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2022年3月28日 (月)

在原業平

 在原業平の「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」は,もし桜がなければ,桜が咲くのを待ち遠しく思ったり,桜が散るのを惜しんだりすることなく,穏やかにすごすことができるのに,という気持ちを読んだ句です。桜はそれほど素晴らしいということです。この句の「桜」と「春」は,いろんな言葉に置き換えることができるしょう。
 業平は「伊勢物語」の主人公でプレイボーイと言われていた人ですが,私にはそれとは違った意味で身近な存在です。というのは芦屋の父の家に向かう途中に「業平橋」というところがあり,その名がついているバス停で降車することがよくあるからです。業平は芦屋に住んでいたと言われているそうです。業平橋は芦屋川を横切る西国街道にかかっている橋で,阪急芦屋川駅までは歩いて10分弱くらいのところです。
 ところで,その父に,かつてスマートフォン(スマホ)を買ってプレゼントしていたのですが,いまは解約して固定電話に戻してしまいました。スマホのころはLineに加入していて妹たちも含めた家族の連絡用にしていたのですが,父は自分に来たわけではない家族間のメールのやりとりが積み重なっていって,話についていけなくなるのがいやだったようです。また通信環境が必ずしもよくなく,スマホで会話するのが大変であったということもあったようです。これはスマホのせいではないのですが,スマホの操作が必ずしもうまくできないこともあり,ストレスがたまるということで,やめてしまいました。どう考えてもスマホがあったほうがよいと思い込んでいた私たちの思慮が浅かったのです。そんなに密に「つながる」ことに大きな意味をもっていない人からすれば,スマホを無理にもたされて,スマホがあることが前提でいろんなことが進んでいくことがイヤだったのかもしれません。
 「世の中にたえてスマホのなかりせば日々の心はのどけからまし」ということでしょう。これはもちろん桜とは異なり,スマホの素晴らしさをたたえた句ではありませんので,正しい本歌取りではないのでしょうが。

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