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2022年3月20日 (日)

順位戦はいかに大変か

 棋王戦は,渡辺明棋王(二冠)が3勝1敗で永瀬拓矢王座を下して防衛しました。永瀬王座は,渡辺棋王に勝てないですね。これで渡辺棋王は10期連覇というすごい記録です。この間には,羽生善治九段に3連勝で防衛というのも含まれています。渡辺棋王は,これでタイトル30期(歴代4位)となりましたが,竜王戦や棋王戦という相性の良い棋戦があって,そこでタイトル数を稼いでいます。
 ところで今年度も第80期順位戦が終わりましたが,A級昇級を決めた藤井聡太竜王(五冠)のすごさを確認しておきたいと思います。あの羽生九段も,順位戦は少し苦労したからです。
 羽生善治九段は藤井竜王と同様,中学生でプロ棋士になりました。デビュー1年目(第45期順位戦)のC級2組の成績をみると,当時23歳の井上慶太四段(当時)と37歳の小坂昇五段(当時)に敗れており,1期抜けはできていません。そのとき全勝で昇級したのは浦野真彦四段(当時)でした。井上四段も浦野四段も谷川世代で,当時の谷川浩司九段はすでに名人を経験しているバリバリのA級棋士でした。
 第46期順位戦で当時の羽生四段は全勝で,C1組に昇級します。しかし,第47期の順位戦で,羽生五段は82敗で昇級を逃します。羽生に土をつけたのが,当時40歳の佐藤義則七段と57歳の剱持松二七段です。ピークのすぎたベテラン棋士が羽生を止めたのです。このとき昇級したのが浦野五段(当時)でした。羽生は第48期は全勝で,B2組に昇級します。当時の名人は復位した谷川浩司です。
 第49期順位戦で,羽生はB2組の1年目で成績は82敗でしたが,順位の関係で昇級を逃します。羽生(当時21歳)に土をつけたのが,当時37歳の前田祐司七段と57歳の吉田利勝七段でした。ベテラン勢がまたも羽生を止めたのです。この年,浦野と羽生は順位戦であたり羽生が勝っています。第50期も羽生は82敗でしたが,順位が上であったので昇級できました。このときに羽生に土をつけたのも,当時36歳の東和夫六段と55歳の佐伯昌優七段でした。佐伯七段は降級点をとるくらい不調でしたが,最終局で羽生相手に意地をみせたのです。浦野は昇級できず,ここで羽生に逆転されました。
 第51期のB1組は111敗という圧倒的な成績で1期抜けを達成しました。羽生に唯一の土をつけたのが,福崎文吾八段(当時)でした。
 第52期のA1年目,羽生は72敗で,谷川と同星となります。最終局で二人があたり,谷川が勝ってプレーオフに持ち込んだのです。羽生に土をつけたもう一人は,田中寅彦八段でした。しかし,プレーオフでは羽生が谷川に勝って,A1年目でいきなり名人挑戦をはたします。既に四冠だった羽生ですが,ようやく名人挑戦にたどりつきました。当時の名人は米長邦雄でした。羽生は米長を下し,初の名人位につきます(五冠達成)。
 羽生が名人位につくまでに順位戦で羽生に勝った棋士で,まだ現役でいるのは,谷川九段,井上九段、福崎九段だけとなりました。田中九段も,つい先日引退となりました。
 あの羽生九段も,順位戦でのベテランの一太刀に苦しみました。藤井聡太竜王(五冠)は,C1組で1期滞留しましたが,そのときも91敗という好成績であり,唯一の黒星となったのが若手の近藤誠也(現在の七段)戦で,同星で順位が上であった近藤七段がそのまま昇級しています。藤井の代わりというか,同じクラスにいた師匠である杉本八段もその年は絶好調で91敗で順位が藤井より上であったので昇級しました。今期(第80期)のB1組も,同時にA級に昇級することになった稲葉陽八段と,千田翔太七段に敗れましたが,このクラスのトップの成績で昇級を決めました。藤井竜王はこれまで順位戦で3敗しかしていないのです。驚異的です。羽生九段と比べると,藤井を止めるベテラン棋士がいなかったのは残念ではあります(谷川九段もB級2組で対戦しましたが,勝てませんでした)。かつては順位戦だけはやはり真剣味が違っていて,ベテランが維持をみせて,若手の前に立ちはだかってきました。
 たとえば,中学生棋士の先輩の谷川九段は,現在のC級2組にあたる昇降級リーグ4組の1年目(第36期順位戦),田中寅彦と土佐浩司に敗れて8勝2敗で昇級できませんでした。その後は毎年昇級しましたが,全勝だったのはB級2組にあたる昇降級リーグ2組だけです。とくにB級1組にあたる昇降級リーグ1組では,芹沢博文八段(かつてのひふみんと並ぶ天才と称され,タレント棋士?の第1号)に敗れ(芹沢八段は降級しましたが,谷川戦は本気で戦いました),A級では関西将棋の総帥であった内藤國雄九段が「どれくらい強くなったかみてやろう」と宣言して見事に谷川に勝ち,米長邦雄九段も谷川に勝っています。しかしこの2敗をしただけで,結局,谷川は7勝2敗で,前期に名人を失陥していた中原誠とのプレーオフを制して名人に挑戦することになり,前年度に悲願の名人を獲得したばかりのひふみんから名人を奪取しました。
 藤井竜王をA級で待ち構えるなかではベテランと呼べるのは佐藤康光九段だけですが,ぜひ意地をみせてもらいたいところです。

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