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2022年4月16日 (土)

『労働者派遣法(第2版)』(三省堂)

 鎌田耕一・諏訪康雄編,山川隆一,橋本陽子,竹内(奥野)寿著『労働者派遣法(第2版)』(三省堂)を初版に続いてお送りいただきました。どうもありがとうございます。労働者派遣法にしぼった体系書であり,執筆メンバーの充実ぶりからもわかるように,信頼性の高い本です。労働者派遣法は,授業では,まとまって扱うことはあまりないのですが,個々の判例を扱うときに,労働者派遣のケースがけっこうあって,労働者派遣についての知識を要するという場面が少なくありません。法人格否認の法理,雇止めなどがそれです。もう一つ,重要なのが,昨日も言及した使用者性の問題です。労働者派遣とそれと隣接する業務委託契約(偽装請負がありうるので)の場合における派遣先・委託先の使用者性の問題です。
 実は兵庫県労働委員会で,先月,大学が警備業務を委託していたことに関係した国際基督教大学事件の東京高裁判決(2020610日)を採り上げて検討する機会があったのですが,この判決は,中労委の結論は維持しているものの,使用者性についての判断枠組みについて,中労委と見解が違っていました。この事件は,セクハラ問題を契機とする解雇について,最終的に撤回されたのですが,それについて大学側が,労働組合から求められたこの件で謝罪や金銭補償をすることを議題とする団体交渉を拒否したというものでした。大学側の使用者性は一貫して否定されているのですが,問題は判断枠組みです。朝日放送事件・最高裁判決(拙著『最新重要判例200労働法(第7版)』(2022年,弘文堂)の第179事件を参照)が基本となるのですが,中労委は,この議題は「解雇を含む一連の雇用管理,すなわち,採用,配置,雇用の終了に関する決定に関わるもの」であり,こうした「一連の雇用管理に関する決定について,雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を有していなければならない」という基準を示しました。一方,取消訴訟の地裁は,「雇用終了の決定について,雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を有していることが必要であり,かつ,それで足りるというべきである」とし,高裁判決もこれを支持し,「当該労働者の採用の場面において,当該事業主が雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配,決定できる地位になければ,仮に当該労働者の配置や契約終了(解雇)の場面においては,これを現実的かつ具体的に決定できる立場であっても『使用者性』は否定されることになるが,そのような結論は相当でないといわざるを得」ないとして,中労委の判断は採用できないとしています。結論は,雇用終了についても,雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を有していることが否定されたのですが,判断枠組みは大きく異なっています。
 裁判所は,団体交渉事項ごとに使用者性を考えるという帰納的アプローチを明示的にとっており(相対説),私はこういう立場にもともと反対なのです。集団的労使関係における当事者とは誰かというのが先決問題であるべきであり(演繹的アプローチ),たとえ当該事項について具体的な支配決定力があっても,それと使用者性とは別問題なのだと思っています。中労委も帰納的アプローチのように読めなくもありませんが,ただ少なくとも,この事件等での判断枠組みは,当該団交事項における具体的な支配決定力にとらわれないという点では,結論としては演繹的アプローチと近似してくる面があると思っています。
 ちょうど,この論点について,上記の本で言及されていました。山川先生が書かれている箇所なので,とくに注目されます。派遣の場合,派遣先が直接雇用を求める議題で団体交渉が申し込まれた場合において,それが採用に関する事項であるので,その採用に関する点で,雇用主と部分的同視できる現実的かつ具体的に支配,決定できる地位にあるとすれば,使用者としてそれに応じなければならないのかという論点において,山川先生は中労委のすでに先例のある中国・九州地方整備局事件の判断に言及したうえで,もし上記のような採用の点だけで使用者性を認めてしまえば,労働組合が採用を求めて団交を申し入れたあらゆる事業主が使用者に該当してしまうという不都合があるとし,さらに事業主が労働者を採用するということは,単に採用するのにとどまらず,その後の配置や雇用終了等の雇用管理を行うことも想定されているので,使用者該当性の判断は,採用,配置,雇用の終了の一連の雇用管理全般について雇用主と部分的に同視されるかという観点に立ってなされることが必要だと述べておられます(284頁以下)。この点は初版でも言及されていた部分ですが,第2版では前記の国際基督教大学事件にもふれて「謝罪や補償にかかわる団交も委託元の行為が解雇と同視されることを前提とするのではないか,また,雇用の終了は労働契約の解消を意味するが,これについてのみ雇用主と同視される場合は,委託元が取引先としての力関係の中で委託先にその従業員の解雇を求めたにとどまる場合とどう異なるかといった問題を検討する必要が生じよう」(286頁)というように,裁判所の判断基準にかなり不満をにじませるコメントをされているのが興味深かったです(山川先生が中労委の会長をされていた時の事件だから当然かもしれませんが)。

 

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