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2022年6月12日 (日)

すかいらーくの新勤務時間管理方式について

 新聞報道でしか知りませんが,すかいらーくホールディングスが,アルバイトの時間管理を従来は5分単位とし5分未満を切り捨てていたのを,1分単位とすることとし,過去2年の差額分の賃金を支払うと発表したそうです。労働組合の要請を受けたものだそうですが,厚生労働省の,労働基準法上は賃金は全額払わなければならないというコメントとセットで報道されていて,すかいらーくが違法な行為を是正したというような印象を与えています。事実の詳細はよくわかりませんが,ひょっとしたら誤解があるかもしれないので,ここで,すかいらーくのケースがどうであるかとは切り離し,一般的な説明をしておきましょう。
 重要なのは,法定労働時間の枠内での通常の賃金と法定労働時間の枠を超える場合の割増賃金とで分けて考える必要があるということです。そもそも,賃金を1分単位で払わなければならないというような原則はどこにも定められていないと思います。労働者の賃金は時間給であるという誤った考え方があり,ホワイトカラー・エグゼンプションは「脱時間給」であるというミスリーディングなネーミングを付与する日本経済新聞のような立場もありますが, 法定労働時間の枠内であれば,賃金をどう定めようが,最低賃金や差別禁止規制(非正社員への均等・均衡規制なども含む)に反しないかぎり自由に決めることができます。アルバイトの時給において,5分未満を切り捨てるという合意をしておけば,それも有効となります(理論的には,民法90条により公序良俗に反すると判断されることはありえますが,結論として,そうは判断されないでしょう)。これは賃金全額払いの原則(労働基準法24条)とは無関係なのです。賃金全額払いの原則は,発生した賃金請求権を前提に,その全額を支払えというものですので,例えば3時間3分働いたのに,3時間分の時給しか支払われなかったというのは,「賃金の決め方の問題」であり,そういう契約であれば,3時間分の時給賃金しか発生しないことになる以上,3時間分の時給賃金を支払うことで,賃金を全額払ったことになるのです(ただし,きちんと1分単位で支払うかのような労働条件で契約をしている場合は,それは契約上,3時間3分に相当する賃金を支払うべきことになり,実際に契約がそのように解釈されることも多いでしょう)。「賃金の決め方の問題」は,法律マターではなく,契約・交渉マターであり,したがって,労働組合が交渉により1分単位で計算するように求めることもまた自由で,企業がこれに応じれば1分単位になるということです。そういう決め方をした以上は,今後は1分単位で計算された時間賃金を支給しなければ,全額払いの原則の違反となります。ちなみに精密に時間管理ができる場合,秒単位で支払うという合意も可能でしょう。なお,これをかりに賃金全額払いの原則とみた場合も,行政通達は独自に,1カ月単位で端数処理のルールを定めており,100円未満の端数の四捨五入を認めています。しかし,これは行政解釈にすぎず,労働基準法24条の解釈として,ほんとうに許されるかは何ともいえません。誰かが裁判で争えば,違った法解釈が示される余地もあるでしょう。通達はあくまで行政が決めた解釈にすぎず,最終的な法解釈ではありません。
 以上の話と割増賃金は話がまったく異なります。割増賃金は,その決め方について法律に縛りがあり(なお,計算方法については自由に決められるが,最終的な額は拘束されるというのが判例・行政の立場),割増賃金は時間数に連動して算定され,勝手に端数時間を切り捨てることはできません(切り上げることは,労働者に有利な扱いなので,労働基準法13条により許されます)。割増賃金にも全額払いの原則が適用されると解されているからです(この解釈には異論はないでしょう)。もっとも厳格な時間連動を求めることには無理があるということで,ここでも通達は,事務簡便のための端数処理について,ルールを定めています。ただこれはあくまで事務簡便のためのものであり,時間の端数にせよ,割増賃金の時間あたりの額を算定する際の円未満の端数にせよ,理論的には,当然に四捨五入的な扱いをしてよいというわけではありません。もっとも,どこかで区切らなければいけないわけですが,通常はコンピュータ処理がされている以上,円未満や分未満でも,できるだけ細かく計算して積み上げてほしいと考える人がでてきてもおかしくはないかもしれません(なお,以上の通達については,1988314日基発150号を参考にしてください)。
 以上のことは,法定労働時間の枠内での通常の賃金の話と枠外での割増賃金とでは,法的ルールがまったく異なるということに関係するものですが,この点について,実は厚生労働省も,疑問符がつく通達を出しています。それは,フレックスタイム制(労働基準法32条の3)の月またぎの繰り越しについて,賃金全額払いの原則違反となるというものです(198811日基発1号)。具体的には,たとえば清算期間を1カ月とするフレックスタイム制において,月の総労働時間を超過した労働をした場合,その労働時間を次期に繰り越して,次期の総労働時間を減らすという取扱いは,労働時間の貸借制としてありうることですが,法定労働時間の枠を超える場合は別として(これは法定の割増賃金の対象となる),そうでない限りは,やはり「決め方の問題」として,超過があろうがなかろうが,賃金は定額にするといった合意も有効となるのです。ところが,通達は,これが賃金全額払いの原則に反するとしています。賃金は,法定労働時間を超える時間外労働以外の部分も,時間給で計算しなければならないという法律上の根拠のないルールをもちこんでいるからです。いったい実務は,この点はどのように運用しているのでしょうか。通達には逆らえないということかもしれませんが,それなら過剰な規制となります。
 なお,ある月の総労働時間より少ない労働しかせず,次期にその分だけ余分に働いた場合,これも法定労働時間の枠内におさまっていれば,定額にする取扱いであっても「決め方の問題」として有効となるはずです。ところが通達は,これをやはり時間給の発想で,前期は過剰に支払われているとみて,翌月に定額でしか支払わなくても,前期の過払いの調整をしたという調整的相殺の考え方(これについては,拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(弘文堂)の第94事件の福島県教組事件を参照)で適法としています。前述したことからすると,通達の前提はおかしくて,前月の過払いもなければ,当月の過小払いもないと解すべきなのであり,ほんとうは調整的相殺の問題ではないのです(菅野和夫『労働法(第12版)』(2019年,弘文堂)の541頁を参照)。

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