社会的責任と法的責任
ネット情報ですが,ファミリーマート事件とセブン-イレブン・ジャパン事件の中労委命令の取消訴訟の東京地裁の第1審で,労働者性を否定した命令を維持する判決が,6月6日に出たそうです。判決文をみていないので論評はできませんが,どのような判断がされたのか大注目です。社会的に重要性をもつ判決文については,中労委のサイトで,できるだけ早くアップしてほしいです。またアマゾンの配達員の労働組合の結成も話題になっていますし,ウーバーイーツの配達員のユニオンの不当労働行為紛争も東京都労働委員会にかかっているようです。
これらの動きについての,私の考え方は,すでにいくつかの媒体で書いていますが,それは要するに,労組法上の労働者性や使用者性という法的問題とは関係なく,まず企業の社会的責任として,しかるべき協議に応じて,加盟店や配達員の働く環境の改善に取り組むことが大切ということです。社会的責任が根底にあり,そのなかで法的責任とされている部分は,もちろん法的な責任をとり(その具体的な意味は,違反に対して法的なサンクションがあるということです),でも法的責任にかからない場合でも,まったく責任をとる必要がないというわけではなく,社会的責任をはたすべきであるということです。いったん裁判や労働委員会で争われるようになっても,上記のようなところをうまく取り込んだ和解ができるのがベストだと思っています。
個人的には,現行法では,基準が明確にされず,裁判をしてみなければわからない労働者性や使用者性の問題にこだわりすぎると,かえって時間やエネルギーを空費するのであり,むしろアクションを起こすとすれば,その対象は司法よりも,立法のほうではないかと思っています。もともと労働者性や使用者性は,明快な基準で判断されるものではない以上,どう結論が出ても,どちらかの当事者に不満が残り,最高裁まで争われることになるでしょう。法的な責任にこだわるのは,私に言わせると,時代が変わって新しいルールが必要となってきているなかで,なお旧来のルールで解決を模索しようとするものなのです。個々の当事者の抱える問題を解決するという観点からは,そういう行動に意味がないとは言いませんし,私も法科大学院では,旧来のルールの下での解釈論を教えています。しかし,その一方で新しいルールを模索することも大切であり,そのことが,ひいては働いている人にとってプラスになり,またそうした人を活用して事業を営んでいる企業の持続可能性にもプラスになるのです。そうなると司法より立法となります。医学でいえば,新しい病気が現れたときに,現在の知見に基づいて,どのようにすれば良い治療ができるかを考えることも当面は重要ですが,新たな知見で治療に臨めないかを考えたいということです。
ところで,フランスの労働法典では,2016年以降の法改正により,プラットフォーム企業に対する「社会的責任(responsabilité sociale)」として,一定の「法的な責任」を定めています(詳細は,浜村彰・石田眞・毛塚勝利編『クラウドワークの進展と社会法の近未来』(労働開発研究会)の第6章「フランスにおけるクラウドワークについての法的状況」(鈴木俊晴・小林大祐執筆)を参照)。対象となる労働者は,「travailleur indépendant」(独立労働者,自営業者)であることが明記されており,労働法典の本来の対象である従属労働者(travailleur subordonné:salarié)ではないけれど,デジタルプラットフォーム企業は、一定の「社会的責任」(労災保険の保険料負担,職業訓練の拠出金,団体権等の承認など)を負うべきであるとしています。これが私が言っている「社会的責任」と同じ意味なのかは,はっきりしません。フランス法の原理的なところは今後の研究に託すとして,いずれにせよ,プラットフォーム労働者について,労働者性がないとしても(裁判所において従属労働者として認められる余地はありますが),立法で企業に一定の「社会的責任」として具体的な義務を定めたところは大いに注目されます。
私は,企業の「社会的責任」は,企業(会社)のもつ本来的な公共性に起因する基底的な責任であり,法的な責任は,そのなかの一つにすぎないと考えています。プラットフォーム企業の「社会的責任」の原理的根拠は,人間の労働を使って利益を上げているという点に求められるのであり,それはその労働が従属労働であるか独立労働であるかは関係ないのです(とくにICTの進行は,こうした区別をいっそう意味のないものとしています)。フランスのように立法化された部分は法的責任となりますが,そうではない部分も,なお社会的責任はあり,それについては,いかにして企業がその責任を果たすことができるようにするかを考えていくかが重要なのです(これは,私の「人事労働法」の考え方につながります)。もちろん,立法(そこにもハードローからソフトローまで多様なアプローチが含まれます)もあれば,自主規制もあるし,そういう様々な方策を視野に入れて立法構想を立てることが重要なのです。これが,まさに私が最も力を入れて取り組んでいる研究課題です(拙稿「DX時代における労働と企業の社会的責任」労働経済判例速報2451号も参照)。
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