけに終わらないかが心配です。私の理解不足で,政府の深遠な構想が理解できていないだけなら,よいのですが。