第80期順位戦
前に順位戦のことを書いたとき,藤井聡太竜王(五冠)をベテランも止めることができていないと書きましたが,実は今期順位戦は,ベテランが頑張ったクラスもありました。最も下のクラスであるC級2組は,四段になったばかりのバリバリの若手棋士が入ってくると同時に,ピークを過ぎてどんどん降級してきた棋士もいて,総当たり戦ではないので,こうした力が落ちてきたベテランとの対局が多い若手は昇級しやすいことになります。それでもC級2組は,実力がある人は必ず昇級して抜け出していると言ってよいので,対局相手の運だけで決まるものではないのですが。
今期のC級2組は,最終局でプチドラマがありました。すでにそこまで全勝で昇級を決めているのは西田拓也五段です。昇級枠は3人です。最終局前の段階で,1敗の棋士は3名いました。しかし,そのうち渡辺和史四段と伊藤匠四段は,順位の関係から最終局で負け,2敗で追っている順位が上の棋士が勝てば昇級を逃す可能性がありました。一方,1敗のうち順位が高い服部慎一郎四段は昇級する可能性が高い状況にありました。打倒藤井の一番手になるかもしれない藤井竜王と同じ年の伊藤四段は,今期が順位戦1期目で順位が低いため,上位の服部四段と渡辺四段(どちらも順位戦2期目)が勝てば昇級できないところでした。ところが,結果は,服部四段が敗れ,渡辺四段と伊藤四段が勝ちました。服部四段は悔しい次点となりました。デビューから二期連続8勝2敗の好成績でしたが,昇級できませんでした。最終局の遠山雄亮六段は,難敵ではなかったはずですが,勝てなかったです。一方,伊藤四段は幸運でした。服部四段も伊藤四段も,その時点で今期の勝数と勝率は藤井竜王(五冠)に次いで,2位と3位につけていて,勝ちまくっていたのですが,最後の最後で明暗が分かれてしまいました。ただ,服部四段は,叡王戦では決勝進出を決めており,出口若武五段との間で,藤井叡王への挑戦をかけて戦うことになっています。叡王戦はとてもフレッシュな戦いになりそうです。
C級1組もちょっとしたドラマがありました。まずラス前に,及川拓馬七段が昇級を決めていました。このときのことは,女流棋士の妻である上田初美さんが文春オンラインで書いていますので,ご覧になってください(「勝ちました!」夫がB級2組への昇級を決めたときの舞台裏 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン (bunshun.jp))。残りの昇級枠は2人です。大橋貴洸六段は8勝1敗で勝てば昇級ですが,負ければ順位の関係で危ないです。このほかに昇級の可能性があったのが,2敗の飯島栄治八段と高橋道雄九段です。高橋九段は名人挑戦経験もあり,タイトル獲得5期で,A級にも長くいた61歳の大棋士です。個人的には,彼に昇級してもらいたい気持ちでいました。順位の関係で,高橋九段の昇級条件は,自身が勝って,大橋六段か飯島八段のどちらかが負けることでした。大橋六段の相手は,前局で高橋九段が破っている宮本広志五段で,大橋六段の勝利が濃厚でした。一方,飯島八段は,佐藤和俊七段が相手でした。佐藤七段は順位戦では低迷していますが,竜王戦は最上級の1組にいる実力派です(来期は2組に降級が決まってしまいましたが)。実際,飯島八段は佐藤七段に先に敗れてしまいました。あとは高橋九段が勝てば昇級でした。高橋九段の相手は,51歳の先崎学九段です。若手実力派が多いC級1組のなかでは,勝ちやすい相手だったはずです。実際,先崎八段は3勝6敗という,ぱっとしない成績で最終局を迎えていました。しかし先崎九段は,しゃれたエッセイや名解説だけでなく,A級経験もある実力棋士です。最後に維持をみせました。自分より年長者が昇級することは,耐えられなかったのでしょう。結局,先崎九段が勝って,高橋九段は昇級を逃し,飯島八段が昇級しました。飯島八段は地獄から天国に舞い戻ったような気分だったでしょう。もし高橋九段が昇級していれば,ひょっとしたらC級1組からB級2組への昇級の最高齢記録であったかもしれません(しっかり調べたわけではありませんが)。それだけ50歳を超えてからの昇級は大変です。今期は51歳の丸山忠久九段がB級2組からB級1組に昇級しており,これも大変なことですが,クラスが下のほうが,自分の力も落ちてきているので,昇級は大変といえるでしょう。
順位戦には毎年ドラマがあります。