技能承継とデジタル技術
3月17日の日本経済新聞の朝刊の「DX TREND」に,「中小企業で遅れていたデジタル化による経営革新が動き出した。染色加工の艶金(岐阜県大垣市)は品質検査で過去2000件分の熟練社員のノウハウを分析し,人工知能(AI)が若手を指導するシステムを開発」という記事が出ていました。
これは,DX関係で私がよくやっている話であり,大きく言えば,熟練労働者の技能も,デジタル化(AIに学習させることなど)により,技能承継が容易になるということです。このことは,二つの意味があります。一つは,「匠の技」の後継者がもしいなくても,その技は引き継がれるということです。この点は,拙著『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』(明石書店)においても採り上げています(139頁以下)。テレワークとなると技能承継が難しくなるのではないかという企業側の不安に対して,そもそも技能承継のあり方が変わるので,テレワークであるということのデメリットは減少するということを書いています。このほかにもICTの発達のなか,ARの技術などを活用することによって,遠隔地であっても熟練労働者からのサポートを受けることができやすくなるという話もあり,これは熟練労働者が減る中で,なんとか効率的に技能承継しようという文脈で出てくる話です(この点は,拙著『デジタル変革後の「労働」と「法」―真の働き方改革とは何か?』(日本法令)233頁以下も参照)。
その一方で,承継技能の容易化は,人間の熟練を要する仕事であっても機械によって代替できてしまうことを意味しており,いわゆる「AIが仕事を奪う」という話につながります。人手不足になっても大丈夫ということは,当初はAIやロボットが人間を補完してくれるから大丈夫という意味なのですが,ゆくゆくはAIやロボットが人間を代替するということになるのです。
この種の話は,すでに起きていたことですが,日本企業での実例が少なかったことから,私のような法律家が語っても,リアリティをもって受け止められていなかったのですが,実例が今後は増えていくであろうし,そうなると世間の受け止め方も違ってくるでしょう。5~6年前に言っていたような銀行のリアル店舗がなくなる(ATMや窓口がなくなる)という話も,当初は相手にされていなかったのが,いまは誰もがそうなるだろうねと考えているのと同じです。
私の本には,『君の働き方に未来はあるか?』(光文社新書),『会社員が消える―働き方の未来図』(文春新書),上記の『誰のためのテレワーク?―近未来社会の働き方と法』のように,タイトルやサブタイトルに「未来」という言葉が入っているものがありますが,そこで語った未来は,ほとんど実現してきています。それは偶然ではなく,デジタル技術を活用してすでになされていることは,必ず数年後には一般化するという「法則」のようなものがあるからです。あとは,そのスピードの問題です。
先日の学内のある研究会でも議論したのですが,個人のキャリアは,デジタル技術の発達を見据えたものでなければなりません。ほんとうの競争相手は機械です。まさにエリック・ブリニョルフソン= アンドリュー・マカフィ『機械との競争』の世界なのです。そしてこの機械との競争は,正面から行うのではなく,いかにしてデジタルとアナログを組み合わせるかというデジアナ・バランス指向(つまり機械との共生)が,この競争に勝ち抜くために必要な発想だと思っています。
いずれにせよ,記事が採り上げている,AIが若手を指導するという話の背景には,着実にAIが人間の仕事の領域を深く浸透してきているという現実があることを,私たちは気づいておかなければなりません。
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