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2022年5月 4日 (水)

労働法の観点からみた知床遊覧船事故

 知床の遊覧船事故は,14名が死亡,12名が行方不明という悲惨な結果になってしまいました。亡くなった方の悔しさや遺族の悲しみを思うと辛くなります。社長は「お騒がせした」ことを詫びていますが,根本的にズレてしまっていて,話になりません(社長も刑事責任を問われる可能性がありそうです)。
 こうした事故では,どうしても船長の責任が問われることになるのですが,船長もおそらく亡くなっており,会社の体質がいろいろ明るみになるなかで,船長も犠牲者ではないかという気がしています。
 この遊覧船の船長が,船員法の対象となるのかは,よくわかりませんが,かりに船員法が適用されても,船員の「雇入契約」は,広い意味での労働契約の一種です(そのことを前提に,労働契約法は,船員には一部適用除外がされています[20条])。
 いまかりに,この船長が通常の労働者と同じような立場だと考えてみましょう。他の会社が船をだしていないような悪天候が予想されるなかで,会社の指示で出航せざるをえなかった場合,このような指示(労務指揮)を拒否できるというのは,この種の事件でよく参照される千代田丸事件・最高裁判決(19681224日)から導き出しうることです(この判決は,事案が少し特殊なので,読み方はやや難しいところがありますが)。理論的にも,労務指揮権というのは,労働契約に内在する限界として,生命に危険のあるような業務に従事させる命令を有効に出すことはできず,したがって,労働者はそれに従わなくても債務不履行ではなく,懲戒事由にも該当しないというのが普通の考え方です。
 一方,船長は,自身のことだけでなく,多くの乗客の命を預かる面があるので,そのために行動すべきともいえます。ただ,専門家としての船長が,専門知識に基づき出航をすべきではないと判断したとき,そのことを理由として出航命令に背くことが正当化されるか(命令違反が免責されるか)というと,それははっきりしません。自身にとっての危険性ゆえに命令に従わないことは免責されても,乗客のための危険回避行動ゆえに労働契約上の義務違反を免責されるという法理はないように思います。もちろん,一般法理や条理などで船長を免責させることはありえるのであり,裁判になると,そういう法律論で事件処理を目指すべきではあります。ただ,現場ですぐに判断しなければならないとき,企業の(目先の)利益と矛盾する場合でも,乗客の生命を優先させてよいという明確なルールがなければ,どうしても危険な行動に突入するということが起きてしまうのではないかと思います。
 これと似たような問題は,実は公益通報についてもあります。企業内の不祥事を外部に告発するのは,企業に不利な行為であり誠実義務違反となりそうですが,社会にとっては有益なことで,これを優先させるべきといえます。この場合,社会のためということから,労働者の誠実義務違反が免責される(懲戒処分が権利濫用となるなど)可能性はあるのですが,それが可能性にすぎないものであれば,従業員がいざそういう場面に遭遇したときに,どう行動してよいか迷うことにあるでしょう(その結果,告発をしないということになる可能性が高いのです)。公益通報者保護法は,こういうときに,どういう行動をとれば免責されるかを示すことを目的とした法律といえます(実際には,行為規範としての明確性にやや難がありますが)。このような発想による,企業の利益より公益を優先させる行動をとる労働者を支える法律は,その業務が人々の生命に関わるような業務に関しては,とくに必要なのかもしれません。
 こういう法律がないなかで,会社の指揮命令下に置かれ,誠実義務も課されている労働者に,客の生命の保護や社会利益への貢献といったことについて大きな責務を課すのは酷です。職業倫理の問題といっても,限界があります。やはり企業が社会的責任をはたす行動をとることこそ,最も重要だと思うのですが,今回の事故で一番気になるのは,同業他社の行動です。他社は,今回の出航が危険であることは十分にわかっていました。しかし,知床遊覧船が出航するのを。結局は黙認してしまった形となっています(船長に出航しないほうがよいと忠告した同業者はいたようですが)。もちろん他社がやることだから,口を出せないということかもしれません。余計なことを言うと,営業妨害と言われてしまう懸念もあったかもしれません。それでも,この出航の危険性を,現場の近くで一番理解しているのは,同業他社やその従業員であったはずです。どうして無理にでも止めなかったのかということが,悔やまれます。ただし,詳しい事実関係をわかっているわけではないので,私の事実認識が間違っていたら,申し訳ありません。いずれにせよ今回の件で,同業他社を非難するつもりはありません。ただ今後への教訓として,こういう事故を防ぐためには,現場にいる他企業が危険な業務をする企業を止めることもまた社会的責任であるということを明確にすることが重要でしょう。そのうえで,たとえば,同業の企業で自主的なルールをつくり,それを互いに遵守させることにし,それを遵守しない企業には,他企業が客にその情報を提供すべきこととし,そうした行為は業務妨害罪にあたらず,不法行為にもならないということを法令で明確して,社会的責任をはたした企業が損をしないような法制度を設計することも一考に値するのではないかと思っています。
 これは労働法の問題ではないようですが,客を危険に巻き込むような業務を労働者に強いる企業は「ブラック企業」なのであり,そういうところで労働者が働かなくてすむようにするという点では,労働法の問題ともいえるのです。

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