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2022年5月18日 (水)

時間感覚

 NHKの「クールジャパン」で,少し前に,外国人の出演者が口々に日本人はミーティングの開始時間には厳しいけれど,終わりの時間はルーズだと言っていたのを聞き,ハッとさせられました。たしかに,そうなのです。開始時間の厳しさは,ミーティングに限らないことで,時間どおりに始まらないことに,日本人の多くはフラストレーションを感じます。自分は無理して時間厳守でやって来たのに,それを遵守しない人がいることに不満がたまるのであり,遵守しなくても許されるのなら,最初からそう言って欲しいと思ってしまうのでしょう。でも,遵守しなくてもよいというと,誰も守らなくて会が始まらないので主催側は絶対にそうは言わないでしょうが。
 個人には,それぞれの抱えているいろいろな事情があるわけであり,会議の開始時刻を厳守するために,それをすべて犠牲にする価値があるかは疑問です。会議ではありませんが,朝,幼稚園の時間に間に合わせるためか,子どもを乗せてママチャリで猛スピードを出している(しかも歩道を),ママがいるのですが,危険きわまりないです。そこまでして間に合わせなくてもよいのでは,と思ってしまいます。あるいは子どもを送ったあとの出勤時間に間に合わせるための猛スピードかもしれません。これはママが悪いのではないでしょう。朝はみんな時間がないのであり,多少の遅刻には寛大となるというような余裕のある社会に変われば,おそらくママも危険なことをしなくてすむのではないかと思います。なお,テレワークにすれば,出勤がなくなるので,時間厳守というのはそれほど無理なく実現できて,みんながストレスを感じずにすむかもしれません。
 一方,終了時刻のほうは,逆に予定時刻をあらかじめ決めて,それを厳守することが必要でしょう。そういえば,10年以上前,ゼミの時間割が5限となっていたのを信じて授業をとったが,実際には,それよりも1時間以上超えてもやっていて,これでは部活に参加できないので,ゼミを辞めたいと言ってきた学生がいました。学生には申し訳ないことをしました(学期が始まった後なので,他のゼミに入り直すこともできませんでした)が,その当時は,終了時間は先生が決めるのが当たり前という感覚でした。のみならず,ゼミの場合は,議論それ自体に意味があるので,あまり終了時間をリジッドに決めてしまうのは教育効果という点で問題があると思っていました。
 一方,職場での会議の多くは,そういうものではないでしょう。ワーク・ライフ・バランスの観点からも,終了時間がずるずると延びるのは問題でしょう。神戸大学では,会議は17時を超えてはならないということが決まったようで,会議の迅速化が進んでいます。たいへん素晴らしいことです。
 神戸労働法研究会では,終了時刻は適当で,議論が尽きるまでという感じでやっています。これは職場の会議とは違い,ゼミと同様,議論することに意味があるからだと私自身は考えていますが,参加者の方はどのように考えているかわかりません。怖くて本音を聞けないのですが,実は,次回から研究会発足後初めて,開始時刻を変更することになりました。開始時刻を2時間早め,終了時刻が遅くなりすぎないようにします。これまでは神戸大学という場所がアクセスしにくいこともあり,遠方から来てくれる人の都合も考えて,あまり早い開始時間にせず,また研究会後はゆっくり会食する(ゆっくりどころか終電をリミットとする)ということにしていたので,15時開始という設定にしていたのですが,オンラインとなって状況が変わりました。きわめて健全な研究会に生まれ変わり,もう対面型に戻ることはないでしょうが,ただそれとは別にオフ会を開くということは考えてみたいですね。コロナがおさまれば,みんな家族同伴で,合宿をするというようなことも考えてみたいですね。

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