食糧確保―貿易と平和の重要性
人類には性欲があり,セックスをすることを止められないが,それにより増える人口を支えるほどの食糧の生産性の向上は期待できず,貧困は不可避となる。
近代経済学の父であるアダム・スミス(Adam Smith)とほぼ同時期に活躍したマルサス(Malthus)は,1798年に刊行された『人口論( An Essay on the Principle of Population)』で,このように唱えました。今日では,食糧生産性の向上により,マルサスの予想を克服できたといえるのですが,日本など先進国の一部で人口減少が進んでいるのは,人口増が人類の存続に脅威となることを直感した若者が,性欲という本能さえも抑制しつつあるのかもしれません。
ところで,食糧生産に適した国もそうでない国もありますが,後者の国も貿易を通じて食糧を輸入することができます。そうして,世界中のどこにでも食糧を行き渡らせることができています。また,食糧を生産できても,他国より生産性の高い商品の生産に特化したほうがよいというのが,リカード(Ricardo)の比較優位論です。このためには国家間での自由な貿易が保障されなければなりません。
ところが,今回,ウクライナの戦争で,世界有数の穀物輸出国であるウクライナからの輸入が滞って困っている国があるようです。世界では小麦を主食とする国が多いので,これは大きな問題でしょう。日本でもロシアとの貿易を止めようとする動きのなかで,食糧以外にもいろいろな輸入品が来なくなり,日本経済に大きな影響が出てきそうです。こういうこともあるので,自給率を上げたほうがよいという意見もあるのですが,これは非効率な面もあります。ほんとうは貿易によって,各国が比較優位となる商品の生産に特化したほうがよいのです。自給率の引上げはある程度は必要でしょうが,どのようにして日本が比較劣位だけれど必要という商品の輸入を確保できるかが大切です。確かにロシアや中国に頼るのは危険でしょう。とくに食糧品は生存に直結するので,食糧確保体制をどうするかというのは,とても重要です。
サバンナの弱者であったホモ・サピエンスは,いかにして食料を確保するかということを考えて,知恵を絞って生き延びてきました。マルサスが悲観した貧困は,技術革新と並んで,リカードが唱えた自由貿易による国際分業によって回避できたかもしれません。しかし,戦争は,これを崩壊させてしまうのです。第2次世界大戦以降,世界中の人が忘れかけていた平和の有り難さを,いまいちど思い直す必要があります。経済安全保障というと,秘密漏えいやサイバーテロのような話が出てくるのですが,食糧やエネルギーをどこまで自給し,どこまで他国に頼るか,頼るとすればどこの国か,そしてリスクをどう分散するか,というようなこともまた,国民の経済的な面での安全保障という点で重要ではないかと思います。
おそらく,このことは,これから食糧問題やエネルギー問題が国内で本格的に起きたときに,もっと注目されるようになるでしょう。
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